第197話 魔法も科学もファンタジー

 俺は話の矛先を変えるために言葉を強く飛ばす。



「それよりもお前のことだよっ。妲己としての行いが原因じゃないなら、どんなわけで重い罪を背負ったんだ?」


 強く問うと、ウードは理由となる罪を語る前に、高位の存在が彼女を転生させた理由を話す。


「妲己としての罪だけであれば、地獄の責め苦だけで済んだでしょう。わざわざ転生させてまで、まず気づきようのない前世の罪について償いをさせる……なんて真似はしない」

「それって、気づかないことが前提だったってことかっ?」

「ええ、あいつらは私を宇宙追放刑にして魂ごと消滅させたかったみたいね」


「だったら、生まれ変わりの俺は何なんだっ? お前を最高刑に引き上げるための道具かよ! くそ、ムカつく」

「ね、糞虫みたいな連中でしょ」


 ウードは無垢な少女のような微笑みを見せる。

 俺から同意を得られると考えているようだけど……。



「いや、お前も糞虫だからな!」

「まぁ、ひどい」

「酷いのは妲己としてのお前だよ……それで、何が原因だったんだ? お前の重罪は?」


「重罪とされた、私の罪。それは神々と人の世の境界線が曖昧な時代であったため起こったこと。私が生きていた時代は、神々が身近だった。あいつらの住む世界もね。私はひょんなことからあいつらの世界に迷い込んだ。そこで楽器を盗んでしまったのよ」


「楽器?」


「琵琶をね。その琵琶はこの世のものでは生み出せない旋律を紡ぐ。弦を爪先つめさきで弾くだけで、人であれば誰もがその音に魅せられ、囚われる。私もその旋律に魅せられて、この世へ持ち帰ってしまったの」

「琵琶? それって、玉石琵琶精ぎょくせきびわせいのことか? あの琵琶の妖怪の……」



 玉石琵琶精ぎょくせきびわせい――封神演義ほうしんえんぎという物語に出てくる妖怪の名。

 

 封神演義とは、実際にあった殷の紂王と太公望の戦いに、妖怪や仙人などを登場させるファンタジーな物語。

 その物語では妲己は狐の妖怪で、琵琶精はその義妹として登場している。

 因みに琵琶精は太公望という人に正体を見破られ焼き殺されるが、のちに妲己によって復活する。



 妲己ことウードは自分のことを人だと言った。

 だとしたら、琵琶精もまた存在しない妖怪のはず。

 彼女は軽い笑いを挟んで答える。



「ふふ、封神演義では妖怪とされてるけど、私が手にしたのは琵琶。ただし、神の持ち物だけど。そして、それが大きな罪となり、地獄で苛烈な責め苦を負い、宇宙追放刑までに至った」


「つまり、数え切れない人の命を奪うことよりも、神の持ち物を一つ盗んだ罪の方が上回るってことか。なんだよそれっ」


「あいつらから見れば、私たちは遥か下の存在。だから、決して許さない。盗んだものがたとえ、ほつれた糸くずであってもね」

「神は……人とは相容れない存在ってことか」

 


 絶対的な存在である神……それは人の味方ではなく、敵でもない。

 明確な序列が存在するだけ……。

 だけど、そんな中で味方してくれた方がいる。


(お地蔵様……なんで、俺を助けてくれたんだろう? 俺が子どもだったから?)

 

 お地蔵様は言っていた。

 子どもに救済を与えるのが役目だと……だから、助けた? 

 神の持ち物を盗み、宇宙追放刑を受けるような存在を? 

 そう考えると、助けてはいけない気がするんだけど……。


(どのみち、頭を悩ませてもわかんないっか。わかんないことを考えても仕方がない……直接、尋ねる機会があればいいんだけど)


 俺は軽く首を振ってお地蔵様のことは隅に追いやり、意識をウードへ向けることにした。



「妖怪にしろ神の持ち物にしろ、結局ファンタジーだな……いや、それはいまさらか。あの世で裁判受けたり、異世界に来たりしてる時点で十分ファンタジーなわけだし」

「そうね。でも、私からすれば、あなたの時代もそうよ」

「ん?」


「月に人を送り込めるほどの技術を持ったあなたたちの方が、よっぽど妖怪でファンタジー」

「そっか、お前の時代から見れば、そう見えるかもな」

「あなたの記憶は私の驚くことばかりで、おかげさまでかなり楽しめた」


「そいつはどうもって、腹立つなっ」


 

 ウードは俺の言葉にくすりと笑みを漏らす。

 俺は俺で、彼女の態度を見て、仕方がないといった態度を表す。


 今までもそうだったけど、俺はウードに悪態をつきつつも、どこか親しい友人のように接してしまう。

 そしてそれは、とんでもない悪人だとわかった今でも変わらない……。

 

 それは俺自身が彼女に何かされたわけじゃないからだと思う。

 だから、どうしても憎みきれない。


(甘いな、俺は……体を乗っ取ろうとしている相手。しかも、相手は人の命を弄んできた妲己。もっと警戒しないと)


 これらの心を悟られぬように振る舞う。

 ウードは俺の感情の揺らぎに気づくことなく、会話を重ねていく。



「そうそう、因みにウードという名前は琵琶からきている。中東では琵琶のことをウードというのよ」


「へぇ~……ん、なんで中東のこと知ってんだよ? 紀元前の存在のくせに。お前がウードと名乗った時はまだ、俺の記憶を覗けなかっただろ?」

「私が妲己だった頃、ご機嫌取りに遠い異国の楽器を献上する者がいたからね。そこから」

「本当に贅沢三昧だったんだな、おまえはっ」


「栄華を楽しんでいたのはたしかだけど、あなたの知る妲己像はかなり脚色されている部分があるわね」

「例えば?」

「それは一言では語れないから面倒。そんなことよりも、私の正体を看破したあなたはどうするつもり?」


「どうもできないだろ。一応、けじめとしてお前の正体をしっかり知っておきたかっただけ。もうすぐ起こるであろう戦争で、死ぬかもしれないわけだしな」

「はぁ、馬鹿馬鹿しい。参加しなければいいのに。言っても無駄なんでしょうけど……だけど」



 ウードは粘ついた笑顔を見せる。


「困ったら、あなたが辛うじて小指の先に引っ掻けているヤツハの心を手放しなさい。そうすれば、天下無双のヤツハの誕生よ」


「こいつっ」


 戦場という場……そこは死と隣り合わせの場所。

 それだけウードの力を借りる可能性が高いということだ。

 そして、その力を借りたとき、完全にこの肉体は!



「やっぱり、油断できない相手だな」

「あら、そんなこと言わないで。私とあなたは前世と生まれ変わり。親姉弟以上に身近な関係なんだから」



「何が親姉弟以上だよ。くそ、せめてこの戦争が終えるまでは見届けないと」

「ん、どうして?」

「決まってるだろっ。これは俺がアクタに訪れ、俺が歩んできた道だからだ! だから、俺が決着をつけないと!」


 俺はドンッと拳を胸に当てる……そう、これは俺がアクタへ訪れ、築いてきた道だ。

 その道は、なんの縁か、ジョウハクの大きな出来事に関わってしまった。

 だからこそ、この国に再び平和が訪れるように力の限りを尽くし、可能ならばそれを目にしたい!!

 

 平和な王都で、友達と一緒に過ごした光景をもう一度……。



――以前ならば、逃げ出していたかもしれない。

 でも、アクタに訪れて大切な仲間ができた。

 俺はみんなを護りたい。

 その勇気を、幼い少女でありながら茨の道を歩む覚悟を決めたティラから貰った。

 


 俺は真っ直ぐとウードを睨みつける。

 すると彼女は、僅かに口端を曲げて肩を竦めた。


「フフ、勇ましいこと。でも、それはいつまで続くかしら?」

「なんだとっ!?」

「くすっ」


 ウードは俺の声を無視して、視線をちらりと階段側に向けて、何故か笑う。

 そして、俺へ視線を戻す。


「それじゃあ、私は話し疲れたから、少し休んでおくことにする。それに、あんなご立派な啖呵を切ったあなたが、あっさり悶える姿を目にするのは身内として居たたまれないからね」

「はい?」



 彼女は再度視線を階段側に投げると、すぐに姿を消した。

 俺は階段に顔を向ける。

 そこにはスプリがいた。

 スプリは俺と視線がかち合うと、なんとも気まずそうにこちらへ歩いてくる。



「あの~、ヤツハさん。ブラン様がお呼びになっているようで……」

「あ、そうなんだ。ありがとう」

「いえ……その、はい……」

「どったの? なんか変だよ」

「変なのはヤツハさ……いえ、何でもないです」


 スプリは何とも答えにくそうに、視線を下に向ける。


「いや、何でもなくはないだろ? 何がどうしたの? ほら、怒らないから、遠慮なく言ってみたまえ」

「え~っと、それじゃあ……先ほど、ヤツハさんが下品な言葉を連呼しながら、自身の胸を揉みつつ、踊って、その後は一人でブツブツと独り言。時に感情的になっていましたので、どう話しかけたものかと……」


 

 俺の身体は凍りつく。

 筋肉は完全に硬直し、ウードもとい、妲己の魅力に囚われた以上に身体が動かない。

 そうだというのに、血圧だけは活発に上昇し、みるみるうちに顔は赤くなり、真冬だというのに、汗が滝のように零れ落ちる。


 スプリは微妙な表情をして、何故か愛想笑いを浮かべる。

 その姿を見て、一気に筋肉の硬直は解け、俺はスプリの腕を掴み懇願する。


「その、ごめん、忘れて! お願い!!」

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