第148話 黄金の力
俺はベッドに腰を掛けて、先生はベッド傍の椅子に座っている。
彼女は淡い緑の色を放つ癒しの力を俺の右手に注ぎ終えた。
「骨は問題なし。傷もなし。神経も問題ない。うん、完治したと太鼓判を押すわ」
「おおぉ、ようやく」
俺は右手の指を動かす。
拳を開き閉じを繰り返す。
そして、グッと力を籠めて拳を握る。
「痛みなし。動く動く。うん、さすが先生」
「そうでしょう。感激のあまり、抱き着いてもいいわよ」
「それはまたの機会に」
「もう、相変わらず冷たいのね」
先生は頬を膨らませて、プイっと横を向く。
魔法の使い手としてはとんでもなく凄いくせに、中身はとんでもなく子どもっぽい。
「先生、本当にありがとうございます」
「ふふ、いいのよ。可愛い愛弟子のためだから。だけど、念のためにあと三日くらいは休養しててね」
「わかりました」
「それじゃ、念のためついでに、魔力を解放してくれる」
「え、どうして?」
「ここ二か月、ヤツハちゃんは私の回復魔法の同調だけに魔法を使っていたでしょう」
「ええ」
「そこから感じ取れる魔力は、以前のヤツハちゃんとは比べ物にならないくらい強力なもの。何があったのかしら?」
「そ、それは……」
「言いたくないのはわかってる。話すつもりがあるなら、とっくの昔に話しているでしょうから」
「すみません。説明しづらくて」
ウードのことを相談する相手として、先生はこの上なくうってつけの人。
でも、コトアの様子から話さない方がいいと感じている。
俺は視線を逸らし、頭を掻いて、言葉を濁す。
エクレル先生は無理に追及することなく、この話を端に置き、魔力開放の話へと移った。
「理由はともかく、今のヤツハちゃんの力量を知っておきたいの。それに、急激な魔力の高まりのせいで、身体に負荷――特に右手のケガに悪影響がないか」
「そういうことですか。わかりました。先生、部屋に結界をお願いします」
「え? ……なるほど、それほどの力というわけね。わかったわ」
先生は指をぱちりと跳ねる。
ただ、それだけの動作で、部屋には高レベルの結界が張られた。
「先生、すごっ」
「よかった、私のことをまだすごいと思ってくれて。もっと先を歩いているのかと思ってたから」
「まだまだですよ。でも、たとえ俺が先を駆け抜けたとしても、先生は、ずっと俺の先生です」
「ヤツハちゃん…………抱きしめても?」
「駄目ですっ」
「もう!」
「ははは、それじゃ魔力を解放しますね」
ベッドから降りて、二か月ぶりに全力の魔力を解き放つ。
目を閉じて、奥深くに眠る力を呼び覚ます。
心の内側から
体は黄金の輝きに包み込まれ、帯電しているかのように魔力がバチバチと跳ねている。
俺の変化を目にした先生は、言葉をほろりと落とす。
「すごい、わね……力だけなら、私の背中を捉えている。近いうちに私を超えて、六龍将軍に届くかもしれない」
「マジっすかっ?」
俺は目を開いて、先生へと顔を向けた。
すると、彼女は瞳をくわっと大きく開く。
「ヤ、ヤツハちゃん。どうしたの、その瞳の色は?」
「え、目の色?」
「鏡を見て見なさい!」
先生の驚きように押され、俺は化粧台の鏡で自分の目を見る。
黒の瞳に
「あれ? ちょっと金色っぽい」
「自分ではわからなかったの?」
「だって、戦ってる最中に鏡で自分を見るなんてしないから」
「それもそうね……ふむ……」
先生は手で口を押さえて、何かを考え込む。
その仕草に不安を覚え、尋ねた。
「どうしたんです? これって何かヤバいこと?」
「いえ……高純度魔力の発光現象でしょう」
「なんすかそれ?」
「魔力には純度があり、同じ火球でも、純度が薄いと威力が落ちる。ヤツハちゃんの魔力はその純度があり得ないほど濃い。でも、普通は……」
「普通は、なんです?」
「普通は魔力の純度は種族によって一定。修練により高めることできても、黄金色を放つまで高めることのできた存在は聞いたことがないわ」
「すごいこと?」
「ええ、今のヤツハちゃんならクラス1の呪文でもクラス2くらいの威力は出せる」
「おお~。ってことは、クラス4ならとんでもないことに」
「クラス5。禁忌クラスの威力に匹敵するかも」
「禁忌?」
「本当なら基礎をしっかり学んでからになるんだけど、いいでしょう。魔法には禁忌と呼ばれる呪文が多数存在するの。威力のありすぎる呪文や生命蘇生といった神に仇なす力などね」
「そんなのが……そういえば、話だけに聞いてる亜空間転送魔法がそれに該当するんですよね?」
「ええ、その通り。とにかく、あとでそれらについて詳しく記された本を貸してあげるから。渡し次第、すぐに読むことっ」
指をバシッと突きつけられて、勉強をサボらないように釘を刺された。
はっきり言えば、勉強のために本を読むなんて面倒……でも。
先生の指から瞳へと視線をずらす。
先生の目は真剣そのもの。
この黄金の力は相当ヤバいと見える。
「はぁ、わかりました。様子見の三日の間に読んどきます」
「絶対よっ。過ぎる力はあなたの体と心を壊す恐れがある。人よりも遥かに堅固な肉体を持つ龍だって、自分の力を持て余すことがあるんだから」
「龍でも? 何だかスケールでかそう。でも、持て余すって?」
「龍の中には精霊に並ぶ力を持つ者がいるの。だけど、精神体の精霊と違い、龍は肉の檻が邪魔をして、力を使いこなせない。そのため、彼らは自身の力が己の肉体を破壊しないように力を行使している」
「それって、せっかくの力なのに意味ないですね……」
「そうね。でも、問題ここから。力の制御ができているうちは良いけれど、死期が近づくとそれが難しくなる。その結果、力が暴走し、周囲を吹き飛ばすこともあるのよ」
「ええ~、迷惑~」
「まぁ、その前に他の龍と戦ったりして、力を出し尽くすんだけどね。万が一失敗すると悲惨だけど」
「悲惨……因みに、暴走ってどのくらいの威力ですか?」
「そうねぇ。上位の龍、金龍クラスだと、町一つ消えてなくなるかも」
「それはまた、とんでもない話で……」
「ま、人と違い精神が強固であるから、力に心が飲み込まれないのが救いね」
「ふ~ん、人間だと力に酔っちゃうのかなぁ? そういう物語はよく聞くけどさ」
「人の心はまだまだ発展途上だから。それに、体についても心配な点があるから、力の使い方を学ぶためにもちゃんと読んでおくこと。わかった?」
「了解です。必ず、読んどきます。それで、そろそろ魔力落ち着かせてもいいですか?」
「ええ。あ、ちょっと、待って」
「うん?」
先生は俺の瞳を覗き込むように顔を近づけてくる。
「せ、先生?」
問いかけには答えず、じっと先生は瞳の奥を見続ける。
先生の視線は近くにある瞳を見つめているはずなのに、遥か先を見つめているかのようなもの。
しばらくして、先生は俺から離れて、自身の顎に手を置いた。
「う~ん」
「なにか、変なことありました?」
「そうね……やっぱり黒い瞳の方がヤツハちゃんには合ってるわね」
「はっ?」
「黄金の瞳も綺麗だけど、黒髪だと合わないかも。黒い瞳の方がエロスがあるし。そうだ、ヤツハちゃん! ちょっと色気のあるポーズとってみて」
「何言ってるんですか? そんなことのために俺を観察したんすか? こっち真面目にすっげぇ不安だったのに!」
「ふふふふ」
「ま~た、笑って誤魔化す」
「ふふ、ごめんなさいね。黄金の力と瞳は気にするようなことじゃないわ。ヤツハちゃんが強くなったってだけのこと。ただし、力の使い方を誤らないように!」
再度、先生は指をバシッと決める。
目は真剣……いつもこんな感じで真面目にやってほしいところ。
俺は小さなため息を挟んで、先生の目を見つめ返す。
彼女の紫に煌めく瞳の奥には、龍の話をしていた時よりも力に対する不安の色が見え隠れしている。
俺の脳裏に黒騎士の影が過ぎる。
(そっか、先生は……)
「先生、大丈夫ですよ。俺は力に呑まれたりしない。黒騎士のようにはなりませんから」
「そう」
「もし、呑まれそうになったら、そん時は先生がブッ飛ばしてください」
「そうね、その時はお尻ぺんぺんからのハグハグコースねっ」
先生は自分を両手で抱いて体をくねらせる。
「はぁ~、先生はすぐおふざけに走るなぁ……」
「真面目な話ばっかりじゃ、気が張るからね」
「その真面目な話がめっちゃ少ないってっ」
「ふふふ、それじゃそろそろ帰るわね。ゆっくり休んでおきなさい」
「はい……さすがに暇すぎますけどね」
「我慢我慢。楽しい絵本を持ってきてあげるから」
「禁忌の本でしょ、それ」
「禁忌の本……そう呼ぶと、良い子が見ちゃダメな本っぽいわね」
「先生、出口はあちらっすよ」
「もう、冷たいわね~」
先生は手をひらひらと振って、部屋から出ていった。
閉じられた扉を見つめ、俺は言葉を漏らす。
「先生、ありがとうございます。あなたのおかげで、魔法も右手も、そして心も助かっています」
――サンシュメ廊下・ヤツハの意識の外側
部屋を出たエクレルは足に焦りを見せながら階段へと向かう。
(いくら魔力を高めようと、瞳の色が変わるなんてありえない! しかも、ヤツハちゃんの瞳の奥に宿っていた力は禁忌を超える大禁忌の力!!)
彼女は足を途中で止めて、ヤツハの居る方向へと顔を向けた。
「時に干渉する力……これに空間の力を合わされば、人の身でありながら亜空間転送も可能になる。そしてそれは……女神コトアが恐れる力! これは教会の報告すべき事柄……だけど」
エクレルは両手で自分の顔を隠す。
「そうなれば、ヤツハちゃんは教会の監視下に置かれて自由を奪われる。でも、放置することはコトアを裏切ることに……どうすれば……ハッ!?」
ギシリと、誰かが階段を踏みしめる音が聞こえた。
エクレルはすぐに口を
階段から姿を見せた者はエクレルの知り合いだったようで、彼女は微笑みを交え、軽い挨拶を交わす。
その者も軽く手を上げて、挨拶に応える。そして、彼女の横を通り過ぎようとした。
だが、横に並ぶとその者は――
「エクレル、話がある」
「えっ!?」
エクレルはその者によって、
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