第83話 ようこそ

 フォレの活躍もあり、場の混乱は急速に収まっていく。

 そこへサシオンが現れた。

 彼の姿を見た民衆はサシオンの名を呼ぶ。


 サシオンがただ、皆の声に頷くだけで、不安に張りつめていた人々の心はゆるぶ。

 その様子を見て、俺の隣に立つフォレは小さく声を漏らす。



「ふふ、敵わないな。まだまだですね、私も」

 一見、自分を卑下する言葉。

 しかし、声に宿る思いには、そのようなもの微塵もない。

 あるのはサシオンに対する尊敬と、いずれ追いつき超えるべき目標への強き思い。


 サシオンはフォレの前に立ち、心の籠る重き言葉を掛ける。


「私がいない間、これほどまでに収めきるとは。見事だ、フォレ」

「いえ、副団長として、当然の任を果たしただけです」


 背筋を張り、フォレは淀むことなく答える。

 以前の彼ならばサシオンから褒められたことで、嬉しくも気後れしていたはず。

 サシオンはフォレの成長を喜んでいるのか、口元を和らげる。

 彼はフォレから視線を外し、こちらへ顔を向けて深々と頭を下げてきた。


「ヤツハ殿にも相当の負担をかけたようだ。面目ない」

「いや、そんな深く礼を言われることは、ん?」

 よく見ると、彼の青い鎧のところどころに汚れがついている。


「そういや、ノアゼット様から聞いたけど、サシオンは城を襲ってきたマヨマヨの相手をしてたんだっけ?」

「ああ。女神コトアの加護と皆の奮闘のおかげで、見事撃退できた」


 そう言って、彼は顔を綻ばせる。

 サシオンの笑顔を受けて、俺の瞳にある疑念の光が宿る。

 

 

 俺は……サシオンに問いたい。

 なぜ、お前は、お前たちは城にいたのかと……。

 

 

 フォレは話していた。

 城には著名な魔導師、各騎士団団長、六龍将軍の四人がいる、と。

 彼は女王の演説のために集まっているのだろうと言っていたが……現在の惨状を見て、そうは思えない。


 サシオンたちはマヨマヨたちが攻めてくることを予期して、城の守りを固めていたのではないか?

 

 思えば、プラリネ女王がアレッテさんにティラを祭りへ連れていくよう命じたのは、街よりも城にいる方が危険だったからでは?


 彼らは、今回の襲撃を予期していた?

 もし、そうであるならば……予期していたのに民への被害から目を逸らしたことになる。

 王を守るために……。

 それは至極当然なことなのかもしれないけど、でも……。


(いや、いま考えることじゃない。まずは怪我人の治療が先だ。それに、ただの町娘である俺が深く追及することじゃないし)


 俺はサシオンの微笑みから視線を外して、いまだ痛みに苦しむ街の人たちへ目を向けた。



「まだまだ、治療が追いついていない。サシオン、これからどうする? フォレと指揮を交代するんだろ?」

「いや。フォレに任せよう」

「え、私に? サシオン団長にあとはお任せした方が、皆も安心するのでは?」


「見た様子では、私の知らぬ方法で怪我人への対応を取っている。下手な横やりは混乱の元だろう。これはフォレの指示か?」

「責任は請け負っていますが、提案はヤツハさんのものです」

「そうか。ヤツハ殿、思い切った決断をされたな」


 サシオンは手の施しようのない人たちへ顔を向ける。

 彼はトリアージが起こす、人の心の問題を見抜いているようだ。

 こちらへ顔を戻して、話を続ける。


「今回の件、騎士団を挙げて対処する故、ヤツハ殿は気を病まれぬように」

「ふふ、あんがと。あの、ここをフォレに仕切らせるなら、サシオンは何を?」

「各代表者と復興についての話をな」

「え、もうそんな話を。まだ、ケガで苦しんでいる人たちがいるのに?」


「たしかに、救うことこそがやるべき最優先事項。だが、そうはいかぬのだ。各国、各種族が注目する英雄祭で起こった不祥事。早急に治めねば、プラリネ女王陛下の名を穢すことになる」

「政治かよ、こんなときに!」

「不満はあろう。だが、先を見れば、多くの者たちへの恩恵となるのだ」

「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」


 

 国上げての英雄祭――マヨマヨの襲撃で見事なまでに失敗に終わった。まだ三日残っているが、続けられるはずもない。

 この時点で、周辺国及び各種族は『ジョウハク国』への評価をどれほど下げているか。

 さらに復興にまごつけば、プラリネ女王陛下の名声は地に堕ちる。

 それは諸外国からだけではない。

 民衆からの信頼も失うことになる。



「はぁ、わかったよ。こっちはフォレたちと何とかするから、サシオンは大人の話をしてきてちょうだいな」

「手厳しいな。フォレ、そういうことだ。済まぬ」

「いえ、心中をお察しします。ヤツハさん、行きましょう」


 俺は無言で頷き、後ろを振り返ろうとした。しかし、俺の肩をサシオンの声が掴む。

「ヤツハ殿。少し話がある」

「え、なに?」

 

 サシオンはフォレに視線を送る。

 フォレは小さく首を縦に振り、俺に声を掛ける。

「私は先に。ヤツハさん、後程」

「うん」



 

 フォレは再び、多くの救いを求める場所へと向かう。

 途中でアプフェルやパティとアマンと合流して、何かの指示を与えている。

 そうして、彼の姿が見えなくなったところで、サシオンは口を開いた。



「まさか、トリアージとは。ヤツハ殿は随分と博識で」

「ああ、それは休みの日に見てたドラマの再放送で……え!?」


 俺は大きく目を見開いて、サシオンを見つめた。

 


(どうして、トリアージを知っている!? 俺は一言もトリアージの名を出していないっ。それなのにっ!?)


 サシオンは涼しげな顔に、僅かな笑みを乗せて言う。


「ようこそアクタへ。地球の方よ」

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