第110話 ヤツハのソウル

 延々と続く二代目コール。

 その声たちを掻き消す大声でクレマの名を呼んだ。



「お~い、クレマ~!」

「あん、なんだっ?」

「威嚇するな、ガン飛ばすな。とりあえず、こっちに戻ってこい。話は終わってないんだから」

「ああ、そうだったな、すまねぇ」

「それと、他のみんなの分の特攻服も用意してあるから、フォレたちから受け取ってくれ」


 この言葉を聞いたヤンキーエルフは群れと成して、フォレたちを囲むようの集まった。

 フォレたちは笑顔を引き攣らせながらも、エルフたちに特攻服を手渡していく。

 彼らの特攻服はクレマと色違いの黒の特攻服。

 服には金色の糸で、漢字の刺繍がしてある。



「総長が白で仲間を黒にしておいたけど、どう?」

「いや、ありがてぇ。仲間の分まで作ってくれているとは」

「急ぎだったから数着しかないけど、あとで森に住むエルフの分も用意する予定だから」

「そうか、何から何まで、本当すまねぇ」


「まだ、誠意は足らないか?」

「いや、十分だ。今後、森を通るのは問題ない……でも、森の伐採となると踏ん切りが」

「だろうな。家族みたいなもんなんだろ?」

「大切という意味ではな。だけど、あたいらだって必要な時は木々を伐採している。わかってはいるんだが、中々……」


 クレマは特攻服の胸に刻まれた森の刺繍に手を当てて、服を握り締める。

 森というのはエルフにとって、何物にも代え難い存在のようだ。



 俺は瞳に力を入れて、クレマをまっすぐと見つめる。

「クレマ。話を聞いてくれるか?」

「ん? なるほど、話か……」


 俺の態度が変わったことに気づき、クレマはこれから何を話そうとしているのかをすぐに理解したみたいだ。

 格好はレディース(暴走族の少女)でも、なんだかんだで一族束ねる長。

 彼女は少しだけ面倒そうな崩れた笑みを見せる。


「政治の話はガラじゃねぇんだけど。いいぜ、聞かせろよ。それだけのことをてめえはしてくれた」

「ありがとう、じゃあ早速……いま王都では、プラリネ派とブラウニー派が綱引きをしている。ここで復興が立ち遅れれば、強硬派のブラウニーが実権を独占することになりかねない」


「制度を破ってか?」

「彼がどこまで踏み込むかはわからない。でも、最悪の事態を避けるよう努力はしたい」


「ブラウニー王は人間至上主義者だったな。ふん、ブラウニー派が権力を完全掌握すれば、人間以外の種族にとっては厳しい時代になるってわけか……なぜ、最初からその話をしなかった?」

「話をしてたら聞いてくれたか?」


「はは、聞かねぇだろうな。あたいらは森を護るためにいる。人間のやってることなんざ興味はねぇ。奴らが攻めてきても、滅びるまで戦うだけさ」

「そうならないためにも、力を貸してくれないか?」


 この話はクレマたちの利となる話だ。誠意も見せた。

 だからきっと、応えてくれるはず。

 そう思っていたが、俺はクレマの心をしっかり見ていなかった。



 彼女は眉間に皺を寄せながら、反吐を飛ばす。

「はんっ、気に食わねぇっ」

「え、何がだ?」

「てめえはまだ、腹を割っちゃいねぇ。ヤツハ、てめえが秘める思いで、あたいのソウルを響かせろよ。てめえがしたいのは政治の話か? ちがうだろ!!」


 クレマの視線は俺の心を貫いた。

 その衝撃は心の中に眠る本当の思いを揺さぶる。

(俺の本当にしたい話か……そうだな、俺が心に宿しているのは利なんかじゃない。そんなことに気づかないなんて……)



「……うん、違うな。俺が何がしたいのか。誰を助けたいのか……」


 心に浮かぶのは街のみんなの姿。胸に宿るはみんなから受け取った暖かさ。


 俺は膝折り、腰を折り曲げて、地面に額をつく。

 俺にはこれ以上の方法で、誠意を伝える方法がわからなかった。

 その姿にクレマはもちろん、皆が驚いた。


 クレマは地面に伏せる俺の姿に、声を震わせて呼びかける。

「ど、土下座だと? アカネさんが教えてくれた、最高の仁義を通し、礼と詫びを見せる姿っ。な、なんのつもりだ?」

「……王都には、マヨマヨの襲撃で今もなお、帰る場所もなく夜空の下で暮らしている人々がいる。今はまだ季節が夏だから、それでも何とかしのいでいる。でも、冬が来れば……助けてほしい。みんな、俺にとって大切な人たちなんだっ! 家族を助けたいっ!!」


 そうだ、これが俺の偽らざる気持ち。

 政治とかどうでもいい。

 すぐにでも王都で苦しんでいる人たちを助けたい。

 俺が行方不明になった時、街の人は総出で探してくれた。

 その思いに、恩返しをしたい!



 俺はただ、クレマの言葉を待つ…………。

 どれほどの時が経ったであろうか。

 とても長い時間であり、短い時間だった気もする。

 クレマは俺の肩に手を置いた。


「顔を上げな。てめえの、ヤツハの真のソウル、聞かせてもらったぜ」

「クレマ……」

「家族を守りたい思い。沁みたぜ、ソウル。協力しよう、ヤツハの家族はあたいの家族さ」

「ありがとう、クレマ」

「ふん、気にすんなっ。野郎ども、あたいの決定に文句はないな!?」


「二代目が決めたことに文句なんてないぜ!」

「ああ、俺たちは二代目についていくって決めてんだからよ」


「そうか、じゃあ決まりだなっ。ヤツハ。あたいたち、誇名沙之森コナサのもりに命預けし、緑風シルファー獲瑠怖エルフは、ヤツハに全面協力することを誓うぜ!」



 クレマは、俺に手を差し伸ばす。

 俺は彼女の手を取り、立ち上がった。


「ありがとう、クレマ」

「フン、礼を言われるようなことじゃねぇよ」

「ふふ……それじゃあ、早速で悪いが、こちらはすぐにでも人手を用意する。そっちは伐採してもいい木の選定を頼む」

「わかった。愚図愚図してないでさっさとしろよな、相棒」

「はは、相棒か」

「文句あるのか?」

「いや、ない。少し、仲間と話してくる。待っててくれるか?」

「ああ。だけど、早くしねぇと帰っちまうからな」

「わかってる」



 俺は仲間たちの元へ向かう。



 仲間たちの場所へ戻ると、彼らは俺を囲んできた。

 フォレが真っ先に声を掛けてくる。


「大丈夫でしたか? いきなり地面に伏したときは何事かと思いましたよ」

「ごめんごめん、あれ以外誠心誠意を伝える方法が思いつかなくてさ」

「そうでしたか。不思議な頼み方でしたが、なぜか心に響くものがありました」


 フォレはそっと自身の胸に手を置く。その彼の横から、アプフェルが飛び出してくる。

 人狼のくせに、何故か口元を猫の口のような形をさせてニヤニヤしながら……。

「心に響くと言えば、あんなに街のみんなのことを思ってるなんてね~」


「うっさい、からかうなよ。色々世話になってんだから、感謝くらいするし、助けになりたいと思うよ」

「泣いてるのを誤魔化していた人が、すっかり素直になっちゃって」

「だから、うるさいよっ」


 ここでパティが、俺たちの口喧嘩を諫めるように間に入ってくる。

「アプフェルさん、あまりからかうものではありませんわよ。ヤツハさん、あなたの口上、エルフのみならず、わたくしたちにも響くものがありました。わたくし、パティスリー=ピール=フィナンシェは、我が家名と自身の名に懸けて、復興の手助けに全力を挙げることを誓いますわ」

「ありがとう、パティ」


「パティさんだけじゃありません。私も、私なりに力添えしたいと考えています」

「アマン?」

「グラン=ヌーは王都より距離があり、直接的な支援は難しいですが……っ」

「どうしたの、アマン?」


「いえ、このような状況で話すような内容ではありませんでしたので。ひとまず、復興が先決ですね。先ほどの件については、サシオン様と直接お話ししたいと思っています」

「うん、よくわからないけど、ありがとう」



 アマンの態度はちょっと引っかかったけど、それでもみんなの支えが俺の心の力となって、元気が漲ってくる。


「じゃあ、みんなは先に王都に帰ってて。フォレ、サシオンに報告を頼める?」

「構いませんが、ヤツハさんは?」

「ちょっと別件でクレマと話したいことが」

「わかりました。では、皆さん」


 フォレに促されて、みんなは転送魔法陣の上に立つ。

 俺は両手に空間魔法を宿して、転送陣の発動の準備を行う。

 するとアプフェルが、その様子を見つめながら質問をしてきた。


「ねぇ、さっきの土下座だけど。なんで、ヤツハは土下座を知ってるの? ジョウハクの文化じゃないのに……」


 アプフェルの瞳からギラリとした眼光が飛び、ぞくりとした寒気を覚えた。

 驚き、彼女の姿を目に入れる。

 しかし彼女は、しっぽではてなマークを作ってふよんふよんさせながら、子どものような好奇心混じる瞳を見せているだけ……。


(あれ、いつものアプフェルだよな? 今のは……ま、いいや。それよりも今の言葉、ちょっと聞き捨てならないぞっ)



「土下座って、人狼族の文化なの?」

「自分で言っておいてなんだけど、謝罪方法を文化っていうのは変な気がするね。ま、ともかく、人狼族じゃ謝罪の手段の一つとして使われてる」

「へぇ~、そうなんだ」


「で、なんでヤツハは土下座したの?」

「え、なんでって……ジョウハクには人狼族が結構いるだろ。その人たちにちょっと聞いたことがあったから、謝罪ってこんな風にやるんだって思ったわけ。ほら、俺、記憶喪失のせいで基本的な常識が抜け落ちてるところあるし」


「そう。たしかに、人狼族特有の謝罪方法とは知らなかったみたいだし、そうなのかもね」

「なんか、含みのある言い方だけど、どうしたの?」

「別に含みなんか……ただ」

「ん?」

「お父さんがお母さんに謝ってる姿を思い出して、ちょっと妙な気分になっただけ」


 アプフェルは両手に腰を当てて、大きなため息を漏らす。

 土下座を通して、情けない父親の姿を見てしまい、気落ちしたから変な態度を取っただけだろうか?



「よくわからんけど、アプフェルの家庭内ヒエラルキーが見えた気がする」

「それは放っておいてっ。それよりもお願いだから、転送魔法を失敗しないでよ。空間の途中に嵌るとか絶対嫌だからね」

「え? …………うん、大丈夫」

「そのっ。冗談でもやめてよ、それ!」

「はは、わりぃわりぃ。エクレル先生が繋げた道の扉を開けるだけだから、全然問題ないよ。俺もいい感じに魔力を調節して、残った魔力で戻るからさ」


「そんなことできるの?」

「エクレル先生が余剰に魔力を行使してくれてるから、一人分の帰り道くらいなら。最悪、歩いて帰ってくるから問題ない」

「そう。そんなことにならないように、うまく調節しなさいよ」

「わかってるよ。俺だって炎天下の中、歩いて帰るなんてごめんだし。じゃあ、行くぞ」


 空間魔法を宿した両手で円の形をとる。

 円の中には、地面に描かれている転送魔法陣と同じ陣が浮かぶ。

 俺は心の中で、空間魔法の呪文の枕詞と、開封のカギの呪文を唱える。

(心は水面みなもに……結び手の一翼として、開門、願い奉る)


 転送魔法陣から紫色の光が溢れ出し、みんなを包み込むと、彼らは陽炎となって姿を消した。

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