第十五章 絶望の先にあるもの

第126話 将来、俺は母に?

――翌日、早朝



 風車の修理道具を届けるためにシュラク村を目指す。

 道具類はさほど多くないため、物資を護衛してくれた兵士さんたちには関所で休んでもらうことにした。

 俺たちは馬を使い、いつものメンバーで村へ向かうことに。

 

 鉄壁のケインとパラディーゾ侯爵は門前での簡単な見送りを済ますと、すぐに仕事へと戻っていった。

 

 俺は彼らから頂いた衣服を身に着けて馬の傍に立ち、スカートに触れる。


「ふむぅ~、身軽でいいんだけど、スカートが短か過ぎやしないか?」


 季節は夏の終わり。

 しかし、ここ南の関所エヌエンは王都サンオンよりも気温が高く、今もなお、馬鹿みたいに暑い。

 

 そのため、いつもの村娘風の暑苦しいロングスカートを着ていた俺と、金属の鎧を着ていたフォレには侯爵たちの計らいで南にふさわしい涼し気な衣服をプレゼントしてもらった。


 これには急遽仕事を任せた謝礼的な意味もある。もちろん謝礼金は別途に貰っている。


 因みにアプフェルとパティにも服が用意されていたが、二人は断ったらしい。

 

 アプフェルは学士館の魔導生だから、その制服を着用したいと。

 だからいつもの明るいオレンジ服に深緑の外套。

 手には同じくいつもの翠石すいせき納まるクラウンを頂く魔道杖まどうじょう

 

 パティは白を基調としたドレス服にこだわりがあるから辞退。

 アマンはケットシーサイズの服がなかったので用意できなかったそうだ。

 

 

 俺の装いは太もも半分程度の長さの黒スパッツ姿に、ヒラヒラとした黒のミニスカート。

 上半身もスパッツの素材と同じ、ぴったりと体にフィットした半袖の服。おへそは見えてる。

 その上に胸の部分を守る魔力の籠った銀の軽装鎧を重ね着して、腰には以前地下水路で使用した剣を差している。

 

 それはまるで女戦士のような格好。

 その姿に合わせるように、お守りのガガンガの髪飾りを使い、長い後ろ髪を一本にまとめている。

 

 スパッツ素材は上下ともに伸縮性にとんだ絹って感じのもの。

 体がひんやり感じるところから、鎧と同様に何らかの魔法が掛けられているっぽい。

 


「不思議だねぇ。外気は暑いのに、体感は冷えてるように感じる。銀の鎧も太陽の熱で熱くならないし」

「鎧も結構な品だけど、服の方はびっくりするくらい高級品だよ」

「アプフェル? そうなの?」

「オキアクっていう幼虫が作り出す糸から作られた貴重品。それに魔力を練った糸が編み込んである。サン金貨、一枚くらいの価値はあると思う」


 サン金貨――俺的円換算で、一枚四十五万から五十万円くらい。


「おおぅ、こんなお高いものをポンっと、さすが侯爵様。でも、ちょっとピッタリしすぎでスカートも短いから、ほら、パンツのラインが丸見え」


 短めのスカートをぺろりと捲って、お尻をくいっと押し出す。

 すると、お尻の沿ってパンツのラインがはっきりと見えてしまう。

 


 その姿を見たパティが声を少し荒げてきた。


「ヤツハさんっ。フォレさんがいらっしゃるんですよ」

「あ、そうだった。フォレ、見た?」

「い、いえ、そのような不埒な真似は……」


 フォレは横を向いて、顔を赤くしている。

 彼の装いは重装鎧から旅の剣士のような簡素な格好になっていた。

 

 上下薄手の白色の衣服を纏い、若草色のフード付きマント。

 マントには風の魔力のオマケつき。魔力は熱気を和らげるそうだ。

 腰にはいつもの絢爛なフォレの長剣。


 顔は赤いが、涼しいそうに見える。

 そんな彼の近くには汗だくのパティ。


「パティさぁ。服、貰えば良かったんじゃないの? また、干物になるよ」

「なんて失礼なっ。もう、そのような心配はありません。アマンさんから、簡単な氷魔法の手ほどきを受けましたので」

「そうなの、アマン?」


 アマンは一歩前に出て、ぽふりと肉球を胸に置く。

 彼女もアプフェルたち同様、着慣れた私服の海賊服の姿。

 緑の草原広がる場所には少々不似合い。

 

「はい、簡単な冷気の魔法を。幸い、移動は馬ですから、前面の気温を下げさえすれば風の魔法を併用しなくても、冷えた空気の層が身体に当たりますので」

「制御が難しい氷の魔法にだけ意識を向けられるってわけか。じゃあ、そろそろ、その馬に乗って村へ……フォレ?」


 

 フォレはなぜか、俺に視線をチラリと向けては逸らすを繰り返している。


「どうしたん?」

「いえ、肌の露出が多いので、目のやりどころが……」

「多いって、へそと太ももの一部が見えてるだけじゃん」

「十分に多いですよっ」


 フォレは声に力を籠めて俺を視界に捉えるが、すぐに目を逸らす。

 王都の人たちは夏でもエヌエンよりも気温が低いためか、露出は控えめ。

 彼はあまり女性の肌を目にする機会がないのかもしれない。


(女性……か。変な感じ)


 

 たしかに、今の俺は女だ。

 でも、改めて女性として見られていると感じると、何とも形容しがたい感覚が心を包む。


(普段はなるべく気にしないようにしてるけど、フォレから見れば、顔が赤くなる程度には女を感じさせることのできる女なんだよなぁ)


 もう、アクタに来て、四か月以上経っている。

 その間に女としての認識は嫌というほど味わっている。 

 特に、およそ月一で発生するイベント。

 幸い、俺は軽い方だったので、さほど苦痛に感じていない。

 だけど、やっぱり慣れないし、怖いし、憂鬱に感じている。


 

 自分の下腹部に視線を落とす。


(なんでこんな構造なんだろうね、女は? 毎月大変で、面倒で。子どもを産むために必要なことなんだろうけどさ…………え、子ども? 子どもだと!?)


 ブツブツと背中に鳥肌が立つのを覚えた。

 俺は女。

 つまり、このまま女のままだと、将来的に子どもを創ったりするんだろうか?

 

 いや、もちろん、あんなことやこんなことをしなければ創れないけど……でも、地球に戻れなくて、男に戻れなかったら、女として生きていくことになるわけで。


 そうなると、もしかしたら、そんなことになるかも……。


 俺は大きくかぶりを振る。


(いやいや、ずっと独り身でいればいいだけの話。第一、そんな相手は――)


 ふと、視界にフォレの姿が目に入る。

 彼もちょうどこちらを向いて、たまたま目がかち合う。


 フォレはまだ俺の姿に照れがあるようで顔を横へ向け、頬を赤くする。

 俺もなんでか体温が上がり、顔を横にして、頬が赤くなるのを感じる。


 

 そこに俺たちの様子を訝しんだアプフェルとパティが声を上げてきた。

 その声は、夏の暑さを冬の寒さに変えてしまうような音色。


「ヤツハ。ナニ、今の態度?」

「少々、気になる態度ですわね」


 寒い。

 背中の鳥肌が、別の鳥肌へと変わっていく。

 俺は慌てて言い訳を口にする。


「なんでもないよっ。ただ、フォレがあまりにもじろじろ見るから、恥ずかしくなっただけで」

「ええっ!?」

 俺の言い訳に、フォレは大きく反応した。


(すまない、フォレ。騎士様らしく、乙女の犠牲になってくれ)

 

 会話が悪い意味で弾みを見せようとしたところで、アマンが声を挟んできた。


「皆さん、雑談はそこまでにして、シュラク村へ向かうとしましょう。村の皆さんは私たちの修理道具を待ちわびているのですよ。フォレさん、年頃の男性としてヤツハさんの姿は刺激的でしょうが、慣れてください」

「は、はい、努力します」



 アマンの叱責を受けて、フォレはもちろん俺たち全員が仕事中だということを思い出し、反省を心に刻んだ。

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