第82話 近衛騎士団・副団長フォレ=ノワール
トリアージの説明を受けたフォレは肩を震わせ首を横へ振る。
「黒を受けた人はどうするんですか? まだ、愛する人が生きている。苦しんでいる。それを見捨てろと?」
「見捨てるんじゃない。もう、助からないんだ。その人を治療する余裕があれば、他の誰かを助けないと!」
「だけどっ、そんなもの……受け入れられるはず……」
フォレは火傷や出血のために、力なく無言で横たわる人。必死に生きようと足掻き、擦れた声で助けを呼ぶ人を目に入れる。
そばには、愛する人のために救いを求めて泣いている家族、恋人、友人たちがいる。
彼らはこの救いの手段をどう感じるだろう?
もし、俺が彼らの立場ならどう思う?
ピケが大怪我負い、助からないとわかっていたとしても、きっと俺は医者に縋る――助けてくれと。
でも、その医者は助かる人のために、泣き苦しむピケから離れる。
そして、別の誰かを治療し始めたら……。
――恨むに決まっている! それが理不尽なことだとわかっていても!!
だから、わかる。
フォレの気持ちが……だけど、迷っている暇は――。
「フォレ、ここは!」
俺は無理やりにでもフォレを納得させるため声を上げようとした。
そこへ老紳士の言葉が飛び込む。
「ふむ、たしかに、大勢を救うためなら仕方がない。しかし、区分け用の道具を用意している余裕はないから、ひとまず歩ける者や軽い骨折程度の者はひとまとめに集めよう。
俺はすんなりと決断を下した老紳士に驚き、彼へ顔を向けた。
「え、提案を受け入れてくれるんですか?」
「うん、有用な方法だと思ったからね」
「ありがとうございます。えっと……」
「ああ、紹介がまだだったね。東地区の商工会の会長を務めさせてもらっている、リント=カタラホだ」
「ありがとうございます。リントさん」
「いやいや。ではフォレ殿、指示を」
「しかし、これを行えば、人々は嘆き苦しみ、恨みの声は我々を呑み込みます」
フォレは拳を握りしめて、ガクガクと震えさせる。
多くを救っているはずなのに、憎しみの刃を向けられる。
こんなに悲しくて恐ろしいことはない。
でも……。
「フォレ、このアイデアは、俺のアイデアだ。ヤツハが提案し、無理を押した。だから、俺が全てを受け止める」
「ヤ、ヤツハさん?」
「俺一人が恨まれるだけで多くの人が助かるんだ。だったら、いいじゃん。ま、もっとも、恨まれたからって、知らんけどなっ。あはははは」
精一杯の虚勢を張って笑い飛ばす。
正直なところ、不特定多数の人間から恨まれると思ったら小便ちびりそう。でも、考えない!
どうせ何をしたって後悔するなら、やるだけのことやってからにしよう。
そうだ、考えても仕方ないことは考えない。それが俺の流儀のはずっ。
なら、やるべきことをやろう!
俺は今できる、最高の笑顔をフォレに見せる。
「よし、フォレ。みんなを救うぞ!」
「ヤツハさん……私は、情けない……クッ!」
「フォレ?」
フォレは奥歯を噛みしめ、少し
「民の安寧のためなら、汚泥を啜ることも
フォレはまっすぐ俺の瞳を見つめる。
彼の眼は今までになく、力強く輝いている。
「街を守るのは近衛騎士団の役目。ですから、今から行うのはすべて、フォレ=ノワールの名に
「え、でも」
「ふふ、ヤツハさんはトルテさんの名代でしょう。あまり勝手なことはできないはずですよ」
「あ……そこ突かれると、困るなぁ」
「それに、私は騎士であり、男であります。人々の非難を恐れ、女性の影に隠れたとあっては、今後、陽の下を歩けませんっ!」
「フォレ……」
フォレは大きく胸を張り、サシオンのように重厚に構える。
「代表の皆様、これより私の指示に従ってもらいます。よろしいですね」
「ふむ、もちろんです。フォレ殿。いえ、フォレ様……ですが、一つだけよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「街を守っているのは近衛騎士団だけじゃありません。我らもです」
リントさんは他の代表者に向かい、コクリと頷く。
皆もコクリと頷き返す。
「
「皆さん……ありがとうございます。では、よろしくお願いします!」
東門より、フォレの檄が飛ぶ。
騎士団、学生、教会、手助けをしてくれる街の人々。
皆は彼の迷いのない指示に勇気をもらい、場に秩序が生まれていく。
逞しいフォレの姿を見て、俺は安堵の声を漏らす。
「ふふ、格好いいじゃねぇか、フォレ」
「彼を変えたのはあなたですよ、ヤツハさん」
「え? リントさん」
「フォレ様は素晴らしい才能をお持ちだ。しかし、サシオン様という太陽の輝きの前で、彼は自分に自信を持てなかった。また、自分の出自が彼の心に影を落としていた。しかし、御覧なさい。今の彼は、まごうことなき騎士団の副団長。サシオン様の後継ですよ」
フォレは一切の迷いを見せずに的確な指示を与えていく。
彼の自信に皆は心を落ち着かせ、混乱などすでにない。
リントさんはフォレから視線を外し、俺へ向ける。
「フォレ様が副団長と成り得たのは、ヤツハさん、あなたのおかげですよ。噂は聞いておりましたが、本当に素晴らしい女性ですね」
「え、いや、まぁ、なんでしょうね? 偶然みたいな感じですよっ。あ~っと、とりあえず、俺も何かできないか手伝ってきますんで、失礼します」
気恥ずかしくなって、俺はそこから逃げ出すように駆けだした。
何だかよくわからない複雑な感情が心を駆け巡る。
フォレは変わった。いいことだ。
きっかけは俺? そうであるなら、うれしい。友達として、彼の助けになれたことを……。
でも、素晴らしい女性という褒め言葉に心が揺らぎ、ある奇妙な感情を呼び起こす。
(うう~、気持ち悪いような、うれしいような。なんだろうね、これ?)
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