第233話 借りを返すぜ、黒騎士!
俺は三人にこれから行おうとしていることの説明を終えた。
すると、先生は三人の魔力では不安があると言って、急ぎアプフェルたちを呼び戻す。
ここに、アプフェル、パティ、エクレル先生、クレマ、ケイン、セムラさん、六龍バスクが
この間にも、フォレたちは命を削っている。
もう、時間は掛けられない。
他のみんなにも簡単に説明を終えて、エクレル先生を中心に亜空間魔法を産んでもらう。
俺は役目があるので、その完成を見ているだけ。
すると、前に立つアプフェルが不安そうに声を上げて妙なことを尋ねてきた。
「まだ、大丈夫よね……?」
「はいっ?」
「いえ、なんでもない。あんたに聞いても仕方ないんだった」
「なにが?」
「なんでもない。ほんと、不安で余計なことを口にしちゃう」
「不安だから? にしても、妙なこと言っているような……なんか拾い食いでもした?」
「してないっ! とにかく、亜空間から無事に帰ってきてよ」
「大丈夫だよ、誰かさんと違って間抜けじゃないんで」
「このっ、ヤ~ツ~ハ~」
「いたたたた」
アプフェルは亜空間魔法のための魔力を産みつつ、器用に俺の両ほっぺを摘まみ伸ばしてきた。
俺たちのやり取りにみんなは呆れた笑いを見せる。
フォレたちが命のやり取りしているというのに、とても不似合いな空気。
「さすがに不謹慎かな?」
摘ままれていた頬を撫でながら言葉を漏らすと、先生が柔らかく声を返す。
「いいのよ、こういう場で肩の力を抜けるのは良いことだわ」
「そうですかね?」
「そうよ。さぁ、そろそろ亜空間の入り口が完成する。無事に戻ってくるのよ!」
「わかってます!」
俺は黄金の力で、今ある
――亜空間
周りには色褪せた世界。
足元にはみんなの魔力で結われた光の円盤がある。
俺はその場から動かず、周囲を見回す。
すぐ傍ではアプフェルたちが不安そうに、亜空間の入り口があった場所を見ている。
俺は彼女らから視線を動かし、フォレたちと黒騎士の戦いをじっと見つめた。
互いに激しい応酬を繰り広げている。
これは、ここから先に起こる戦いの場面のはず。
そこから、攻撃可能な隙を見つけ出す。
「はぁ、動きが速くてちょっとわかんないなぁ」
「へぇ~、亜空間魔法にこんな使い方があったなんてね」
隣から声が聞こえる。
もちろん、ウードだ。
彼女は珍しく俺を褒めてくる。
「氷の魔法の破片を別の魔法に書き換える方法といい、あなたって意外と発想力が豊かね。今後、私がヤツハとして活躍する際、大いに利用させてもらうわ」
「はんっ、書き換えはともかく、この亜空間魔法はお前には使えないけどな」
「そうね、あなたのその黄金の力があってこその技だもの」
「ざまぁ」
舌を出して、あっかんベーをしてやる。
しかし、ウードは苛立ちを見せることもなく、むしろそれを嘲笑うのような態度を取った。
「フフフフフ」
「な、なんだよ?」
「私もね、私にしか気づいていないことがあるのよ」
「それは?」
「すぐにわかる。それよりもほら、戦いが佳境を迎えようとしてるわよ。見なくていいの?」
「なんか、腹立つなっ」
文句を言いつつ、戦いを覗き見る。
「えっ!?」
ノアゼットは黒騎士に拳を放った。
だけど……。
「最悪……」
一気に心の中で感情が爆発するが、漏れ出たのはたった一言。
その一言を残して、言葉を閉ざす。
代わりにウードが言葉を開く。
「このままだと、訪れてしまう最悪の結末。だけど、その間際こそが……」
「最大のチャンスってことだなっ。よし、戻ろう!」
俺はすぐ傍に出口を産んで、亜空間から脱出した。
「ただいま」
土の大地に降りてみんなに声を掛けると、真っ先にアプフェルとパティが駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「ヤツハさんっ、ご気分はっ?」
二人は亜空間魔法の怖さをよく知っている。
あの闇に閉ざされた空間を……。
俺は二人に心配をかけないように明るく振舞う。
「もちろん、大丈夫だ。この戦いの先が見えたよ。これで決着をつけるっ!」
俺は右手に紫光を宿し、その時が訪れるのをじっと待つ。
――
フォレたちは畳みかけるように四人連携の技を繰り出し続ける。
それを黒騎士は凌ぎに凌ぐ。
その様子は反撃の機会を窺っているようにも見える。
アマンは雷撃放ち、それは真っ直ぐ黒騎士に向かうと思いきや、黒騎士の目の前で地面に向かい、彼の足元の大地を抉り取った。
それにより、黒騎士は僅かにバランスを崩す。
その隙を見逃さず、ノアゼットは一挙に寄せて黒騎士の懐に飛び込んだ。
「うぉぉ!」
魔力が一点に集約され、紅蓮の炎がガントレットを包む。
だがっ!
「愚か者めっ」
黒騎士は崩れたはずの足元を強く踏みしめて、大剣を横に薙ぎ払う。
「くっ!」
ノアゼットの瞳には線のみが映る。
魔力を帯びたガントレットを盾にしようとするが、間に合わない!
そして……黒騎士の大剣は、ノアゼットの首を両断し、彼女の血は大地を濡らした。
だけど…………それは俺が覗いた未来!
俺は悲劇を覆す!!
黒騎士が大剣を振るう。
同時に俺は奴の目の前に転送で現れる!
俺の右手はすでに紫光を纏い、黒騎士の左脇腹を殴りつけようとしていた!!
「ナニィィッ!?」
黒騎士は悲鳴じみた声を上げた。
振るった大剣の軌道を変え、俺を両断しようとするが、遅い!!
「あん時の借りを返すぜぇぇぇぇ、黒騎士ぃぃぃ!!」
…………激しい音が、乾いた戦場に響き渡る。
それはかつてのように拳が崩れる音、骨が砕け散る音ではない!
この音はっ! 俺が黒騎士を射止めた音だ!!
次に聞こえたのは、黒騎士の断末魔!!
「がはぁぁぁっ!」
空間の力を宿した右拳は黒騎士の左脇腹に深く、深く、突き刺さった。
空間を駆け抜ける衝撃が呪炎を突き通し、黒騎士の内部に響き巡る!
「うりゃぁぁぁあぁぁぁ!!」
拳を振りぬいて、黒騎士を遥か後方へ吹き飛ばす。
「呪炎は消えた! あとは頼んだぜっ!」
フォレ、アマン、クラプフェンに全てを託し、俺は背後にいるノアゼットに話しかける。
「ようやく、あんたに恩を返せた気がする」
ドブ塗れで冷え切った身体を暖めてくれた。
マヨマヨから救ってくれた。
街道を阻む障害を除いてくれた。
「今まで、何度も助けてくれて……ありがとう」
「ヤツハ……礼を言われるような事をした覚えはない。六龍に恥じぬ行動を示しただけだ……だが、礼の言葉は受け取っておこう」
俺は後ろを振り向かず、彼女の言葉だけを胸に抱く。
そして、視線を最期の場へ向けた。
「氷柱よ! 集い、黒騎士の足を止めよ」
アマンは氷の柱を産み、黒騎士の両足を縫い止める。
そこへ、左右からフォレとクラプフェンが襲いかかった。
一歩早く、クラプフェンが届き、大剣を手にした腕を切り落として駆け抜けていく。
彼は僅かに遅れてきたフォレと交差する。
「フォレ、止めは譲ります!」
フォレは無言で駆け抜け、剣で応える。
「うぉぉぉぉおおぉお!!」
フォレはサシオンから授かった、想い人の名を冠する日本刀『ヤツハ』を振り下ろした。
多くの思いが宿る
――シュラク村では、闇の粒子が生み出す呪炎に阻まれ、
だが、
日本刀『ヤツハ』の
「がっああぁぁぁあ!」
切り裂かれた鎧より、黒騎士の姿を包み消す闇の霧が溢れ出す。
黒騎士は大きく仰け反り、一度天を仰ぐと、がくりと両膝を地に着け、動きを止めた。
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