第275話 ある一つの結末

「はぁはぁはぁはぁ」


 血の混じる呼吸音が草原に広がっていく。

 傷と血に塗れ小刻みに震える笠鷺の姿を瞳に入れて、ウードは嘲り笑う。


「な~に、それぇ~。そんなもので私を殺そうとでも言うのかしら~? あはははは」


 

 笠鷺が手にしたのは――――銃。

 草原に捨てたはずの拳銃だった。


 彼は疲れに震える両手を意志の力で無理やり抑え込み、まっすぐとウードを捉える。

 その姿に、ウードは腹を抱えて笑い続ける。


「ふひひひ、はははは、ひゃはははは。馬鹿じゃないの? いまさらそんなもので、ひひひひ。い、い、いいわよ、相手してあげる。私の魔法弾とどっちが強いかしらねぇ~、ひゃはははは!」


 彼女は魔法弾を生み出した。

 それは先程までのお遊びとは違い、笠鷺の命を明確に奪うもの。


「さぁ~、行くわよ~。さよならね、笠鷺燎。ふひゃははははは!」


 ウードは最後まで笑いを納めることなく、笠鷺に魔法弾を放った。

 迫る魔法弾。薄汚く死を穢す、死神の砲弾。


 彼は銃口を魔法弾に合わせた。

 そして、その背後で死をけがし笑い続ける、愚かな女にも。


 彼は撃鉄を起こし、トリガーに人差し指を差し入れる。

 そして……ニヤリと笑った。



「消えろ、ウード」


 

 差し込まれた左の人差し指は紫光を放つ。

 それは時と空間を司る神龍『トーラスイディオム』の力。


 最後に一発だけ残っていた鉛の弾丸は空間と時の力を纏い、銃口からは紫と黄金の色が混じる一筋の光が飛び出す!


 光は魔法弾を打ち破り、そのままウードの心臓を打ち抜いた!!

「へ?」

 同時に紫の球体がウードを包み、黄金の稲光がほとばしる。


 球体は光を失い、真っ黒な球へと変わると、そこから一気に収縮し、空から消え去った……。

 

 

 何も無くなった青空を見つめ、笠鷺は銃を手放し、ばたりと仰向けになる。

「やった……やった……やってやったぜっ、ざまぁぁぁあ!」


 笠鷺は痛みを忘れ、両手をグッと握り締める。

「よし、よし、何とかなったっ。よ~ぉおぉぉぉぉっしゃあぁぁあぁぁ!!」

 

 そして、勝利の雄叫びを上げ続ける。

 叫ぶたびに傷が疼き、痛みが全身を駆け抜ける。

 しかし、その痛みが勝利をより一層感じさせ、彼は勝利の酔いを噛み締めた。


「勝った、勝った、勝った。あの糞女くそおんなめっ! ざまあみろってんだ!」



――糞女とはひどいわね。笠鷺燎――



「え?」


 笠鷺は空を映していた瞳を落とすように正面へ向けた。

 そこには陽炎のような靄。

 靄は人を形取り、黒髪の美しい女性を表した。


 女は気怠そうに甘い吐息を漏らしつつ、長い髪に手櫛を通し流す。


「はぁ~あ、残念ね~。私は生きてるわよ、笠鷺」

「え、え、え、ど、どうして?」

「どうしても何も、弾丸が撃ち抜いたのは私の虚像だったからよ」

「……え?」

「フフ」


 ウードは艶笑えんしょうに嘲笑を混ぜ込み、笠鷺の傍に立つ。

「トーラスイディオムの力が切り札だったのね。彼との戦いの後、あなたは神龍の力を得ていたということかしら?」


 ウードは笠鷺の周りをぐるぐると回る。


「おそらく、無から帰ってこれたのは彼の力ね。そうでしょ?」

 問いに、笠鷺は身体を震わせるだけで何も応えることができない。

 だが、返答など、ウードは期待していない。

 彼女は一つ一つを確認していくように言葉を結んでいく。



「最初にあなたは銃を撃った。挨拶とか言ってたけど、かなり苦しい言い訳ね。あの行為には意味が無いし、キタフがいるなら銃なんて遅れた武器を使う必要がない。そして、次にその銃を草原に捨てた。これは銃が役立たずで無意味だと印象付けさせるため……でしょ?」


 ウードは仰向けになっている笠鷺の頭の上で立ち止まり、上から彼の顔を覗き込む。

 彼に柔らかな笑みを見せて、再び周囲を歩き始めた。


「ふふん、そこからあなたは普通に戦いを始める。もちろん、あの圧縮された魔法で私の命を奪えれば、それはそれでよかった。銃の存在はそれができなかった時のための布石」


 ウードは地面に落ちている銃を摘まみ拾い上げる。


「でもねぇ、あなたって戦闘中に銃の場所を意識し過ぎなのよ。ここまでに三度も草原をチラ見した。それを気づかないと思ってたの? 馬鹿ねぇ~」


 銃をポイっと放り捨てる。


「やがて、あなたは戦い傷つき、ボロボロになる。打つ手のなくなったあなたは、苦し紛れに銃を手に取り、それを私に向ける。そして、銃如きと侮っている私にトーラスイディオムの力をぶつけるはずだった……」




 ウードは笠鷺の唇に触れる直前まで顔を寄せて、その顔をくしゃくしゃに捻じ曲げる。


「ばぁ~か、じゃないの~? そんな稚拙な策に引っかかると思ってたの~? 私が? ねぇ、笠鷺~? 答えてよ~。どうしたの~?」

 笠鷺は何も語らず、うっすらと涙を浮かべる。


 その涙を汚物に見立て、ウードは顔を引き離した。


「やだ、きったない。こんなことで泣くなんて、それでもあなた男の子~?」

「う、う、うーど、きづいて」

「うん、何? いつから気づいていたってこと? それとも、気づいてわざとからかってたこと? そうね、気づいていたのは最初から。からかってたのも最初からよ」

「お、おまえぇ~」


「泣かないでよ~。泣きたいのは私の方よ。あなたが銃を使い何かをしようとしていることに気づいて、嬲ってそれを使わせようとしていたら、フォレが邪魔に入りそうになるんだもん。仕方なく、あなたを殺すことにしたら、フォレがあなたを守るし。結果、全員が敵に回るし。もう台無しっ」



 ウードは両手を伸ばして、背伸びをする。


「あ~あ、ゆっくりと国と人を壊して遊ぶつもりだったのに、本当に泣きたい。よよよよってね」

 泣き真似をして、涙を流している笠鷺をチラリと見る。


「可哀想に。何もかもが私の手の平で踊っているだけと知って悲しいのね~。でもね、ちょっとだけビックリしてるのよ~。だって、まさか切り札がトーラスイディオムの力だと思ってもいなかったし。あはは、ほんとビックリしちゃった。だけど……」



 片足を軸に、くるりと体を回転させる。


「この通り、傷一つついていない。あの力なら私を殺せたのに、もっと有用な使い方なかったの? ま、所詮は子どもの考えること。正に子どもじみた策だったわね」


 ウードはバーグとキタフをチラリチラリと目に入れる。


「あなたたち、この子に何を期待してたの? こんな子どもにどうこうできるはずないでしょ。こんっっな、くだらない策しか思いつかない奴に全てを賭けたの? 笠鷺~、期待を裏切るってどんな感じ? 教えて?」

「うぐ、ぐぐ、ひぐ」

「泣くしかできないの? 何か言ったらどうなの? みんなはあなたを信じてたのよ。それを泣くだけってっ」



 無数のマヨマヨたちに言葉を飛ばす。

「見てよ、泣いてる。あなたたちは世界への帰還を棒に振って、こんな泣き虫に全てを賭けたのよ。もう、あなたたちは愛する人たちに再会することなんてできやしないの。それこれも、笠鷺! あなたの所為よ! あなたが失敗したからっ!!」


「ああ、はぁはぁ、はっ、はぅ、う、う、う……」

「どうしたの? 呼吸が変よ? 息くらい整えなさい。す~は~す~は~ってね。できない? そうでしょうね。だって、大勢の人の故郷を奪ったんですものね~」

「あああああ、うわああああ」


 ウードは眉を顰めながらをティラへ顔を向けた。


「どうして、あなたは彼を信じたの? 私と共にあれば、ジョウハクは更なる繁栄を見た。ティラ、あなたの理想とする世界を作り上げられたのよ。もちろん、そのあとは後片付けをするけどね。積み木を崩すみたいに、がしゃ~んってね」


 フォレに訴えかける。

「フォレ、私を手に入れることができたのよ。私はあなたの子どもを産むつもりでいた。ヤツハである私がずっと傍にいてあげられた。あなたの耳傍でずっとあなたの望む愛の言葉を語ってあげられたのに。どう? あなたたちが欲しかったのは、こんな結末なの!?」



 誰もが口を閉ざし、時折吹く風以外、音のない草原で、饒舌にウードは言葉を重ねていく。

 それらは全て、笠鷺に対する嘲り。非難。




「笠鷺。これがあなたの望むものだったの? 何もかもを破壊して、全てを失わせる。あなたはみんなの全てを奪った。あなたの薄っぺらな策のせいで! そう、浅はかなあなたのせいで、ヤツハも死んだ!!」


「ああああああああああ~」


 笠鷺は両手で顔を覆い、喉奥から慚愧ざんきを吐き出した。

 皆の無言と笠鷺の声が草原をさらう風に乗り、ウードの火照った身体に心地良さを伝える。


 彼女は大きく息を吸う。

 それは草原に満ちる、人々のうねる感情を身の内に取り込むような姿。


 瞳には恍惚の光を宿し、ゆっくりと笠鷺へ顔を向けていく。



「名残惜しいけど、そろそろお開きの時間よ。予約が詰まっててね、私は今から大勢の人とダンスを踊らないといけないの。あなたは用済み。だから舞台から降りてもらう」


 ウードは翡翠の瞳に紫の光を溶け込ませる。

 すると、笠鷺の傍に黒い渦が生まれた。


「あなたにはもう、トーラスイディオムの力は残っていない。だから、二度と帰ってくるなんてできやしない」

 ウードは笠鷺の右手に手を添え、小さな炎を産む。

 炎は笠鷺の右手を焼く。

「つっ!?」

「熱いでしょ。この熱さ、よ~く覚えておきなさい。そして、今度こそ、火達磨ひだるまになって、後悔に身を焼くのよ。じゃあね」


 

 彼女は指先をくいっと動かし、黒い渦を笠鷺へと近づける。

 彼の身体はその黒い渦に触れて、あっという間に消え去ってしまった……。




――コトア


 舞台袖から戦いのすえを覗いていた神が、ついに舞台へと躍り出る。

「歩んだ道は予測と違ったけど、結末は同じ……。彼には経験を積ませた。だけど、ヒントが足らない。だから、直接私が届ける。失敗すれば、監視者たちにアクタは消される……さぁ、笠鷺燎。無の世界を創造で満たして!!」

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