第229話 絶望と希望の相克

 黒騎士の前に立ち並ぶ、クラプフェン、ノアゼット、クレマ。


 黒騎士はクラプフェンへ死を宿す視線を向ける。



「貴公が現六龍筆頭か。フフ、その力。六龍のいしずえたる我に見せてみるがいい」

「女神を裏切った者が六龍を名乗るなっ!」

「それは貴様もであろう。双子の王をないがしろにするとは、六龍の恥ぞ」

「…………っ!」


 クラプフェンは無言のまま剣に怒りを乗せて黒騎士へ攻撃を仕掛けた。

 黒騎士もまたそれに応える。


 無数の剣影は音もなく空気を裂く。

 それは虚と実が混じり合う剣撃の応酬。


 攻撃の僅かの隙をつき、黒騎士は大剣を大きく振るった。

 クラプフェンはそれを剣の腹で受け止め、衝撃を緩和するために後方へ飛ぶ。

 そして、無表情で黒騎士を見つめ続ける。

 

 黒騎士は六龍の頂に立つ男へ、賛辞と不服の言葉を送った。


「ほぉ、百八十年前の六龍筆頭よりも腕は上か……だが、足らぬな」

「なにっ?」

「さぁ、来い。三人寄らば、多少の遊び相手にはなるだろう…………渇きは癒えぬがなっ!」



 黒騎士は地を蹴り、巨躯とは思えぬ速度でクラプフェンへ迫った。

 そこから振り下ろされる兇刃きょうじん

 それを再度剣の腹で受け止めたクラプフェンは剣を傾け受け流し、黒騎士の刃を地面へと滑らせる。

 

 だが、地に着いた刃は即座に跳ね上がり、クラプフェンを両断しようとした。

 そこへノアゼットが飛び込みガントレットで黒騎士を殴りつける。

 黒騎士は片手一本で彼女の拳を受け止めた。


 そこで彼女は叫ぶ!


「女神の装具よっ、応えよっ!」


 ガントレットは瞬時にして大剣に変化し、黒騎士の拳を貫こうとした。

 

「届かぬわっ!」


 黒騎士は彼女の拳から手を放し、大剣へ変化した剣の腹を殴る。

 その衝撃でノアゼットの身体は揺れる。

 

 クラプフェンは彼女を援護すべく足を向けるが、黒騎士は左手に持つ大剣で彼を牽制し足を縫い止め、右拳でノアゼットの横腹を殴りつけようとした。



「お~っと、あたいを忘れてもらっちゃあ困るぜ!」


 黒騎士の背後より、釘バットを持ったクレマが現れる。

 そこからシルフの風を纏うバットを振り下ろすがっ!



「忘れてなどおらぬっ!」


 黒騎士は黒き外套を振るい、彼女の視界を閉ざす。

 だが、クレマは即座に反応し、風の魔法を足先に纏わせ地面を横に滑り黒騎士の真横に回った。


「甘いぜ、黒騎士のおっさんっ!」

「甘いのは貴様だ!」


 クレマはバットを横に振るうが、黒騎士は影のみを残してひらりと舞い、彼女の背後に立つ。

 そして、闇が粘つく大剣で一閃!


 クレマは兇刃を躱し切れず……だが! その身に傷は一切ない!


 黒騎士の刃は彼女の横腹に当たる直前で止まっていた。

 そこにあるのは……空間の結界。



 術を唱えたのは俺。

 続いて先生が空間の力を宿す炎の魔法を唱えた。


 

「ミカハヤノ!」



 ミカハヤノは真っ直ぐと黒騎士に向かうと思いきや、途中で姿を消し、彼の背後に現れる。

 これは転送の流れに乗った呪文。

 

 爆炎は直撃するが、黒騎士が纏う闇が魔法を払いのけ、たじろぐ様子はない。

 しかし、次なる一手を打つ時間ときは生まれた。


 

 クラプフェン、ノアゼット、クレマは三方より襲いかかる。

 だがっ――


「フン、ぬるいっ」

 

 黒騎士は刃を地面に突き刺した。 

 すると、その衝撃で地面に巨大なクレーターが生まれる。


 不意に足場を失った三人はバランスを崩す。

 その隙を逃さず、黒騎士は三つの残影を産み、三人へ攻撃を仕掛けた。


 一の存在でありながら、三を同時に行える速さ。


 それでも三人は何とか黒の刃を受け止めきり、地面に膝をつくことなく両足でしっかりと己を支える。



 

 圧倒的すぎる黒騎士の姿に俺はバスクへ怒声を上げた。

「まだかよっ!?」

「わかってるよっ! あとは魔法発動の補助であることを捧げるだけっ!」



 バスクの姿が青の光に包まれていく、

 そして彼は、神なる魔法へ言葉を捧げた。



永久とこしえの静寂に世界は満ちる。末に辿り着く場所。末に目にする名もなき光景。全ては安らぎの名の下に無へ還る。やがて訪れる邂逅への原初の光を求めて」


 彼は俺と先生に目配せをする。

 


「先生っ!」

「ヤツハちゃん!」


 先生はオリハルコンの杖を地面に刺す。

 それを通して、俺たちの魔法は結われ、深くつながる。


 紫光が溢れ出す姿を見たバスクは唱えた――神なる魔法の名を!



「消え去れ、世界の始まりを味わいながら……テラ・アマシスメ!」



 黒騎士の傍に光の粒が現れる。

「ぬっ、これはっ!?」


「ヤツハちゃん、今よっ!」

「はいっ!」


「「心は水面みなもに! 絶対を封じる壁よ! 数多のものを守り給え!」」



 紫光の輝きを放つ箱が黒騎士を囲う。

 間を置かず、バスクは指をパチリと跳ねた。


「さらばだ、黒騎士!」



 紫の箱の内部を眩い光が満たし、周囲を白に染めていく。

 それは地上に誕生した太陽。


 人の手で御せぬはずの熱と光が、大平原の地に足を置く人々の視線を溶かしていく。



 その暁光ぎょうこうは空間の檻をも溶かす。

「くそぉぉぉ! 結界がもたないっ!」

「ヤツハちゃん、限界まで耐えたら、自分に結界を!」

「はいっ!」


 結界はひび割れ、そこから空や大地を貫く光が飛び出してくる。


「だ、だめだ、もうっ!」


 俺と先生とバスクは自分たちの周囲に結界を張る。

 光の微かな隙間から、クラプフェンたちが三人集い、同じく結界を張っている姿が見えた。

 彼らの後方に見える軍の結界も急激に力を高めている。 

 そこから、アプフェルとパティの力を感じる。



(みんなぁぁぁぁ!!)



 黒騎士を閉じ込めていた結界が壊れ、光が駆け抜けていった。 

 同時に魔力の籠る爆風が吹きつけてくる!


「うわぁぁぁぁぁ!」


 俺は叫び声を上げながら、必死に結界へ魔力を注ぐ。

 …………叫び声は轟き、喉が痛みに耐え兼ね枯れ果てた頃に、ようやく光と爆風は静まっていった。


 周りには濛々もうもうとした土煙が立ち込めて視界を奪う。


「た、たすかった……?」

「なんとかね」


 先生が俺の肩をポンっと叩く。


「せんせい……」


 先生へ顔を向けると、汗と土に塗れた顔があった。


「はは、先生、ひどい顔」

「あら、ヤツハちゃんだって、顔が土塗れよ」

「うそっ」


 手の甲で顔を擦る。

 すると、甲には土がべっとり。


「ほんとだ。あははは」

「せっかくの美人さんが台無しね。お互いに」

「自分で言います、それ?」

「あら、私、結構容姿には自信あるのよ」

「ま、美人なのは認めますけどね、変わり者だけど」

「もう~、ヤツハちゃんは、一言多いんだからっ。うふふ」

「あはは、すみません、性分でして」


 俺と先生は笑顔を向け合う。

 後ろからはバスクが呆れた声を漏らす。


「仲が良いね、君たちは。あ~あ、きつかった。さすがの僕も今ので打ち止めだよ」

「バスク……さすがに六龍だけあって、すごい魔法を使えるな」

「ま、早々使えるもんじゃないけどね。でもこれで……っ!?」


 緩んでいたバスクの顔がみるみるうちに引き攣っていく。

 彼の表情を目にして、俺たちは彼が向ける視線の先を追った。



「神なる魔法か。頂きの魔法だけあって、なかなかのものだ……」


 

 絶望が声を産み、俺たちの心を掴む。

 砂煙が舞う靄の中で、黒い影が動く。


 影の向こう側にいるクラプフェンたちはすでに絶望に顔を染め上げて、それを見ていた。



 珍しくクラプフェンは言葉を荒げる。

「あれを至近距離でくらい無傷だとっ!? あれは化け物か!!」

「いや、クラプフェン。無傷ではないようだ」

「ああ、ちったぁ。効いてるみたいだぜ」


 ノアゼットとクレマの言葉に、クラプフェンはしっかりと黒騎士を見つめる。

 黒騎士は身体をふらつかせ、肩で大きく息をしていた。

 だが、そこから致命的な傷を負っているようには見えない。



 俺は先生とバスクに言葉をぶつける!



「どうする、二人とも!? バスクっ! もう一度、あの魔法を!?」

「み、三日かけてもいいなら、いけるけど」

「手遅れだよっ!!」


「落ち着いてヤツハちゃんっ。黒騎士も疲弊しているっ。だからっ!」


 先生の語尾が飛ぶ、絶望とともに……。

 たとえ黒騎士が疲弊していようとも、こちらはそれ以上に疲弊している。


(どうする?)

 この状況を打開する策を練る。

(アプフェルとパティは……駄目だ! バスクの魔法からみんなを守るために魔力を使っているはず。それじゃ、セムラさんとケインは!?)



 薄靄に佇む、黒騎士を目に入れる。

 ふらついているが、そこからはっきりとした形で絶望を感じ取ることができる。


(たった二人にあれを任せるなんて無謀だ! みんなを呼び戻して、ここは全員で!)


 もう一度、黒騎士を目に入れた。

 

 

 彼は天を黒に染める気焔を立ち昇らせて、大剣に魔力を注ぎ込み始めていた。

「神なる魔法への返礼をしよう」


 力が……黒き大剣に吸い込まれいく。

 その力に、この場にいるもの全てが言葉を失った……

 の者の力は単純な暴力。

 

 バスクは声を震わせて、嘆く。


「ク、クラス6の魔法の力……いや、それを超えている……」


 黒騎士は刃に神なる魔法を超える力を宿す。


「我は今日こんにちまで、サシオンを目指し歩んできた。百と八十年前は届かなかったが、あやつに、あの人に届く力を我は手に入れた。それをまさか、ここで使うことになろうとはな……」



 黒騎士は、光を愛し放さず黒に染める大剣を掲げた……。

 そしてそれを……クラプフェンたちへ向かい振り下ろす。


 三人は咄嗟に結界を張り難を逃れるが、暴流に呑まれて吹き飛ばされてしまった。

 黒騎士が放った剣閃はまだ生きている――。


 三人の背後にある大勢の兵士たちへ、全てを無に還す力が迫る。

 そこには仲間たちがいる!


 俺は叫ばずにはいられなかった!


「ティラ、アプフェル、パティ! にげろぉぉぉぉぉ!!」



 力は俺の声よりも早く駆け抜けて、みんなを飲み込もうとする!

 瞳に涙が浮かび、視界がぼやけていく。

 だけど、ぼやけていてもはっきりとわかる。この先に何が起こるのかっ!!


 俺はそれを最後まで見ることができず、両手で顔を覆うとした。

 そこに、聞き覚えのある声が響き渡る。




永氷えいひょうよ、堅牢な壁となりて皆を護りなさい」



 

 突如、分厚い氷の壁が軍の前に現れ、黒騎士の絶望の兇刃を防いだ!

 神なる魔法を超える力は氷壁の前に砕け散り、完全に消え去る!


 さらに、もう一つの懐かしい声が届く!


「黒騎士ぃぃぃぃ!!」


 声に惹かれ、俺は顔を向けた。

 そこからは剣閃が地面を砕きながら、黒騎士へと迫っていた。


 黒騎士は刃を振り下ろし、同じく剣閃を産む。


 大地に傷を走らせる二つの剣閃がぶつかり合う。

 剣閃は周囲に存在する全てを粉々に砕け散らせて、巨大なキノコ雲を産んだ。

 

 衝撃は何度も耳奥で木霊し、鼓膜を痛みに包む。

 しかし、俺はその痛みを忘れ、砂塵舞う中に映る二人の姿を目にする。



 一人はとても小さな影。

 彼女は海賊帽のふちを真っ黒な猫の手で押さえながら、猫髭をピクピク動かし愛らしい笑みを浮かべている。


「何とか間に合ったようですね。迂回をしてたら危ないところでした……」

「ええ、リーベンで足止め喰らっていたら、間に合いませんでしたね」


 

 彼女に答えた影は、長身の青年。

 彼は日本刀を腰に提げて、微笑む。


「遅ればせながら、あなたの苦難を払うために戻ってまいりましたよ。ヤツハさん」

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