第171話 友のために
前触れもなく飛び込んできた、ジョウハクを揺るがせる情報。
俺も、宿にいた客たちも、驚きに声が出ない。
そんな中で先生は席を立ち、トルテさんに近づいて冷静に尋ねる。
「もう少し詳しく、聞かせてもらえますか?」
「ああ、もちろん。届いた話ではプラリネ、ブラウニー両陛下の懇親会に出席していたサシオン様が、ブラウニー陛下に毒を盛ったそうだよ」
「ブラウニー陛下に?」
「だけど、ブラウニー陛下にお出しするはずだった食事を、会席の順番を取り違いて先にプラリネ女王陛下へお出してしまい……」
「それでは、元々はサシオン様がブラウニー陛下を狙って、ということですか?」
「そうみたいだね」
「これらの情報はどこからですか、トルテさん?」
「ちょうど会合の終わりに、メプルの商工会に陛下の訃報が伝わってきてね。サシオン様のことを含めて、もう、町の一部ではこの話題で騒ぎになっているよ」
「何かの間違い、そういうことは?」
「残念ながらないだろうね。情報を第一と扱う、商売人からの情報だから」
「それで、現在のジョウハクの状況は?」
「女王陛下が会席中に倒れてすぐにクラプフェン様が城内に戒厳令を敷き、誰も城から出られないようにしたようだね。その後、食事に毒が盛られていることわかり、調査へ」
「で、調査の結果、サシオン様が?」
「ああ。毒味の済んだ配膳前に、本来訪れる必要のないサシオン様が調理場にこっそり顔を出しているところを見ていた者がいたそうだよ。それを知ったクラプフェン様がサシオン様のお屋敷を捜査したら、食事に盛られた毒と同じ毒が見つかり、クラプフェン様はサシオン様を逮捕」
「いつの出来事です?」
「逮捕は、三日前」
「逮捕は?」
ここで、トルテさんは大きく息を吸った。
「その二日後、今から一日前に…………サシオン様は処刑されたそうだよ」
「えっ!?」
この最後の会話を皮切りに、今まで黙って聞き耳を立てていた宿のみんなは一気に口を開き、宿内を言葉の渦で満たしていく。
俺は飛び交う憶測の中で小さく声を漏らす。
「ありえない……」
「ヤツハちゃん……そうね、サシオン様はそのような卑劣な真似をする方じゃないわ」
先生は俺の傍に立ち、肩を抱いて優しく同意してくれる。
だけど、俺の頭の中には混乱と推理が入り交じり、先生の声は耳から抜けていた。
(いくらブラウニーが邪魔だからといって、サシオンがこんなことするはずがない! あいつは介入を禁じられている。それに何より、毒なんか使わずとも、誰にも知られずに殺害する方法はいくらでも持っているはずだ! さらに、あいつを処刑なんてできるはずが……)
俺は頭を振り、処刑の話はとりあえずおいて、最初の事件のことを考える。
おそらく、暗殺というのは……。
「嵌められた?」
俺は後ろを振り返り、先生を見る。
「ヤツハちゃん?」
「サシオンは誰かに陥れられた。これがしっくりくる」
「そうね。目撃証言に、屋敷からの毒。もしサシオン様が犯人なら、そのようなミスを犯すはずがない」
そう、これはサシオンを陥れるために誰か仕組んだ罠。
それじゃ、いったい誰が?
ブラウニーか?
(ブラウニーが噛んでるかわからない。だけど、この件にたしかに噛んでいる奴がいる。それは……クラプフェンだ!)
クラプフェンはサシオンのことを良く知っている。
サシオンがそのようなことをするはずがないと、他の誰よりも知っている。
(それをあえて捕まえ、さらに処刑まで行ったとなると……クラプフェンはサシオンが邪魔だった?)
何かの作戦でもない限り、そうなる。
では、なぜ邪魔なのか?
真っ先に浮かぶのは、クラプフェンはブラウニーを選んだのではないか、ということ。
現在、ジョウハクはプラリネ派とブラウニー派が綱引きをしている。
クラプフェンは態度を明らかにしていなかったが、その実はブラウニー支持派だった可能性も。
そうなると、彼にとってサシオンの存在は厄介な存在だ。
サシオンはマヨマヨを超える技術を持ち、六龍を超える強さを持っている。
そのようなものが暗にとはいえ、プラリネ女王を支える限り、厄介極まりない……。
(でも、どうしてサシオンは大人しく捕まり、処刑されたんだ? 逃げ出すことも、返り討ちにすることもできたはず? いや、その気になれば、あいつのことだ。無実の証明だってできそうなもんだけど……この場合、できなかったと考えるべきか?)
できない理由……それはサシオンが唯一逆らえない存在。コトアの存在だろう。
(コトアはサシオンに、これ以上アクタへ介入することを禁じたのか? だから、黙って処刑されろと? 詳しい事情はわからないけど、たぶんそんなところかな?)
コトアが、サシオンが、何を考えてこんな行動に出ているのか具体的にはさっぱりわからない。
それでも、俺は頭を押さえ想像の限りを振り絞る。
(とりあえず処刑だけど、サシオンのことだ。処刑されたと言っても女神のそばに戻っただけで、たぶん死んじゃいない。ただ、事情はどうあれ、サシオンはアクタから退場した。これが意味することは?)
サシオンの存在がアクタから消えることに何か大きな意味があるような気がする。
そのことに意識を集めようとしたところで、ピケの声が耳に入った。
それは俺の思考から零れ落ちていた、とても大切なこと……。
「ティラちゃん、大丈夫かな……?」
ティラの名を聞いて、俺はすぐに席を立った!
「先生、今すぐ王都へっ! トルテさん、すみません。お先に失礼します!」
「ど、どうしたんだい?」
「プラリネ女王が亡くなられた今、ブラウニー陛下にとって邪魔……」
俺は言葉の最後を濁した。これ以上のことは、ピケの前で話すわけにはいかない。
それにトルテさんだって、ティラのことを詳しく知っているわけじゃない。
そう思っていたが、トルテさんは俺が言わんとしたことを感じ取ったようで、コクリと頷く。
その様子からトルテさんもまた、ティラの正体に気づいていたようだ。
トルテさんは俺に近づき、耳傍で囁く。
「気をつけるんだよ。無茶だけは絶対しないように」
「そうしたいけど、たぶん無理です。友達を助けるためですから」
「その友達を失いたくないんだよ、ピケのためにっ。だからっ――」
「わかってます。ピケを悲しませるような結末だけは絶対に回避します。そのために、俺は行くんです!」
「ヤツハ……わかったよ、行ってきなさい。エクレルっ。ヤツハを頼んだよっ!」
「トルテさん。もちろんです。だってヤツハちゃんは、私の可愛い愛弟子ですから!」
先生もこれから何をしようとしているのか気づいている様子で、覚悟を乗せた頷きを見せた。
「じゃ、行ってきます。サダさん、二人を頼んだよ!」
「おう、任せといて。なんだかわからないが、二人の安全は保障するよ」
「ほんとだよ。しばらくはお酒を禁止にしてね」
「ええ~、それは……」
「サダさん!!」
「うう、わかったよ。このサダ。一生に一度の大真面目で護衛を務めるよ」
サダさんは胸を張る。そして、咳き込む。
どこまでも頼りない……。
「もう、格好くらいつけろよ!」
サダさんは照れ隠しに頭を掻いている。
俺はため息をついて、トルテさんに話しかけた。
「とにかく、状況がはっきりするまで安全な場所に居てください。おそらく、ここでは何も起きないでしょうけど」
「ああ、わかったよ」
俺はトルテさんに一礼して、宿から出ていく。
その間際に、ピケの声が響いた。
「おねえちゃんっ!」
「ピケ?」
「ティラちゃんを守ってあげてね!」
「っ!? ああ、任せとけ!」
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