第107話 転送魔法とは
パティは先端にほわほわした毛がくっついたゴージャスな扇子を閉じて、パシッと自分の手元に置く。
「少々、よろしいですか?」
「なに?」
「あなたと先生以外、転送魔法について詳しくないのですよ。それなのに、いきなり準備と言われましても」
「え、不安?」
「率直に言えば、そうですわね」
「そうか? 俺も転送魔法は初体験だけど、結構ワクワクしてるけどな」
「ふぅ~、空間魔法の使い手は変わり者が多いと聞きますが、本当みたいですわね」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味ですわ」
パティはエクレル先生をチラリと見ながら言う。
当の先生はキョトンとしている。
まさか、王都の魔物たる先生と同じ扱いを受けるとは……実に不名誉極まりない。
一言二言言い返してやろうと口を尖らせたところで、問題の先生が割り込んできた。
「まぁまぁ、ヤツハちゃん。不安になるのは仕方ないから」
「う~ん、先生のせいでもあるんだけどなぁ」
「うん?」
「なんでもないです」
「そう? それじゃ、ヤツハちゃんから、みんなに転送魔法の説明をしてあげて。今まで習ってきたことのおさらいも含めてね」
「ふむぅ~、おさらいねぇ。わかった、転送魔法とは大まかに四種類あって……」
みんなに転送魔法の説明をしていく。
内容は以下の通りだ。
第一転送魔法――情報転送。主に無機物、練習用の転送魔法。
転送する物質を
この転送には欠点があり、再構成用の材料が少ないと残念なことに……。
この魔法で自分の肉体を転送する場合、肉体情報のみを魔力に乗せて打ち出し、転送先で復元するということになる。
つまり、一度肉体を失い、新たに転送先にある再構成用の物質――先生はマフープの素と言っていた。地球流に言えば分子だろうか?
それを使い、再び肉体を構成する。ある意味、別人になると言ってもいい。
これについてある疑問が浮かび、先生に質問したことがある。
「先生、物質は情報を基に再構成されるけど、魂の情報はどうやって再構成されるんですか?」
「魂……なるほど、それは良い質問ね。魂と記憶が別物とするなら、転送された人間の姿・かたち・性格はその人であっても、チガウモノなのかもしれない。今後の研究課題としてもってこいかも」
とまぁ、先生も謎らしい……この魔法で生き物の転送はやめておいた方がよさそうだ。
最後に転送先までのタイムラグは光のスピードなので、惑星内ならばほとんどないに等しい。
では、次。第二転送魔法――物質転送。主要として使われる転送。
この転送は、まず転送する物質及び魂をマフープ化する。
ここから、マフープを魔力に乗せて打ち出して、転送先で元に戻すという方法。
つまり、再構成される物質及び魂は元々のもの。
特に欠点もない、非常に使い勝手のいい魔法。もちろん、術者の力量によるが。
これも光のスピードなので、転送先までのタイムラグはほとんどない。
第三転送魔法――跳躍転送。
空間を折り畳み、目的地までの距離を縮める魔法。
SFでいう、ワープ。
光より早く目的地に着ける。惑星内だと、あんまり変わんない。
で、最後に第四転送魔法――亜空間転送。
これは転送魔法最強の魔法。
上記三種の魔法とは全く性質が違う。
使用魔力量も危険度も桁違い。
さらに周囲への悪影響が大きいらしく、基本的に行使することを許されていない。
いわゆる、禁呪と言われる魔法。
先生は大魔導士であるため、この魔法について詳しく知っているらしいが、自分だけでは亜空間転送魔法を使うことはできないと言っていた。
では、どんな魔法かというと、まず、こことは異なる空間に身を投じる。
投じた先は亜空間。
亜空間とは、俺たちが通常存在する空間から少し位相をずらした場所にある空間。
端的に言えば、異世界もどき。
その異世界もどきである亜空間を通り、目的地で元の空間に戻るという魔法。
この魔法は俺たちの存在する世界を歩かないため、あらゆる壁や結界を無視して転送を可能とする。
まさに、最強の転送魔法。
ただし、人の精神では亜空間には耐えられないらしい。
先生曰く、亜空間は想像を具現する世界。
もし、自分が火だるまになった様子を想像すれば、たちまちのうちにそうなってしまうという。
己の想像力を完璧に制御下に置けない限り、立ち入っては駄目だと。
そんな人間は存在しないから、実質不可能といってもいい。
この話を聞いた当初は、狭間の世界に似た感じだなと思っていた。だけど、あの世界よりも想像の反映が苛酷そう。
最後に余談になるが、先生は亜空間魔法自体は使える。
転送魔法は無理だけど、亜空間の一部を物置として利用していると言っていた。
魔法の素養を調べる
すっごく便利そうな魔法なんで、ぜひとも覚えたい魔法だ。
以上の説明を終えて、みんなを見回す。
フォレとアマンはいまいち要領を得ないようで首を捻っている。
アプフェルとパティは青い顔を見せつつも、転送魔法について何やら考え込んでいた。
「一歩間違えれば、肉体はマフープ化。でも、興味深い魔法。さらに、跳躍転送はもっと興味深い。だけど、これは因果律に反しているような気が……」
「転送魔法がもっと手軽なものになれば、情報伝達の革命が起きますわね。世界の物流の概念が根底から覆りますわ」
二人はそれぞれの視点で空間魔法を受け取っている様子。
みんながどう受け取ったかはそれぞれに任せよう。
俺は説明ついでのおさらいを終えたので、エクレル先生に声を掛けた。
「じゃあ、先生。座標にマーカーはつけてるんで……大丈夫ですよね、機能してますよね?」
「ええ、大丈夫よ」
「マーカーとはなんですの?」
パティは話の内容が気になったみたいで、会話に入ってきた。
アプフェルも気になるようだけど、先生に近づきたくなくて、距離を取った場所で聞き耳を立てている。
「マーカーってのは転送する際の目印。この前コナサの森に行ったとき、こっそりつけといたんだ」
「なるほど。そのマーカーというものがないと転送はできないんですの?」
「なくてもできるけど、あればより正確で、そして使用魔力を軽減できるんだよ」
「わかりました。それで私たちは先ほどの説明の、どの転送を?」
「マーカーつけて楽できるから跳躍転送。でしょ、先生?」
「ええ、第一・第二と比べて魔力消費量が大きいから、普段はあまり使わないんだけど。今回はマーカーがあって、ヤツハちゃんが転送のサポートしてくれるからね。それに何より、跳躍転送の方が安全で確かだから」
「と、こんな感じ」
「そうなんですの? なにぶん転送は初めてなので不安でして」
「そっか。俺の場合、不安もあるけど、ワクワク感が上回ってるからなぁ。アプフェルも聞こえたか?」
「うん。しっかりやってよね、ヤツハ」
「任せとけって。フォレもアマンも大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ヤツハさん、旅の導き手、よろしくお願いしますね」
みんなへの確認を終えて、先生へ顔を向ける。
「そんなわけで、エクレル先生お願いします」
「はいは~い。では、みんな固まって。術が発動したらすぐに目的地に着くからね。往復用の道を作っておくから、あとは着いてからヤツハちゃんから説明を聞いてね」
みんなはコクリと頷く。
それを受けて、先生は跳躍転送魔法を発動させた。
先生がパチリと指を跳ねると、俺たちの足元に幾何学模様の魔法陣が現れる。
魔法陣からはふわりとした風が舞い上がり、紫色の光の粒子が踊っている。
俺は目を閉じてマーカーの魔力を捉え、先生の魔力とリボンを結ぶように繋ぐ。
魔力の
「じゃあ、行ってらっしゃい。お土産はエルフの女の子をお願いね」
「先生、冗談でも気持ち悪いっすよ」
「ひどいわね、ヤツハちゃんは。じゃ、行くわよ。はいっ」
先生は手首を返して、指先を上に向けた。
すると、一瞬だけ景色が陽炎のように歪み、すぐさま元に戻った。
しかし、目の前に広がる景色は東門の前ではなく、コナサの森近く。
地面には、
「着いたか。ほんとにあっという間。ふむぅ~、すごいけど、なんかあんまり感動がない……」
俺の感想にフォレとアマンが同調する。
「そうですね。何が起こったのかわからないままに移動し終えて、びっくりすればいいのか」
「びっくりを通り過ぎて、何を言ったらいいかわからない。と、いったところかもしれませんね」
「ああ、それだ。びっくりはしてるけど、ピンとこない感じ。アプフェルもパティもそうだろ?」
二人に目を向けるが、俺の声など耳に入ってないようで何やら話し込んでいる。
「空間を畳むってことは、時間も一緒に畳むってことよね。だったら、私たちは空間どころか時間も跳躍してきた? 移動したというよりも、時間の制限を無視したってことなの?」
「こういう時は身近なものに例えた方が良くありません、アプフェルさん?」
「例えば?」
「人と馬。徒歩で十日掛かる場所を、馬を使えば一日。速さを手に入れたことで、九日分の時間を跳躍した」
「だから、空間を畳むことが速さと同じっていうの? 全然納得できないんだけど」
二人は跳躍転送魔法ついて熱っぽく議論を交わしている。
「なんか、よくわかんない話してるね、あの二人」
「二人は学士館の学生ですから、私たちと目線が違うんでしょう」
俺はフォレと一緒に首を傾げる。
だけどアマンは俺たちと違い、懐かしさの籠る笑い声を漏らす。
「ふふふ、私はあの二人を見てると士官学校へ通っていた頃を思い出します」
「アマンも学校に通ってたんだ?」
「はい。学ぶのは主に戦術、戦略の類でしたけど、物理もかじっていました。拙い知識でありますが、私としてはこの魔法、時空連続体への影響が気になるところですね」
「そうですか……どうしよう、フォレ。何を話してるのか、さっぱりだ」
「私もです。って、術者のヤツハさんがわからないのは駄目じゃないですか」
「そ、そうなんだけどさ。一応、勉強みたいなことをさせられてるけど、俺、魔法は感覚でやってるから」
「もっと、座学に力を入れた方がいいと思いますよ。いざという時、知識は頼りになりますし、それに何より知識は裏切りませんから」
「そうね、自分がどんな力を使ってるくらいは、もうちょっと勉強しとく。とりあえず、今は帰り道の確保かな」
地面に残る魔法陣へ空間魔法を掛けて、陣を安定させる。
フォレは紫色の淡い光を放つ俺の右手を見て、心配そうな表情をする。
「大丈夫ですか?」
「うん? ああ、これくらいなら前みたいなことにならないよ。あんまり強い魔法は、まだ使えないけどね」
「そうですか。精進されているのですね」
「うん。でも、先生みたいに転送魔法や、攻撃系空間魔法を使えるのはいつになるやら」
フォレと会話を交えながら、紫色に輝く魔力を転送魔法陣へと注ぐ。
そこにアマンの声が届く。
「お二人とも、お話の途中申し訳ありませんが、お客様ですよ」
―――――――――
※時空連続体
この表現を古いと感じられる方もいらっしゃるかも知れませんが、響きが好きなので使用しています。
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