第64話 他にもいたりして

 ピケの部屋は一階にあり、従業員しか入れない一番奥にある。

 奥というと薄暗いイメージがあるけど、実際は全くの逆。

 部屋の近くには大きなガラス窓があり、昼間は太陽の光がふんだんに降り注いでいる。

 夜には頑丈な格子を降ろすので防犯の面でも安心だ。



 部屋の扉を開いて、ピケは両手を広げて俺たちを歓迎する。

「じゃ~ん、わたしの部屋へようこそ~」

「はいよ。そういや、俺、ピケの部屋に入るの初めてだな」


 ピケの部屋の作りは、俺の滞在する部屋と変わりなかった。

 置いている家財道具も似たような感じ。

 だけど、明らかに違う点がある。

 壁紙の色が俺の部屋の単調な白色とは違い、爽やかなグリーンで、部屋に明るさを感じる。

 壁にはいろんな飾り物もあって賑やか。


 さらにベッドには、可愛らしいぬいぐるみが山となって占拠している。


「ピケ。何、このぬいぐるみの群れは?」

「大切なお友達だよ」

「でも、これじゃ、寝られないんじゃ」

「大丈夫だよ~。こうやって、みんなと仲良く眠るの」


 そう言って、ぬいぐるみの山の中に潜り込んでいった。

 そして、山の中から顔だけを出して、こちらを見る。


「いいでしょ」

「いや、布団かぶれよ」

「ちゃんと、中で毛布かぶってるから大丈夫だよ」

「そう。ま、今は夏だからいいけどね。風邪ひかないようにな。夏でも油断するとひくぞ」

「だいじょうぶ。看板娘として、たいちょう管理はばんぜんだよ!」


 親指をバシッと立ててポーズを決めている。元気な子だ。



 俺の後ろでは、話に加わっていないアプフェルとパティが扉の近くにある小物を二人仲良く指でつついていた。

 こいつら、以前と比べて随分と仲が良くなったような……。

 アプフェルはパティに刺々しさもなく自然に話しかける。


「ねぇ、パティ。これって、カソナ製の守護の銀飾りじゃ?」

「ええ、そうですわね。この部屋の守りはかなり強固ですわ。悪意をもって部屋に入れば、身体ごと吹き飛びますわね」

「トルテさん、ピケが大事だからって、ちょっとやりすぎじゃ……」


 さっきまで口喧嘩を交えていたとは思えない二人。

 俺は親しい友人ような会話を繰り広げる二人に話しかける。



「なぁ、ふたりとも、妙に仲良くなってない? 特にアプフェル。以前のお前なら、パティから勉強を教わるなんてなさそうだけど」

「ああ、それ。誰かさんのおかげで、困ってるときは素直に頭を下げた方がいいってことを学んだからよ」

「え、それって……」

 

 アプフェルは無表情で空白な目を見せる。

 これはやばい。藪から蛇が出てきそうだ。

 

 俺は色なき視線から逃れようとしたが、パティもまた、こちらをジロリと見ながら同じようなことを言ってくる。

「小さな意地で互いに力を貸し合わないのは得策じゃありませんからね。どこかの誰かさんの騒動で、私たちはそれを学んだのですわ」

「うぐっ」

 二人は軽い笑みを浮かべて、ねっとりした視線を俺の身体に絡ませてくる。



(くそ、なんて弱みを握らてしまったんだ。そりゃ、心配かけたのは悪いけどさ。宴会でチャラにしてくれよ……よしっ。ここはいっそ、俺のおかげだなと開き直るべきか? いや、無理に藪をつつく必要はない。蒸し返すのは損だな)

 

 ここはさっさと話を進めることにする。

 俺は流れるように視線をベッドに潜っているピケに向けて、服を見せてもらえるよう頼んだ。

 後ろからは井戸端会議の奥様のようなひそひそ声が聞こえてくるけど、無視だ無視!



「ピ、ピケ、さっそくだけど、服を何着か見せてくれ」

「うん、わかったっ」


 ピケはぬいぐるみの山から飛び出して、洋服ダンスに向かう。

 飛び出した勢いでお友達のぬいぐるみたちが床に転がっているけど、いいのか?


 ピケはタンスに首を突っ込んで、どれにしようかと物色している。

 その様子をアプフェルとパティは眉を顰めて見ていた。

 二人はピケの服装が過激だと言っていたけど、そんなにもピケのおめかし用の服を心配する必要があるのか?


「あのさぁ、ふたりとも、なんでそんな態度を? ピケの服装、普通じゃん」


「あれはお店用で大人しいやつ。ピケは仕事とプライベートをしっかり分けてるから。普段着も時と場所を考えて普通だけど、おめかし用はその分……見たらびっくりするから」

「ええ、そうですわ。ま、ピケさんのお洒落服を見て驚きなさい。わたくしも去年、年始にお会いした時は驚きましたから」


 二人から続けざまにピケのお洒落に驚けと言われる。

 一体、どんな服だってんだ?



 二人と会話を交えている間に、ピケはタンスから洋服を取り出してきた。

 ベッドの上にあるぬいぐるみたちをズズイっと、床に落として、空いた場所に服を置く。

 哀れなお友達たち……。


 俺はベッドに並べられた服を目にして、アプフェルたちが驚けと言っていた理由を理解した。


「はぁ、なるほど。そう来るか……」

 


 並んでいる服は、純朴なピケのイメージとは真逆の印象。

 まず、目に飛び込んできたのは海軍の制服のようなセーラー服。肩の袖に、海賊のどくろマーク。

 なんとなく、アマンの着ている系統の服っぽい。

 

 他の服は、真っ黒な革のライダージャケットみたいなものに、用途不明のベルトが膝辺りにくっついたデニムっぽいジーンズ。


 隣に置いてある黒色のスカートにはいくつもの金属のボタンがついたベルトが巻いてあり、また金属のチェーンが垂れ下がっている。


 他にもアクセサリーのたぐいをベッドに並べている。形は銀の十字架や刺々しいアンクレットにブレスレットなど。



 王都の住まう人々の服装から見ると、めっちゃくっちゃ派手っ。

 これがピケのおめかし用らしい。


「なんて言いますか……かなりパンクな感じが」

「あ、おねえちゃん、わかるんだ。そうだよ~、超キメキメなんだよ」


 ピケはベッドの上にぴょんと乗って、ヒーローのような恰好を決める。

 俺の後ろではアプフェルたちが何やらこそこそ話している。


「アプフェルさん、パンクって?」

「さぁ、よくわからないけど、ああいう服装のことを言うんじゃないの?」


 二人にはこのファッションが理解できないらしい。

 もっとも、俺も知っているだけで、こんなファッションをしたことないけど。

 ベッドの上に並べられたハデハデのキメキメの服装を見ながら、ある疑問が浮かぶ。

 


(あれ? なんで、パンクなんてファッション用語あるんだ? たまたま、こちらにもそんな用語が? でも、アプフェルたちは知らないみたいだし。単にこいつらがファッションに疎いだけ?)


 

「あの、二人はこういうファッションに興味ないの?」

「お洒落には興味あるけど、こういうのはちょっと」

「ええ、わたくしには派手すぎますし」


「いや、パティ。お前のドレスもかなり派手でしょうが……」

「わたくしの服装は由緒正しきものですから。一緒にされては困ります」

「そうですか……ピケの服は街ではあまり見かけないけど。アプフェル、どうなのファッション的に?」


「たしかにあまり見かけないけど、北地区の一部では結構流行はやってるみたいよ」

「一部の流行りゅうこうってことか。これが……」



 改めて、ピケのお洒落服を見る。

 明らかにこちらの世界の服装とは異なる。

 ということは……。


「ピケ、これってどこで買うの?」

「北地区にあるおばあちゃんのお店」

「おばあちゃん? そのおばあちゃんは血の繋がりのあるおばあちゃん?」

「ちのつながり?」


「あ、ごめん、言い方が悪かった。ピケのおばあちゃんでトルテさんのお母さんってこと」

「うん。でも、もう死んじゃった」

「あ、そうなの。ごめんね、そんなこと聞いて」

「ううん、いいよ。もう、二年前だし。あの時にいっぱい泣いたし。悲しいのは全部、出ていったもん」



 ピケはニコリと笑顔を向ける。

 この子は幼いのに気丈で、本当に強い子だ。


「そっか……じゃあ、この服はおばあちゃんの趣味ってわけか?」

「ううん、違うよ。ここにある服は、おばあちゃんと一緒にお店をやってた、サバランおばあちゃんが作ってるの」


「サバランおばあちゃん?」


「サバランおばあちゃんはおばあちゃんのお友達で、一緒にお店をやってたの。今はサバランおばあちゃんだけで頑張ってる」

「へぇ~、じゃあ、ここにある服は、ピケのおばあちゃんの趣味というわけじゃないんだ」


「うん、おばあちゃんの好きな服はもっと派手だもん」

「マジかっ、これよりもか!?」

「うん。あのね、ロングコートみたいのでい~っぱい変な文字みたいのが書かれた服を着てたよ」

「なにそれ? おばあちゃん、耳なし芳一なの?」

「ん?」

「いや、なんでもない。だけど……」


 

 視線をピケから外して、ベッドの服へ向ける。

 やっぱりどうみても、アクタの平均的な服装からかけ離れている。

 たまたま、そういう服装を思いついた可能性もあるけど……でも、これは、地球の影響を受けてるのでは?


 もしかして、結構俺と同じ境遇の人がいるとか?

 思えば、ミズノとかいう日本名の英雄もいたみたいだし、時計塔には日本の痕跡が存在しているし。

 探せば、他にもそんな人物がいるかもしれない。

 もし、彼らから話を聞くことができたなら、このアクタがどんな世界なのかわかるかもしれない。同時に、地球への帰り道もわかるかもしれない。


 全部、かもかもづくしだけど、手探りで帰還や世界の秘密を探すよりかはいいだろう。

 いずれ、サバランという人を訪ねた方がよさそうだ。



 同時にこれらの仮定が、俺のアホさ加減を強調する。


(もし、地球人が当たり前のように存在するなら、俺、記憶喪失の振りをしなくてもよかったんじゃ……?)


 はぁ~っと息を落として、地球人おれらが当たり前の存在なのか裏付けをとるために、アプフェルとパティに尋ねる。



「変なこと聞くけどさ、この世界に、別の世界から来た人がいると思う?」

「え、急に何を妙なことを言ってんの? 拾い食いでもしたの?」

「ヤツハさん、何か悪いものでも食べまして?」


 

 この反応……当たり前の存在ではないようだ。

 ということは、やはり様子見で正解か?

 しかし…………こいつら、俺をなんだと思ってんだよ!


 首を傾げている二人を無視して、ピケに目を向ける。


(仮にピケのおばあちゃんが地球人なら、トルテさんやピケは地球人の血を引いているわけになる……トルテさんは何か知っている可能性も……ふむぅ~)


 どこから、誰に、何を尋ねればいいものか。

 いっそのこと、俺は地球人だと告白した上で話をすれば楽なんだけど、もし違ったら、どうなるかわからないし。

 おそらくは変な人扱いだろうけど。


(俺の警戒心が高すぎるのかな? みんなは良い人たちだけど……でも)



 知り合った人たちはたとえ俺が異界の人間であっても悪いようにしないことはわかっている。

 でも、どっかに胡散臭い研究機関みたいのが存在してたとしたら、それらが無視をしてくれるかどうか。

 ただでさえ理解しがたい世界なのに、どんな組織が存在しているやらもわからない。

 下手をすれば、みんなを巻き添えにしてしまう危険性だって……。


(はぁ、結局、棚上げにするしかないのか……)

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