第125話 肉の宴と新たな依頼
浴場を出て脱衣場に入ると、洗濯が終えたばかりの各々の服が置かれていた。
一部は綺麗に糊付けされてある。
アクタには乾燥機なんてものがないから、おそらく風の魔法の類で乾かしたんだろう。
服の傍には、ジムのトレーニングウェアみたいな服も置いてあった。
好きな方を着ろということみたいだけど……自分の服に袖を通そう。
着替えを終えて外へ出ると、出入り口傍に使用人さんが控えていた。
食事の準備が整っているそうなので、アプフェルたちが出てくるのを待ってからダイニングルームへ。
通された部屋の中央には長机。
部屋全体は黄金の装飾で統一されており、ところどころに黄金の筋肉像。さらには真っ赤な薔薇が花瓶に生けてある。口に薔薇を咥えている像も……。
床は赤と黒のモザイク模様。
全体的に眩しいくらいゴージャスだけど、同時に怪しさ満載の部屋。
俺の後ろではアプフェルとパティが筋肉の像と薔薇を見ながら、不安そうな顔をしている。
もちろん、あのあと二人には温泉での出来事をしっかりと説明しておいた。
でも、この部屋を見て、再び警戒感がひょこりと出てきてしまったようだ。
「パ、パティ、本当にストレッチだったのかなぁ?」
「お、おそらくは。ヤツハさんやアマンさんの話は納得ができるものでしたし」
無用な心配に怯えている二人の姿を横目に、俺はアマンへ話しかける。
「すごい部屋。ここで食事取るの?」
「食欲が失せますね。匂いはしないですけど、汗臭さが充満しているような」
使用人さんが用意された席へ座るようにと促してきた。
それに従おうとしたところで、勢いよく出入口の扉が開く。
「やぁっ、お嬢さん方、待たせてすまないねっ。フォレ君と話が大胸筋のように盛り上がり遅れてしまった!」
「あはは、おかげさまで体全身が
フォレとパラディーゾは仲良さげに肩を組みながら現れた。
風呂上りということもあり、さすがのパラディーゾも上半身裸ではなくちゃんと服を着ている。
と言っても、タンクトップみたいやつだけど……フォレも。
二人からは非常に親し気な雰囲気が漂う。
彼らは筋肉を通して、友情を深めたみたいだ。
温泉とストレッチの熱で二人の顔は赤い。
その二人の姿を見たアプフェルとパティは彼らとは対照的に、見る見るうちに顔を青褪めていく。
まったく、筋肉の話だって言ってるのに……。
俺はアプフェルたちから視線を外し、フォレたちへ向ける。
「あれ?」
フォレたちの後ろに見知らぬ男性が立っていた。
彼もパラディーゾに負けないくらいの巨漢で、薄手のシャツに黄金のガウンを着ている。
肉に張り付くシャツからは筋肉が浮かび上がり、鋼のような肉体を持つ人物だとはっきりとわかる。
男は肩で風を切るように、ズイ、ズイ、ズイとこちらへ迫ってきた。
パラディーゾに似た堀の深い顔。かなり精悍な若者だ。
彼はその精悍な顔立ちを隠すように、上腕二頭筋を前へ押し出し見せつけてきた。
肉からはぶっとい血管が浮き出ていて、ビクンビクンと脈打っている。
それはまるで、山にいるでっかいミミズ。
彼は筋肉に力を籠めて、野太い声で挨拶をしてきた。
「どうも、私です」
「え?」
「失礼、ケインです」
「え、あ、はい。私はヤツハと言います。ケイン様、ですね?」
「その通り。私はケイン。鍛え上げられた肉体は、あの龍の鱗にも勝るという、鉄壁のケインです」
ケインは一々ポージングを決めながら、自己紹介を続ける。
「そ、そうですか。え~っと、お仕事は終わったようで」
「ええ、商工会の方々は私の熱い思いと私の肉体の素晴らしさに感動し、快くご協力を頂いた」
「そう、ですか……商工会とは届いた物資の話でも?」
この問いに、パラディーゾの声が助走をつけて殴り込んできた。
「そのことはっ、食事を交えながらお話をしよう! 筋肉が冷めてしまう前に!」
俺は無言で頷き、用意された席に着くとした。
食事を交えながら、ケインが行っていた仕事の話を聞く。
彼は関所の補強と有事の際の住人の避難について話をしていたそうだ。
さらに、届いた物資を使い、兵士の募集や商人からの武具の買い付けなどの話も行った、と。
話は一段落を終えて、俺は鳥のささみに各種野菜とピーナッツを和えた料理を口に運ぶ。
「あ、美味しい」
「でしょう? すべて筋肉に良い素材。ヤツハ嬢も素晴らしい肉体を手に入れられますよ」
「これっ、ケイン! 男であるお前が、女性に向かって素晴らしい肉体など言っては駄目だぞ!」
「失礼、じっさま。私としたことが……ヤツハ嬢、申し訳ない」
「い、いえ、これくらいのこと。えと、俺たちは物資も届け終わりましたし、明日の朝には王都に戻ります」
黄金の筋肉像に囲まれ、生の筋肉が目にこびりつく。
暑苦しい大声と暑苦しい野太い声に、汗臭さが目に染みる。
二人とも悪い人ではないけど、早く帰りたい……。
そう思っていたのだけど、パラディーゾ侯爵が引き止めてきた。
「それは少し待ってくれないかっ」
「え、何か?」
「うむっ。実は一つ、頼みたい仕事があってなっ!」
「仕事、ですか?」
「関所の外にある『シュラク村』に、風車の修理道具を届けてほしいのだっ。本来我々の仕事なのだが、キシトル帝国の対応が急ぎであるため後回しになってしまっていてなっ!」
「まぁ、それぐらいなら。でも、関所の外にも村があるんですね」
「それはどういう意味かなっ?」
「いえ、関所の外は危なくないのかなって」
「関所は旅人や商人などの監査や、補給線などの要に置いてあるものっ。村を守るための砦ではないからな!」
「たしかに。じゃあ、キシトルとの国境の間にもお互いの村があるんだ」
「いや、他の国境地帯はともかく、この国境地帯にはジョウハク側のシュラク村しかないっ」
「危なくないですか?」
「危ないっ。が、戦略的価値もなく、時の巡りではどちらの支配下ともなる村っ。互いに武力による干渉はまずないから安心だ!」
「そうなんだ。わかりました。みんなもいい?」
みんなは構わないと頷く。
「では、パラディーゾ様。依頼をお受けします」
「ありがとう、ヤツハ君! 戦略的価値はなくともシュラク村の民は、今はジョウハクの民。我らが守るべき国民! 彼らが困っているのならば、助けてやりたい!!」
「パラディーゾ様……わかりました」
「私からも、礼を言います」
「ケイン様?」
ケインは席を立ち、俺に向かって分厚い肉体を折り曲げる。
「本来ならば、私の役目。そうだというのに……情けなさに筋肉が震えている」
「恥じるな、ケインッ。筋肉が泣いているぞ!」
「じっさま……」
「我々がいくら無敵の肉体を持とうとも、神でない! 我らは人ぞ。ならば、誰かの助けを乞うこともあろうっ。それに感謝し、次の期待に応えるために己を鍛えるのみ!」
「じっさまっ。私は未熟でした! 今からでも肉体に熱を頂きたい!!」
「そうだなっ。ヤツハ君、そういうことだ!」
「え、どういうこと?」
「私たちは君への感謝と民への反省を刻むために、筋肉へ愛の鞭を振るう!」
「はぁ、筋トレですか……?」
パラディーゾとケインは鼻から息を吹き飛ばし、こっくりと頷く。
「では、じっさま。地下のトレーニング場へ!」
「わかった! お、そうだ! フォレ君、君も一緒にどうだ!?」
「わ、私ですか?」
「ああ、君には個人的に話しておきたいこともあるからなっ」
「私に……? わかりました、ご一緒させてください!」
「良き返事だっ! 行くぞ、ケインっ!」
「はい、じっさまっ。フォレ殿も、ささ。私もフォレ殿の素晴らしき筋肉に触れたいと思っていたところです」
「は、はい、お願いします」
三人は扉を勢いよくぶち開けて、部屋から出ていった。
筋肉の熱気で霞む視界を見つめながら、俺はぼそりと呟く。
「すっごいな、あの人たち」
「ヤツハさん、ヤツハさん。アプフェルたちがまた……」
「え?」
アマンの声に引っ張られ、二人を見る。
「お、男三人で地下へ……筋肉に触れたい。パティ、これは危険よ! いくらトレーニングと言っても、何かが起きた後では取り返しがつかない!」
「ええ、そうですわねっ。私たちもご一緒させていただきましょうっ。ふふ、鍛え上げられた男たちの織り成す
二人はフォレたちの後追い、扉を破壊する勢いで出ていった。
部屋には俺とアマンだけがぽつりと残される。
「あの、アプフェルの方はさ、余計な心配だけど普通の心配って感じじゃん。パティ、ヤバくねっ?」
「ええ、確実に冥府魔道を歩もうとしてますね……」
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