花散里に生きる、鏡花。
橙ともん
第一章 ブルーローズ
第1話 泉鏡花――
「……あ、鏡花ちゃん?」
「……あ、ああ。あなたは――」
私、泉鏡花――
元は横浜港を根城にしている、警察や公安からも当然にマークされている『ポートマフィア』の殺し屋だった。
私は何人も何人も……、この身体の内に秘めている異能力と呼ばれている言わば魔法のような異界の力――夜叉白雪と共に、私はポートマフィアの指示通りに、毎日……、ターゲットを殺害してきた。
ターゲットを殺害する方法なんて、とても簡単だ。
後ろから刃物でターゲットの首を掻っ切ればいい。これがもっとも単純な殺害方法で、ターゲットはものの数分で失血死する。
その次にターゲットを殺害する簡単な方法としては、右腹部の肝臓の中の動脈を刃物でグイと一突きに殺害する方法だ。
その次はというと……、
まあ、あなたも人を殺害する気が芽生えた暁に、その時に丁寧に私が教えてあげるとして――
私、今は『武装探偵社』という私立探偵集団と称せばいいのか?
私のような異能力の凄腕達が集まっている会社である。
赤レンガ造りの中古ビルの上のほうにあるオフィスに、私、泉鏡花はいくつかの冒険……否、引き抜きと言えばいいのだろうか?
つまり、ポートマフィアから武装探偵社へ“転職”した。
それは冒険なんかじゃなくて、組織から抜けるための……今思い出しても。
拘束から幽閉から――組織を抜けることは命懸けなのだと教えておく。
もしも、あんたがそういう闇社会で生きていきたいと思うのであれば……、であるが。
やめときなさい――
これは、私からの警告だから。
そのポートマフィアから一度は“組織を抜けたい”と思っていて、私もその彼女からの相談を少しばかり受けて話を聞いてきた相手――
懐かしい……なんて。私は思ってもいない。なんとも思ってもいない。
どちらかというと、「ああ……、まだ生き残っていたのですね」である。
ポートマフィアに属している者達なんて、はっきり言ってしまえばストレイドッグス――野良犬集団に違いない。
虐待
いじめ
孤児
遺児――
幼い頃から子供らしい生活なんて、なんにもなかった。
……そういう世を恨み恨み育ってきて、華やかな都会を闊歩する大人達とその子供達を、路地の日陰から恨めしそうに見つめ、今まで生きてきた野良犬達が……行きつくべきして辿り着いた闇組織。
そんなものだ…… 私の人生なんて。
そう、何度も何度も……何度も心に言い聞かせ割り切り生きてきた……私。
私と同じ境遇だろう、今目の前に立っている相手も――
「たしか……?」
「私のことを、その……まだ覚えてくれて」
私の目の前に現れた人物――女性。
その人は、私がかつてポートマフィアに属していたころから親しい間柄だった。
「たしか……、」
「う……うれしいよ。なんだか、私」
「あの、その……誰でしたっけ……?」
*
早朝、横浜中華街は殺風景だ――
いつも、昼から夜遅くまで観光客やら華僑やで賑わっているこの街も朝早くには誰もいない。
観光客なんて当然歩いてはいない。
ここ横浜市の観光地である中華街に、もしもあなたが観光しにいたければ、まず早朝は止めておいた方がいいと教えたい。
なぜなら、まず……店が開店していないからだ!
横浜中華街に訪れてみたい観光客の気持ちは、少なくともここ横浜港周辺で工作を繰り返して来た私には分かっているつもりだ。
『にくまん』だろう――♡
ここの肉まんは本格仕様……だろう。
私が以前ここの中華街のとある店に入って肉まんを買った時に、店員から「生ものなので、今日中に召し上がってください!」と教えられた。
コンビニで売っている肉まんを私が買っても、店員はそんなセリフを一切言わない。
……なのだから、本格仕様の肉まんなのだと思っている。
思っているだけなのだけれど。
まあ、店は早朝には開いていないからしてでもあるが、早朝の横浜中華街の名物を折角だから教えておこう。
それは、ゴミだ。それも生ゴミだ。週二回の収集日の当日の朝に店の前に出せと再三役所から通達してきているはずなのに、誰もそんなお達しを守っていないのだ。
みんな、店を夜中に閉めると同時に生ゴミを店の前へと放り出す始末だ――
その生ゴミが夜を過ぎて明け方にもなると丁度良い具合に「発酵」するのだろう。
その甘い匂いを嗅ぎつけたのか?
カラスとかネズミだ――。
念のために、横浜中華街のことを書いていて、ましてやポートマフィアや武装探偵社という怪しい組織が登場するものだから、カラスって……もしかしてポートマフィアの俗称?
ネズミは彼らが追う獲物? そのポートマフィアから見た武装探偵社への別称なのかな?
などと思う一般人のあなた……だろうか?
まあ、多重債務とか薬物関係で人生がゲームオーバーになってしまった者共が、夜明け前に横浜の海に身投げさせられて、自殺と思い込ませて殺害させられる。
それも上からの――ポートマフィアよりももっと上の組織、政府――なんかじゃない。
そうだな……、『イルミナティ』と称しておこうか。
彼らネズミは、その上からのイルミナティからの命令により、ここ横浜中華街のすぐ先にある山下公園の海辺へと捨てられる運命をしょった者共を、心痛な思いも何もなく、当たり前の如くに無表情にネズミを殺害する。
それがカラス――
そういう闇組織じゃなくって! ……まあ、そういう具合に要するに人間扱いされていない、していない同士の闇社会での“裏話”なのだが……要するに、これは。
あなたには、関係ない――真っ当に日の光に当たってもいいあなたという一生にはである。
カラス、ネズミ――
何が言いたい? 要するに残飯だ!
早朝の横浜中華街には、昼間と夜に観光客が食べ残していった、夜な夜な丁度よい具合に発酵してできあがった残飯が山のように大量に発生する。……のだから、それを処理するためには当然のことを、ゴミ箱に捨てる。
そこにカラスが待っており、下水に通じる溝からはネズミが這い上がってきては、その発酵した残飯を御馳走だと思い食べるのだ。
人も、動物も――つまりは、ここ横浜中華街では闇社会に生きてきた私から見れば、どうにも同一に見えてしまうのだ。
こんな私――泉鏡花は、武装探偵社に厄介になってからも、まだ、ポートマフィアの頃の気分が抜け切れていないのである。
*
「誰でしたっけ……?」
私は、ためらうことなく正直に彼女にそう問った。
「あ、ああ……。鏡花ちゃん……。そうよね……私のこと、まあ……やっぱり覚えていないよね」
その女性はガクッと両肩の力を落とすなり、首から上もガクッと力を落としてうなだれてしまった……。
「覚えていないんだ……。そっか……。そっか……。そっか……」
なんだか、恨めし気な後ろ髪モードで落ち込んでいる――その彼女。
「……そっか? あの失礼ですけれど、誰ですか?」
私は、ちょっと悪戯に彼女が言うそっかを口まねしてから尋ねてみた。
「ひ……」
「ひ? ……ひぐ」
「ひ……ぐ……ち……、だよ……」
「ひぐち……?」
私と彼女と……これ気まずいやり取りなのかな?
私、もっとちゃんと相手の名前を尋ねた方がよかったのかな?
よくは、分かんなかった。
闇社会――武装探偵社が日々接していて、ポートマフィアなんてどっぷりと漬かりまくっているような闇組織で、ほんの些細な交流、些細な会話の行き違いで怨恨や頭にカンの触る行き違いから殺害連鎖に発展してしまうこともある。
そうなのだかあら、ちゃんと……聞いた方が……私から、その方が……と。
「うん……」
これ、ポートマフィアの頃からの、慣れに慣れきってしまった
よくは分からない。……のだけれど、ここは私が折れて、目の前に立つ彼女に、
「失礼ですけれど……、あなたの名前は?」
素直に尋ねることにした。
今目の前に項垂れている女性は、なんだか……自分の過去の……その自分と同じ様な匂いを感じてくるのだ。
「ああ、」
その彼女はというと……なんでそうなる?
「き、鏡花ちゃん! ……お、教えるね。あたしはね、樋口一葉ですよ……」
「あたしは……樋口……一葉さん? ですか……」
「ええ、そうよ」
ああ言えた! という表情を見せる樋口さん。
ホッとした感じのその表情は、もはや感動したアスリートのゴール地点で見せるヒーローインタビューのようだ……ろう……か?
彼女は――樋口一葉という。樋口さんと私は言っている。
いわずもがなだ……私にとっては、私よりも上司だった。正直には、私は樋口さんはそんなに偉くは見えないのだけれど。
ポートマフィアの遊撃部隊の武装組織『
だった……?
そうである。
私は知っていたのだよ。泉鏡花は樋口一葉のことをだ。
「あ! ああ……」
ポンッ
私は手の平に自分のグーの拳をそっと乗せてから、わざとらしく……、
「あ……樋口さん。思い出しましたよ」
「お、思い出してくれた??」
なんでかな? 少し涙粒を浮かべている樋口さん。んでもって、私にスタスタと歩み寄って来てから、
「うん……うん。嬉しい! 思い出してくれたんだね」
「はい!」
私は大きく笑みを見せながら頷いて、まあ、本当は知っていたんだけれど、それは置いておいて、
「あの……いつもパンツスーツの樋口さん……。でしたよね?」
と、私はすかさず樋口さんの足元からず~っと腰元辺りまでを見上げたのだ。
「……あ、ああ。まあ、そうだ……よ」
樋口さんは、なんだか少しだけ恥じらっている様子で、
「どうし……たのですか? 樋口さん??」
「い……いや、なんだか、下半身……をその、ガン見されちゃうのって……いくら鏡花ちゃんが同性でも……。その恥ずかしいなって」
頬を少しポッと赤らめる樋口だった。
ついでか、両手の人差し指を顔の前でチョンチョンしている。
一方の私、
「何を、その……恥じらっているのですか? どーせさ、パンツスーツなんだからパンツも見えやしないし」
「見……えないわよ。当り前じゃん!」
鼻息少し荒くして、樋口さんが赤裸々に否定した。
その姿ときたら、意外とやんちゃだこと……。私は少しだけ目線を細める。
樋口さんの在り様に、なんだか少し興味深々となっちゃって――
「あの~? 樋口さんって私が知っている限りでは、スカートを履いたことないですよね?」
「え……ええ。それがなに?」
これ、前から聞いてみたかった質問だ。
「どーして、スカートを履かないのですか? 女性なんだから、スーツスカートもアリアリだと思うのですけれど……」
「そ……っかな」
「何か、スカートを履いちゃ困るような、そういう掟でもあるのですか?」
「掟……なんてないです」
右手を左右にフリフリ、真っ向から否定する樋口さん――
「じゃ……」
返す言葉とは、まさにこのことか?
「……じゃあ、鏡花ちゃんてさ……。どうして、そのどうして振袖の着物をいつも着ているのか……な」
樋口さんから私への仕返し……かな?
「……それはです」
私はしばし、顎に人差し指を当ててシンキング――
「それは……」
「それは、何?」
女の意地ってこういうものなんだろう?
私は、ずっと闇社会で女としての気持ちも素養も自前で身に着けて生きてきた。でも、樋口さんは、その見た目とかいつもパンツスーツを着こなしている姿を客観視してみても、闇社会の“一般的”な成り上がりなんかじゃなくて、どちらかというと、なんらかの事情でやむを得ずにポートマフィアに関わることになった。
そういうところの、つまりは根っからの大悪党なんかじゃないんだって、私は思っていた。
だからって、ピストルを二丁を手にもって敵にバンバンと打ち鳴らす樋口さんは、大悪党なんかじゃなくても、悪党の所属するポートマフィアの立派な一員だろう。
私――泉鏡花は、今は武装探偵社に所属していて、ポートマフィアのとは敵対関係なんだけれどな。
ここで、異能力――夜叉白雪を使って樋口さんの首を掻っ切ることも、アリなのだろうか?
でも、そんなことを武装探偵社に断りもなくやっちゃったら、それこそ全面戦争になってしまう。
私も追い出されちゃうか……な?
はあ……。
私は大きく嘆息を切ってから、
「だって、私――泉鏡花は着物を好んでいますから!」
と言い切ってやった。
そしたら樋口さん、
「そうそう! それそれ……。それが私の回答でもあるんだからさ!」
腕を組みながら、樋口さんが言い切ってやった感丸出しに表情を明るくしたのだ。
「……はあ? ということは、樋口さんも好んでパンツスーツをですか」
「そうだよ! 鏡花ちゃん」
「……でも」
「でも?」
「パンツスーツって女らしくないですね。だって、振袖の着物はなんていうか、モロに未婚の女子! って言い張れますけれど。樋口さんのその装いって、別に就活真っ最中でもなんでもありませんし。どちらかというと、乙女心を捨てちゃったアラサーくらいの女性の……だってこの方が動き易いしという……、」
「という……?」
「という、居直りですね」
早朝の横浜中華街――
なんだか……分からないけれど、女同士の戦いからこの物語は始まります。
続く
この物語は、フィクションであり二次創作小説です。
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