第65話 着せ替え人形
ピケの姿から地球の面影を追いつつも、自分のことを話せず、ただじっと見つめ続ける。
ピケは俺の視線を不思議そうに見つめ返す。
「おねえちゃん、どうしたの? ずっと、わたしを見て?」
「ああ、ごめんごめん。どの服にしようかと悩んでいるんだよ」
「ふ~ん? ねぇ、服が必要なおんなのこって、わたしと同じくらいなの?」
「まぁ、身長も年も変わらんと思う」
「そっかぁ。だったらぁ、これなんかどう?」
ピケが手に取ったのは真っ黒なドレス。
もちろん、ただのドレスじゃない。
細かな花の刺繍が織り込んである、ふわりとした長いスカート。
上は袖の部分が薄手で透けて見えて、タトゥーを思わせる蛇の模様の刺繍がされてある。
可愛らしさと危険な香りが同居するドレスだ。
「これは、パンクというかゴスロリ寄りか? 蛇はなんか違うけど」
「へ~、おねえちゃん、よく知ってるね~。そう、この服はロックとゴスロリのゆうごうなの」
「次はロックと来たか。もう、何でもありだな……」
ピケから勧められた服を手に取って拝見する。
すると、後ろで俺たちのやり取りを見ていたアプフェルたちが話しかけてきた。
「ねぇ、さっきから思ってたんだけど、どうしてヤツハはこのファッションわかるの?」
「そうですわね。このような奇抜な服装を驚くことなく、当たり前のように受け入れるなんて」
そういえば二人とも、ピケのお洒落服を見たら驚くって何度も念を押してたな。
つまり、それだけ突拍子もない服装というわけだ。
それなのに、俺は自然と受け入れている。これは妙に思われても当然か。
(ま、テキトーに誤魔化すか)
「なんとなく、趣味が合ったからな」
「ふ~ん。でも、なんで、ヤツハは用語まで知ってるの?」
「……以前、北地区へ仕事に行ったときに、妙な格好をした人がいて、色々と話を聞いたんだよ」
「あら、そうなると少し妙ですわね。ヤツハさんは見かけたことがないと言ってましたし、北地区で流行していることも知りませんでしたのに」
「…………あまり見かけないって言っただけで、見かけたことはないと言ってないだろ。それにこんな服を着た人に会っただけで、流行とまでは知らなかったんだよ」
これはヤバいな。これ以上、深く質問されたらぼろが出る。
ここは何とか話をずらさないと。
俺は突き放すように語気を強めて言う。
「二人ともさぁ、何で突っ込んでくるの? 俺、変か?」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「ええ、ただわたくしたちは……」
二人はコクリと頷きあい、俺の顔を見た。
「記憶の手掛かりになるかなって思ったんだけど」
「ヤツハさんが自然とピケさんの服装を受け入れて、当然のように用語を口にしているのなら、それらに関係した人だったのじゃないのかと」
「え……ああ、そうなんだ……二人ともありがとう。心配してくれて」
ズキリと、心が痛む。
痛みは良心の呵責。
心配してくれた二人を煩わしく思ったこと。
記憶喪失と偽って騙していること。
(せめて、近しい人たちには本当のことを話した方が……でも、そうなると、俺は男だという話にも及ぶし。さすがにそれは言いにくいし。くそっ、どうすればいいんだ!?)
俺は心の中だけで激しくのたうち回る。
そして、行きつく答えはいつもの答え。
どうすればわからない。わからないのなら考えない。
これが逃げであることはわかっているが、俺に問題と向き合う勇気はない……。
(今はブラン王女の服装のことを考えよう……はは、これも逃げだよな)
「とりあえずさ、どの服がいいと思う? ピケはこれがお勧めらしいけど」
「う~ん、さすがに派手じゃない」
「人目は引きますわね」
「ふむぅ~、人目かぁ」
ブラン王女を連れまわすのに人目が付くのは駄目な気がする。
だけど……ちらりとピケに目を向ける。
ピケは目をキラキラと輝かせて、ゴスロリ服を選んでくれることを期待しているみたいだ。
(うん。どうせ残りの服も派手だし。新たに服を探すのも面倒だし。せっかく協力をしてもらったピケの期待を裏切るのも悪いし、ま、いっか)
「よし、ピケのお勧めを借りることにするよ」
「ほんと? 依頼の女の子によろしくね。気に入ってくれるといいな~」
「……そうだね」
視線をピケからずらして、アプフェルたちを見る。
二人は唇を波打たせて、静かに首を横に振っていた。
パティは唇を引き締め直し、扇子をぱちりと閉じながら依頼について質問をしてくる。
「服が必要な女の子は、いったいどこで何をするんですの?」
「詳しくは言えないけど、街の観光案内的な」
「街の中を、そのドレスで?」
「そう言われると、なんて言えばいいんでしょうかねぇ」
パティは俺の言葉に、はぁ~っとため息で返事をする。
その隣ではアプフェルが猫のような口をして笑っている。
あれは――ろくでもないことを思いついた口だ!
「あのさ、ヤツハ」
「アプフェル、待てっ、お座り!」
「私を犬扱いするなっ。だいたい、まだ何にも言ってないのに!」
「いや、絶対ろくでもないことだ。何も言うな、回れ右して、部屋から出ていけ!」
「その必要はありませんわ、アプフェルさん。あなたの考えを是非とも聞かせてもらいたいですわね」
パティは扇子の隙間からニヤリと口角上げ、嫌な感じの笑顔を見せる。
こいつら、仲良くなりすぎだろ!
「私、思うんだけさぁ、案内する女の子だけに派手な格好させるのは失礼だと思うのよねぇ」
「なるほど、そういうことですか。ヤツハさんはいつも同じような格好しかしてませんし、この機会に少しお洒落で遊ばれてみては?」
「いや、その必要ないし。てーか、スカートすら鬱陶しくて、ワイドパンツみたいなゆったりとした履き物にしようかと考えているのに。あ、そうだ。暑くなってきたし髪もバッサリ切って、短髪にするのも悪くないな」
「アプフェルさん、聞きました。これは由々しき事態ですわね」
「うん、まったく。ピケ、出口を押さえて!」
「は~い」
ピケはベッドから飛び降りて、アニメのキャラクターのように身体をしゅるるんと回転しつつ扉の前に立った。
アプフェルは怪しげな笑い声を上げながら近づいてくる。
「ふっふっふ、もう逃げられない」
「ア、アプフェル、何を企んでやがるっ?」
「さてね。パティ、あんたの家から適当に見繕える?」
「もちろんです」
パティは指を二本揃えて、空気を割くようにスッと横に振った。
すると、真っ黒な鳥の形をした魔力の塊が生まれる。
「じゃあ、頼みましたよ」
アプフェルが窓を開けると、魔力の鳥はどこかへ飛び去って行った。
「お前ら、一体何を?」
「今、パティに連絡してもらったの」
「そのとおりです。屋敷の者にこちらまで服を届けてもらえるように」
「服? ま、まさかっ!?」
二人はニタリと悪魔の笑顔を見せた。
ピケは出口の前で無邪気にぴょんぴょん跳ねている。
「お姉ちゃんも可愛い格好できるといいね!」
(こ、こいつら、俺を着せ替え人形にして遊ぶつもりだ!!)
ピケには悪意はないだろうけど、この二人は別!
なんとか逃げ出さねば。しかしっ!
二人は魔法の結界を張り巡らせて、佇む。
そこに、油断も隙もない。
「お前ら、そこまでやるか。本気かよっ」
「だって、あんたが本気で嫌がるかもしれないから、こっちも本気出さないと」
「ええ、相手は魔力の消失を可能とする魔法使い。手は抜けませんわ」
「ふざけんなっ。こっちは新米だぞ。もっと、油断しろ!」
「新米でも天才だからねぇ」
「そうですわね。でも、今のヤツハさんでは、わたくしたちの結界は絶対に破れませんから。大人しく、諦めなさい」
「く、こいつら……」
遊びだろうが本気だろうが、女の格好で
俺には男としてのプライドが残ってる。
それをこんなところで砕かれてたまるかってんだっ!
しかし、強固にして分厚いはずのプライドが、ピケによってあっさり砕かれる。
「相手のおんなのこはかわいい格好するんだから、ヤツハおねえちゃんも同じようのオシャレした方がいいと思うよ。それとも、ヤツハおねえちゃんは、一緒は嫌なの?」
「うぐっ」
ピケは顔を少しうつむかせて、悲しげな瞳で俺を見てくる。
もはや、逃れられないのか……。
「くぁ~、あああああ……ほふぅ、ううう、好きにしろ……」
観念して、零れ落ちるように言葉を漏らす。
しかし、アプフェルは容赦をしない。
「うん、聞こえないから。はっきり言って、ヤツハ」
「おのれ~、アプフェル~……好きにしろってんだ。ああ~、好きにしろよ。化粧でも服装でも何でも来いっ。お洒落、たのしー!! 最高、うっぴょんぴょ~んだっ」
もはや、観念も
こうして俺は、ピケ、アプフェル、パティの三人が飽くまで着せ替え人形となった。
途中、トルテさんが仕事を頼みに訪れたが、なぜか参戦。
結局、今日一日、日が沈むまで、ヤツハは揉みくちゃにされたとさっ。
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