第109話 アプフェルの瞳

「わかってるさ。だから、こいつを用意した!」

 贈り物を包んでいた布地を振り解く。

 中から出てきたのは綺麗に折り畳まれた、特攻服。

 エルフたち着ている見よう見まねの特攻服ではなく、正真正銘の日本の暴走族の特攻服だ!

 

 

 それを目にしたクレマは、釘バットを地面へ落した。


「と、特攻服……それもアカネさんが着ていた、あの特攻服と同じっ。あたいらが着ている服とは違う、バッタもんじゃねぇ、本物マブの特攻服!?」

「受け取れ。そして、そでを通してくれ」

「い、いいのか?」

「いいも何も、俺が手にしているのは、お前のためだけに用意した特攻服だ」

「あたいのためだけに?」

「いいから、着ろよ」

「ああ」


 クレマは自身が着ていた特攻服を脱ぎ、綺麗に畳む。

 それを角刈りのエルフがささっと受け取りに来て、彼は後ろへ下がった。

 彼女は俺から受け取った特攻服をばさりと振って解き、一気にそでを通す。

 特攻服は風を受け、ひらひらとたなびく。



「これが、本物マブの、特攻服……」

 真っ白な特攻服には、赤と黒の刺繍で無数の漢字が刻まれている。

 胸元には、コナサの森を表した刺繍。

 そして、その刺繍に重なるように、本来エルフが愛用しているはずの弓と彼らが愛用している木刀を組み合わせた刺繍を施してある。


 クレマは言葉を震わせながら尋ねる。


「これは、漢字だな。なんて書いてあるんだ?」

「それは……天上天下唯我独尊だな」

「意味は?」

「え、意味? ちょっと、お待ちを。え~っと引き出し引き出しっと、あったっ」


 引き出しの世界に、授業の光景が広がる。

 国語の授業……先生が四字熟語の話から脱線して、仏陀の話をしている。

 普段から生徒に授業中は無駄口を叩くなという割には、先生らの無駄口は多い。

 俺の学校だけだろうか?


 それはさておき、先生から仏陀の教えを引きずり出し、クレマに伝える。



『この世に個として存在する我より尊い存在はない。この世で自分より優れたものなどいない』



「って、意味」

「つまり、誰よりも尊く、誰よりも優れている……一番偉いってことなのか?」

「いや、待って。受け取り方が様々で、他にも別の見方があるって言ってる」

「言ってる?」

「き、気にしないで、え~っと、面倒だな宗教系の教えは。んと……」



『他者が何を行うにかかわらず価値があり、他の誰かに代えられないもの』

『自分という存在はこの世で一人。故に尊い』


 

 引き出しの世界に浮かぶ先生は意味を話し終えて、女生徒から質問を受ける。

「結局、どういう意味なんですか?」

「それを自分の力で考え、答えを見つけることこそが大事なんだよ」


 俺は引き出しを閉じて、眉間を押さえながら頭を左右に振る。

(役に立たねぇ……とりあえず、俺なりの解釈を伝えるか)


 瞳を開けて、クレマの姿を映す。

「え~っと、さて、どう解釈すれば……これ、完全に理解できたら、俺って悟り開けるんじゃ?」

「さとり?」

「いや、なんでも。ん~っとね、つまり……この世には、自分だけが果たせる尊い使命がある。ってこと……だと思う、たぶん」


「なるほどな、あたいだけがやれることか。じゃあ、この文字は?」

「神風。そのまんま、神が起こす風。戦争なんかで大変な時に、神が起こした風で勝てたって話もある」

「神の風……女神コトア様のご加護か。ナウいな」

「せやね……」

 

 神違いだし、おかしな言葉を使ってるけど、口を挟んでもしょうがないので黙っておこう。

 


 クレマは他にも漢字の意味を知りたそうにしていたけど、キリがないのでさっさと本命の漢字の意味だけを伝える。


「クレマ、一度、特攻服を脱いで背中を見てみろ」

「背中? わかった」


 彼女は特攻服を脱いで、服の背中側を見つめながら尋ねてきた。


「ここにも漢字が。意味は?」

「二代目、誇名沙之森こなさのもり総長、紅郲魔くれまって書いてある。漢字は当て字だけど」

「二代目……あたいが?」

「そうだろ? 初代は柊アカネ。それを引き継いだんだから、クレマ。お前が二代目だ」

「だけど……いいのか?」

「俺に聞くのおかしいだろ。後ろを振り向いて仲間に尋ねろよ」

「仲間……」


 

 クレマは特攻服を胸に抱え、後ろを振り向く。

 エルフの不良たちは釘バットや木刀を振り回して、彼女の思いに応えた。


「姉御がヘッドなんだぜ! コナサの森の総長は姉御に決まってんだろ!」

「そうだぜっ。アカネさんの思いを引き継いだのは、姉御だもんな!」


 クレマは瞳を滲ませる。

「てめえら……本当にいいのか? あたいが、アカネさんの跡を継いで……」


「何言ってやがんだよ。ヘッド。いや、総長! クレマをおいて、他に誰がいるってんだ? しょぼくれた顔してっと、アカネさんにどやされるぜ」

「そうだぜ。だからよ、いつものように気合入れてくれよっ!」

 

 ヤンキーエルフの声援を受けて、クレマは涙を一つ零す。

「ぐすっ、お前ら、わかったよ。あたいが、あたいがっ、初代柊アカネよりチームを預かったっ、誇名沙こなさ之森のもり総長、二代目紅郲魔クレマだ! ガンガン引っ張っていくんで、そこんとこ夜露死苦よろしく~!」

「「「応っ! 二代目、二代目、二代目、二代目!」」」



 釘バットを振り回すヤンキーエルフ共の二代目コールが響き渡る。

 俺はそれを見ながら、腕を組んでうんうんと頷く。

「うんうん、ええ話やのぉ」

 

 それにアプフェルがツッコんでくる。

「本当にそう思ってるの?」

「うんにゃ、全然。正直、あのノリについてけない」

「だよね。あの人たちって完全に別世界の人って感じ」

「それ、ある意味正解」

「え?」

「別に」

「う~ん、時々、ヤツハって変よね」

「変いうなっ」


 交渉が一山超えて、安堵感でアプフェルとじゃれ合う。

 そんな俺らに、フォレたちが近づいてきた。


「ヤツハさん。贈り物の準備をしていたときから、ずっとお尋ねしたいと思っていたことが一つ」

「ん、なに?」

「ヤツハさんはどうして、あのカンジとかいう文字を知っているんですか? パティさんは見たこともないそうですし」


「ええ、わたくしは文字に関しては完全に門外漢ですから。ですけど、アマンさんは見覚えがあるそうですわ」

「はい。クレマさんたちの衣服の刺繍は拙かったので気づきませんでしたが、用意された服の文字を見て思い出しました。故郷のグラン=ヌー近くにある遺跡に、あのような漢字という文字が使われていました」



 アマンの言葉に驚き、心が跳ねる。

「え、マジでっ?」

「ええ。使われていたと言っても、考古学を学ぶ者が知っている程度で、私はあまり知りませんが。ですが、たしか……王の軍船の一部に漢字が使われていたような?」

「王の軍船?」


「ケットシーの王。エンガーディナー王が所有される古の軍船です。一度乗船したことがありますが、通路や艦橋にあのような文字を見た覚えがあります」

「へ~、それは興味深いな」

 

 アマンの故郷、グラン=ヌーは日本や中国などの漢字圏から、何かしらの影響を受けているのだろうか?

 もしかしたら、その軍船とやらは地球人が手掛けたものの可能性も。

 なら、ぜひとも行ってみたい。

 しかし、今はその思いは後回しだ。少なくともジョウハク国の情勢が落ち着いてからにしないと。


 

 アマンはグラン=ヌーでも、考古学者くらいしか知らない漢字を知っている俺のことを不思議顔で見ている。


「あの、フォレさんの言葉をお借りしますけど、どうしてヤツハさんは漢字を?」


「ああ、そのこと。サシオンがさ、なんとかエルフとの交流を持とうと、彼らの文化を調べてたんだって。んで、世界に点在する遺跡に関係する文化らしい、と、調べがついてたみたい。まさか、アマンの文化にも関係するとは思わなかったけど」


「まぁ、文化と呼べるほど知られているわけじゃありませんし」

「そうっぽいね。で、調べる過程で、漢字のことをある程度知ったサシオンに特攻服の不思議な文字の話をしたら、漢字に関する詳しい情報を俺に教えてくれたってわけ。ほかにも釘バットのことなんかもね」


 

 サシオンの名を出した途端に、フォレはコクコクと何度も頷いた。

「なるほど、合点がいきました。サシオン様はお忙しい中、このような異文化を調べて、それらが遺跡に通じるものだと看破したわけですね。さすがです」

 

 彼に続くようにパティとアマンが言葉を重ねる。

「たしかに、サシオン様なら、この程度こと調べているでしょうね」

「ええ、あのサシオン様なら、私たちに届かぬことも造作もなくこなすでしょう」


 サシオンの評価は高く、三人は俺のでたらめをすんなりと受け入れた。

 今後も何かあったら、困った時のサシオン頼みで行けそうだ。

 そんな中、アプフェルは会話に加わることなく、何故か釘バットを手にして、それをじっと見つめていた。



「アプフェル? 何してんの?」

「え? あ、なんでもない。それよりもエルフの二代目コール止めて話を続けなきゃ」

「あ、そうだね。じゃあ、とどめの一発と行きますか」

「まだ、何かあるの?」


「利を説く」

「利?」

「そう、利。クレマたちと話せる状況を、こちらの言葉を届けられる状況は整えた。あとは利を説いて、納得してもらうさ」

「大丈夫かな?」

「まぁ、頑張るさ。クレマと話してくる」

「……うん、わかった」


 アプフェルは小さく手を振る。

 俺はそれに手を上げて応えた。

 そして、後ろを振り向き、クレマたちの元へ近づいていく。

 その時、風の音に混ざり、アプフェルの声を聞いた気がした。

 すぐさま後ろを振り返るが、アプフェルはキョトンとしている。


「あれ、気のせい? ま、いっか。んじゃ、お~い、クレマ~!」



――

 

 ヤツハの後姿を目で追いながら、アプフェルはたしかに呟いていた。


「どうして、こんなにも彼らの文化がわかるの?」


 呟きが聞こえたのか、ヤツハは振り返り、アプフェルを見る。

 彼女は気取られぬようにすました態度を取る。

 ヤツハは彼女の変化に気づかずに、クレマたちの元へ向かった。


 

 多くを見ることのできる目を持つ人狼アプフェルは、ヤツハの後姿を瞳に宿し、心の中だけで唱える。


(服のセンスだけなら目を瞑った。でも、いくらサシオン様から話を聞いても、価値観はそう簡単に変えられないもの。受け入れられないもの。特攻服に釘バット……時計塔の出来事といい、ヤツハ、あんたは何者なの?)

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