第142話 近藤――3-2

――あの日より、七十年の時が過ぎ、私は病院のベッドで横たわる。

 


 死が私を迎えようとしている。

 家族が私を見守る。

 私は妻と出会った後も、時折押し寄せる罪悪感に苦しんでいた。

 

 事情を知っている妻はずっと私を支えてくれたが、果たして妻は幸せだったのだろうか?

 いや、私は誰かを幸せにする資格があったのか?

 笠鷺くんの全てを奪い、彼が持つことのできなかった家庭を築き、こうして家族から見守られながら死を迎えるなんて……これは私に許されるべきことなのか!?


 私は空へ手を伸ばす。

 その手を妻が握りしめる。

 暖かな思い。こんな暖かいものを私が手にしていいのか?

 私は家族の愛に見守られながら、後悔に埋もれていく。


 私は笠鷺くんだけではなく、妻と子の思いにも応えられなかった。

 最低な人間……。



 視界が一度ぼやけ、暗闇が閉ざす。

 次に目を開けたときには、花畑が広がっていた。

 思考は虚ろでありながらも、一つだけはっきりしたことがある。


(歩かねば……)


 大勢の人々と混じり、私は花畑を歩いていく。

 しばらくすると、二度、つちを振り下ろす音が聞こえた。

 音は脳に刺激を与え、意識が覚醒する。



「近藤よ、目覚めたか?」

「ここは……?」


 周りには鬼? 目の前には巨大な人。

 彼は雄々しい髭を蓄えた存在。閻魔大王だろうか?


「もしかして、あの世の裁判ですか?」

「その通りだ。近藤、お前に判決を言い渡す」

「そうですか。私は地獄行きですね。笠鷺にあんなひどいことをしたのだから」


「その通りだ。お前は笠鷺燎に『前世の罪を償わせる機会を奪った罪』で永遠回廊に閉じ込められる」


「え、前世の罪? なんですか、それは? 私は彼の心を傷つけ、私の利己的な理由で命を奪ってしまったことが罪なのでは?」

「それもまた罪であるが、お前は妻と子を大切にし、彼女たちに幸せを与えた。よって、その罪は相殺されている」


「私が、妻と子どもたちを? 罪に塗れた私と過ごしてきた彼女たちは幸せだったというのですか!?」

「その通りだ。誇るがいい」



 私の瞳に涙が生まれる。

 だが、すぐさま涙を振り払い、笠鷺くんについて尋ねた。


「笠鷺はあの後、どうなったのですか? 前世の罪とはいったい?」

「笠鷺は宇宙追放刑を受けた。前世の罪については、お前が知る必要はないっ。以上だ。連れていけ!」

 

 鬼たちが私の脇を支え、強制的に法廷から退場させられる。

「待ってくれっ! 笠鷺はなぜそんなことにっ! 笠鷺くんは何も悪いことなんてしてないはずっ!!」


 私が大声で訴えても、鬼も閻魔らしき存在も何も答えない。

 彼らはただ、私を引き摺り、私を待ち受ける罰の場所へと連れていく。


「いったい何が? 私はどうなる?」

 この問いに鬼の一人が答えてきた。

「お前は永遠回廊に送られる。時の牢獄で後悔を繰り返す。何百、何千、何万、何億と」

「それはいったい……?」


 先に光の渦が見えてきた。鬼たちは私を抱え上げて、その渦へと叩き入れた。

 体が渦に触れると視界が歪み、次に現れたのは……あの日の光景だった。



 八十半ばを過ぎた私。

 だが、肉体は瑞々しく若返り、十代の頃へと戻っていた。

 

 僕はビルの時計を目にする。


「いけない。もうすぐ十時だ。笠鷺くんを待たせるわけにはいかない!」


 僕は駅前へ駆け出す。

 そして、悲鳴を聞く。

 先にあるのは、血だまりに横たわる笠鷺くん……。

 そこで全てを思い出す。

 自分が八十を過ぎた老人で過去に笠鷺くんを死なせてしまったことを!


 それを認識した瞬間に光が私を覆う。

 


「いけない。もうすぐ十時だ。笠鷺くんを待たせるわけにはいかない!」


 僕は駅前へ駆け出す。

 そして、悲鳴を聞く。

 先にあるのは、血だまりに横たわる笠鷺くん……。

 そこで全てを思い出す。

 自分が八十を過ぎた老人で、過去に笠鷺くんを死なせてしまったことを!


 それを認識した瞬間に光が私を覆う。

 


「いけない。もうすぐ十時だ。笠鷺くんを待たせるわけにはいかない!」


 僕は駅前へ駆け出す。

 そして、悲鳴を聞く。

 先にあるのは、血だまりに横たわる笠鷺くん……。

 そこで全てを思い出す。

 自分が八十を過ぎた老人で、過去に笠鷺くんを死なせてしまったことを!


 それを認識した瞬間に光が私を覆う。



 

 繰り返される後悔の時間……私は時間が戻るたびに全てを忘れ、新鮮な気持ちで笠鷺くんの死に立ち会う。

 彼の死を目にした瞬間にだけ、今までの出来事が波となって襲い掛かり、私の心を壊す。

 そして、再び心身健やかな僕に戻り、そしてまた、壊れる。


 これを何度繰り返しただろうか?


 何万? 何億? 何兆? 何京?


 わからない……確かな意識が戻る瞬間には笠鷺くんは死んでおり、私の心は壊れているから。


 走る、笠鷺くんを待たせないために。だけど、あるのは彼の死。

 それを忘れて、走る。笠鷺くんを待たせないために……。



「いけない。もうすぐ十時だ。笠鷺くんを待たせるわけにはいかない!」


 僕は駅前へ駆け出す。

 そして、悲鳴を聞く。

 悲鳴は僕の意識を私に変えて、心が崩れ落ちていく…………はずだった。

 悲鳴の先を見るが、笠鷺くんは血だまりに倒れていない。


「え!?」

 

 笠鷺くんは左横から飛び出してきた殺人鬼をひらりと躱し、殺人鬼の刃物を持つ手を右手で握り締めると、そこから流れるように殺人鬼の肘に左手を沿える。

 そしてそのまま殺人鬼の腕をへし折った!?

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