第三十一章 それは何者にも覆すことのできない、絶対と奇跡の物語
第276話 歩んだ道は絶対の奇跡を起こす
――――無
笠鷺は色褪せた光景が包む亜空間を漂い、無へと流れ着き、一人孤独に闇の中に浮かぶ。
右手には火傷があるが、彼は痛みを忘れ、心を空白に満たしていた。
思考を失った有の存在は、無に何も反映することなく、ゆっくりと無に溶け込み、消えていく……。
手足は形を失い、身体もまた、虚無に溶ける。
笠鷺という存在が消失しようとした、まさにその時、少女の大声が無に広がった。
その目の覚めるような声の響きは、失いかけていた笠鷺の意識を取り戻す。
<諦めるの、笠鷺燎!>
「え? 誰?」
<全てを諦めて、友達を見捨てるの? 君が紡いできた絆はその程度なの?>
「友達を? そ、そんなわけないだろっ。あいつらを見捨てるなんて」
<ならば、助けに戻りなさい>
「ど、どうやって? ここは無の世界だぞっ。戻り方なんてわからない!」
<無は君に応えてくれる>
「え、どういう……?」
<ここへ初めて訪れた時、君は何をそうぞうした>
「そうぞう? それは……火の玉?」
無は想像に応え、笠鷺の周囲に火の玉を産む。
少女は尚も問う。
<他には?>
「えっと、鮭にトレントの腕」
喪失したはずの笠鷺の右手が生きの良い鮭に成り代わり、左手は木の腕に変化する。
<他には!?>
「あとは……ヤツハ?」
光が笠鷺を覆う。
右手から鮭が消え、左手からは木の腕が消える。
彼は人の形としての存在を思い出す。
「これは?」
<無は君の想像に応える。そして、無限の創造を産む。クッ、バレた!>
「バレた? あっ」
何か巨大な存在たちが、笠鷺に近づいてくる。
それらを少女の声を持つ存在が近づけさせまいとしているようだ。
<笠鷺、君はどこから来たの?>
「それは……地球だけど」
<そう、無は地球に繋がっている。君の地球だけじゃない。多くの地球、宇宙に繋がっている。そしてそれらは、全て情報という言葉に置き換えることが可能なんだよっ!>
「情報?」
<周りを見回して! よく似ているでしょ。あの箪笥があった引き出しの世界に!>
「それは……似ているけど。でも、箪笥はないし」
<あるっ! 無の先に在るのは情報という名の箱。そこには多くの知識が詰まっている。宇宙はそれを納める引き出し>
「え? ま、まさか……」
<はやくっ!>
巨大な存在たちが笠鷺にどんどん近づいてくる。
そのたびに少女は悲痛に声を叫ぶ。
しかし、笠鷺は首を小刻みに振り、少女の言葉を否定する。
「待ってくれ、そんなことできるわけがないっ!」
<やるしかないんだよっ、笠鷺燎! 高位存在は君を脅威と見なした! 彼らを退け、仲間を救うには、彼らを超えるしかないっ!>
「彼らをって……」
笠鷺は無を見回す。
何もない先には、ウードを遥かに超える存在が大挙して押し寄せてきている。
「い、一体なんだってんだっ!?」
<君はアクタに再び戻り、引き出しの世界を見た。その時どうしたっ!>
「え、それは……アクタのいろんな情報が飛び交い、脳が壊れそうになって、慌てて引き出しを締めた」
<要領はそれと同じっ。君は多くの情報を扱う
「だから、それは無理だって! アクタの情報だけでも脳は壊れそうになったんだぞ。それが宇宙の情報なんてものになったらっ!」
<ならば、想像しなさい!>
「えっ!?」
<ここは君の想像を反映し、創造する世界。君が必要とするモノを全て創造しなさい!! そして、それらは全てへ通じ――手繰り寄せ、操り――早くっ!! 早くっ……はや、く…………>
少女の声が薄くなり、消えていく。
同時に巨大な存在たちがすぐそこまで迫ってきた。
笠鷺は少女から受け取った言葉を呟く。
「想像する……全てを創造する……」
笠鷺は最も身近な世界――地球を感じ取る。
「これは……親父、母さん、
地球にいるはずの家族の絆をとても身近に感じる。
暖かな思い。そこから、地球へと繋がり、膨大な情報を得る。
脳に亀裂が生じる。
だけど、想像する。そして、創造する。
得た情報を使い、想像を重ねていく。さらに創造をする
想像は創造を呼び、新たな情報を積み重ねていく――この時、彼は王城へ続く隠し通路の階段でティラが発した言葉を思い出す。
――――――――――
『この通路は女神様がお創りになったということだな。そして、知識の宝物庫というわけだ』
『知識の宝物庫?』
『うむ、女神の寵愛を受けし才ある者はこれらの文字を読み解き、その知識を全て脳に納めることができるという』
『そりゃ、凄い。でも、脳がパンクしそう』
『そうならぬよう、想像と創造の力を行使するそうだ』
『ん? どういうこと?』
『さぁ、具体的なことは誰にもわからぬ。これは伝承のようなものだしな』
<第九章 肩書だけの王女>
――――――――――
「想像と創造の力で全ての知識を……そうか、あの時すでに。……俺は無に想像を届け、創造し、そして!!」
巨大な存在たちが、笠鷺に触れようとした。
だがっ!
「ふふ、サシオン。お前らの宇宙はなんてものを研究してたんだよ」
笠鷺燎は、全ての存在が絶対禁忌とする力に触れた……。
――アクタ
亜空間に呑み込まれて、笠鷺燎は姿を消した。
誰もが沈黙を傍に置き、静寂に身を包む。
ウード以外は……。
「フフフ、希望は
彼女はヤツハの仮面を捨て去り、ウードとして言葉を刻む。
「さて、どうしようか? あなたたちにはお仕置きが必要かしらねぇ」
どろりと粘つき、相対する者の心をズブリと溺れさせる声。
だがティラは、その声をものともせず絶大なる存在を相手に、真っ向から光の宿る鋭き瞳を向けた。
「我々をどうするつもりだ?」
「どうする……どうしてほしい?」
「今すぐここから消え失せろっ。そして二度と我らに近づくな!」
「そんな冷たいことを言わないでよ。だいたい、そんな話が通ると思っているの? 生意気なお嬢ちゃんね。そんな聞き分けのないお子様には、お仕置きに大切なものを破壊しましょうか」
「なんだと?」
「今すぐ、転送で王都に戻り、死体の山を築こうかしらね。あ、都はそのままにしておいてあげる。綺麗な都にうず高く積み上げられた死体。なかなか洒落てるとは思わない?」
「きっさま~っ!」
ティラの憤怒に、ウードは
「きゃははは、や~ね、そんなに怒らないでよ。冗談よ、冗談。あなたにはもっと楽しいお仕置きを用意してあるんだから」
「どうせ下らぬことだろう!」
「下らなくはないわ。きっと、あなたは気に入る。泣き叫ぶほどにね」
ウードは王都の方角に体を向けた。
そして、転送魔法を発動させる。
彼女に対して、ティラは問いかける。
「何をするつもりだ?」
「あなたの大切な友達である、ピケをここに呼ぼうと思ってね」
「なにっ!?」
「あなたの目の前でピケをゆっくり嬲ってあげる。手足の爪を剥いで、皮膚を剥ぎ、耳を落とし、鼻を削ぐ。きっと、ピケは大好きなヤツハお姉ちゃんからこんなことされたら、喜びのあまり、びっくりしちゃうでしょうね。けけけけけけっ」
「おのれぇぇぇぇ! 許さんっ!」
ウードは背と腹がぴたりとくっつくくらいに身体を折り畳み、腹を抱えて笑い声を上げ続ける。
その姿に激昂したティラがウードへ飛び掛かろうとしたが、ポヴィドル子爵やゼリカ公爵が身体を押さえ留めようとした。
だが、二人の大人の力をもってしても、ティラの怒りを抑えることができない。
ティラはポヴィドルとゼリカの腕を振り解き、ウードに飛び掛かる。
しかし、アプフェルが強く、ティラの肩を掴んだ。
「陛下!」
「放せ、アプフェル!」
「放しません! 勝利を得ようとしているのに、陛下の御身を危険に晒すわけには参りません!」
「なに?」
アプフェルはこの絶望的な状況で勝利を口にする。
彼女はティラの前に立ち、ウードを睨みつけた。
「ウード……私たちはここまで生き残った。だから、私たちの勝利は目前なのよ」
「ん、何を言っているの、アプフェル?」
「あの人は言っていた。俺は敗れる。その時、誰一人欠けることなく、そこいれば、それは勝利の証。そうなれば、必ず奇跡は起きる。そう、あの人は……
「まさか、あなた、笠鷺を知っているの?」
ウードは大きく眉を跳ねて、アプフェルを覗き見た。
アプフェルはその視線に意識を向けず、自身の視線を遠くへと投げる。暖かな微笑みを浮かべながら……。
アプフェルの隣にエクレルが立つ。
彼女もまた、柔らかな笑みを浮かべる。
「ふふ、なんだかよくわからないけど、すごいことが起こりそうね。ウードでいいのかしら? あなたも空間の魔法使いのようだけど、落第点ね」
「何ですってっ?」
パティ、アマンがエクレルの言葉に続く。
「ふぅ~、本当に何が何やら。ですが、さすがは空間の使い手。変わり者ですわね」
「まったくです。どうやら、大きくテーブルをひっくり返すようですよ」
フォレは仲間たちが視線を集める先を見つめながら呟いた――。
「ヤツハさん、おかえりなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます