第101話 女神のみぞ知る

 王都への帰り道、俺が手綱を握り、隣にはアプフェルがいる。

 そして、すぐ後ろの荷台にはフォレたちが顔をそろえて俺を見ていた。



「なんだよ、お前ら? アプフェルもじ~っと見すぎ」

「だって、あんなわけのわからない会話よくできるなぁって」

「そうですわね。言っていることがわかるようでわからない言葉。ヤツハさんは、どこであのような言葉の習得を?」

「別に習得したわけじゃないけど。会話の流れを読んで、なんとなくな。あと、サシオンから一応前情報貰ってたし」


 最後の言葉は嘘っぱち。こうでもしないと説明が難しい。

 これ以上ツッコまれてボロが出る前に、話題を少しずらす。



「そういや、アマンはちょっとだけ、クレマたちのこと理解してる節あったよな」


「そうですね。人猫じんびょう族は海の一族。海の者は荒くれ者が多いのですが、クレマさんたちからは少し近いものを感じましたから」

「え、ケットシーって、海の近くに住んでるの? 水回りに住んでも平気なの? ネ……あ、なんでもない」

「いま、猫なのに、と言おうとしましたねっ!」

「言ってない、言ってない」

 

 アマンは猫手からシャキンと爪を立てる……猫じゃん。

 とはいえ、山猫の大きさのアマンから引っ掻かれたらたまったもんじゃない。

 俺は平謝りを繰り返す。

 彼女はそれに納得したようで、爪を引っ込めた。


「ま、今のは聞かなかったことにしましょう。それで、王都に戻って何をされるのですか?」


「そうだね~、フォレ。今日はサシオンは詰所、屋敷?」

「おそらくお屋敷かと。今朝、積もり積もった書類の山を前に、ため息を漏らしていましたから」

「そっか、じゃあ、まずは……俺はサシオンに会いに行ってくるから、みんなは北地区の表通りの中心で待ってて」



 北地区という言葉に、フォレたちは揃って首を傾けた。

 彼が俺に尋ねてくる。


「なぜ、北地区に?」

「クレマたちの贈り物に特別な服を、と思ってね。彼らが気に入りそうな服を作れそうな店が北地区にあるんだよ。アプフェルとパティならピンとくると思うけど」


「え……ああ、ピケのおばあちゃんの」

「そういえば、特別な服を仕立てているお店がありましたね。なるほど、くだんの店なら、クレマ様方の衣服を仕立てられるかもしれませんわね」

「そういうこと」



 隣に座るアプフェルが、尻尾でくるりとはてな文字を作りながら話しかけてくる。

「でも、服だけでクレマさんたちは満足するかな?」

「あんな変わった衣装、そうそう手に入らないだろ。実際、クレマたちが着てた服も手作り感満載だったし。プロの仕立て屋が作った服なら喜ぶんじゃないかな?」


「たしかにあんな服、簡単に手に入らないだろうけど。大丈夫かなぁ?」

「手作りしてまで着てる服だぞ。相当こだわりがあるはず。ま、足りなければ、口を回してうまくやるよ」


「そ、じゃあ、私たちは一旦サンシュメに行って、トルテさんやピケに話をしてくる」

「え、何の話を?」

「いまお店は、ピケのおばあちゃんの相棒だった人が経営してるんでしょ。だったら、まず二人に話をしておいた方がお仕事頼みやすいだろうし」


「あ、なるほどね。じゃ、頼んだよ、アプフェル。みんなもそれで」


 パティとアマンは納得した様子を見せる。

 しかし、フォレだけは俺についていくと声を上げた。



「サシオン様の屋敷をお訪ねになられるのであれば、私もご一緒しましょうか?」

「いや、こっちは一人で十分。それよりも荷台の荷物をいくつか換金しておいて。準備する服はできる限り急いで仕立てないと。そのためには人手がいるから」


「わかりました。しかし、勝手に贈り物を換金しても?」

「元々エルフに届ける品なんだから問題ない。それに今回の任、俺に全権があるんだから、責任は俺」

「ですが」

「いいからいいから、換金してきて。その件も含めて、サシオンにはちゃんと話を通しておくからさ」



 なるべく、余計な心配を掛けないように口調を軽くする。

 フォレはそれを受けて、半分呆れたような柔らかな笑みを浮かべた。

 そして、胸元に手を当てて、大仰にピシリと礼を取る。


「ふふ、あなたって人は……わかりました。ナイトミストのラファエル、初代ヘッドに従います」

「お願い、それやめてくれ!」


 こんな冗談やる男じゃなかったのに……悪いことじゃないんだけど、これに乗っかる連中がいるから困る。

 で、案の定……。


「ヘッド、こっちは任せてね」

「ヘッド、わたくしたちはトルテさんと話をしてから、北地区の表通りに向かいますわね」

「ヘッド、ピケちゃんにはよろしく伝えておきますよ」


「おまえらぁ~。もう、さっさと行けよ」

 俺は馬車から降りて、馬の尻を叩く。


 アプフェルたちはクスクスと笑い声を残して、サンシュメに向かっていった。


「はぁ~、その場のノリに合わせたとはいえ、ヘッドはないわなぁ……こっちも行くか。サシオンには贈り物の準備と、その矛盾を押し付けないと。矛盾をね」




――サシオン邸 

 


 サシオンの屋敷に訪れて、彼の執務室にて経過を説明する。

 そして、本題である贈り物について話を始めた。


「ってなわけで、贈り物のいくつかを換金したけど、いいよね?」

「構わぬが、急を要するとはいえ、事後承諾は控えてもらいたい」

「あら、まずかった? 許可を得ようとしたら、それだけ手間がかかると思ったんだけど」

「たしかに。だが、ヤツハ殿の仕事が滞りなく進む代わりに、私の手間が増える」


 と、言いながら、彼は机の上の書類の山に視線を振った。


「あ、そっか、ごめん。申請書くらい用意してないとまずかったね」

「済んでしまったことは仕方がない。して、彼らの琴線に触れる新たな土産とは?」

「そのことなんだけど、サシオンからのアドバイスあったってことにしてくれる?」


何故なにゆえに?」

「特攻服を作ろうと思ってるんだけど漢字塗れになるから、その説明がね。俺は記憶喪失なわけだし、異世界人って説明もできない状況だし。そこで漢字はサシオンが知っていた、ということにして――」

「んん?」



 説明の途中で、サシオンは眉間を押さえる。


「どうしたの、サシオン?」

「いや、何から尋ねればよいのか……特攻服とはなんだ? 兵士が着るものか?」

「いや、全然。暴走族が着る服で」

「暴走族?」


「あ、そっか、サシオンって二十八世紀の人だから知らないんだ。とにかく、漢字塗れで、なんだか景気のいい感じのロングコートを送ろうと思ってるの」

「そのようなもので、エルフは喜ぶのか?」

「たぶん。暴走族に憧れを持っているみたいだから」


「よくわからぬがわかった。漢字の文字情報を、ヤツハ殿に伝えたとすればいいのだな」

「うん」

「して、どのような服を?」

「こんな感じにしようかと」


 

 俺はざっくりと描いた特攻服の絵を差し出した。

 それを目にしたサシオンは、訝し気な表情を露わとする。


「このようなもので、本当に?」

「うん、わかる。わかります。普通に考えたら、ありえないよね」

「ここに描かれている言葉は、仏教用語に見えるが?」

「ああ、そういえばそうだったね。あ、それとついでに、これも作りたいんだけど」



 俺は新たに、大雑把に描いた別の絵を渡した。

 これはエルフたちが木刀を手にしていた姿と、ヤンキーという単語で思いついた贈り物。

 サシオンはその絵を目にして、眉間に皺を寄せつつ目を細める。


「これは……武器か?」

「う~ん、まぁ、武器だけど……どっちかというとファッション」

「ファッション? このようなものが?」

「理解に苦しむのはわかるけどさ、ここはあんまり深く考えないで。サシオンの常識から大きく外れた話だから」


「……わかった。ヤツハ殿に一任したのだ。私も覚悟を決めよう」

「覚悟って……まぁ、うまくいくように祈っててよ」

「私は一度交渉に失敗した身。そうするしかあるまい。故にヤツハ殿には期待している」

「うん……」

 いまいち期待値の薄い期待の言葉を頂く。

 

「この図面は返しておこう」

 サシオンは絵を返して、話題を別のものへと変える。



「話は変わるが、近藤という迷い人についてだが」

「何かわかったのっ?」


 俺は近藤の名を聞いて、反射的に身を乗り出して尋ねる。

 だけど、サシオンは表情を曇らせ、反応は芳しくない。


「穏健派に問い合わせてみたが、強硬派の行動の対応に追われ、近藤が何故、どのような経緯と目的で強硬派に所属しているか、調査は難しいそうだ」

「あ、そうなんだ……」

「しかし、近藤をアクタへ招いた存在はわかった」

「誰?」

 この問いに、とんでもない存在の答えが返ってきた。



「女神コトアだ」

「はっ? なんで、女神様が近藤を?」

「あまり期待せず、コトアに近藤のことを尋ねてみた。すると彼女は、『私が近藤を招いた』と。何故と問うと、『全てアクタに必要な事象』と答えた」


「どういう意味?」

「わからぬ。だが、この件に関して、ヤツハ殿も深く関わっていると私は睨んでいる」

「俺が?」

「そこで問いたい。おそらくだが、ヤツハ殿には何かしっ!?」


 

 突然、サシオンは大きく目を見開き、俺の背後を凝視する。

 俺も後ろを振り向くが、誰もいない。


「サシオン、どうしたの?」

「どうやら、これ以上の質問は許されないようだ」

「質問が許されない? それってっ、まさかっ!?」

 

 再び後ろを見るが、もちろんそこには誰もいない。

 俺は空白の空間をきょろきょろ見回し続ける。

 背後から、サシオンは言葉寂しげに語りかけてくる。



「ヤツハ殿。コナサの森の件、頼んだぞ。もはや、私は……っ」

「サシオン?」


 振り向くと、彼は言葉途中で大きくかぶりを振っていた。

 そこから居住まいを正し、いつものサシオンらしい重厚なものへと戻す。

「ヤツハ殿には、いま、目の前にある役目に集中してほしい」

「……うん、わかった。それじゃあ」


 彼の様子から、近藤や俺に関して、これ以上口にすることは絶対に許されないという雰囲気がありありと伝わる。

 それには全くもって納得できないけど、深く追及することもできず、俺は軽い挨拶をして執務室を出た。


 

 執務室の外で、扉越しに部屋を見つめる。


「女神コトアがいたのか? 何の気配も感じなかった。コトアが近藤を招いた? そして、それは俺に関わりのあることかもしれない……女神コトアは何を考えているんだ?」


 しかし、それらは謎に包まれわからない。

 

「まさに神のみぞ知るってわけか。一度、直接会ってみたいけど、サシオンに頼めば会えるかなぁ?」

 

 相手は神。

 気軽に会える相手ではなさそうだけど、機会があれば、ダメもとで頼んでみるのも悪くない。

「ま、とりあえず、諸々の件が片付いてからだな」


 色々と疑問に思うことはある。

 だけど今は、街のみんなのために、復興を最優先に考えることにしよう。

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