第62話 サシオンの思惑

――サシオン=コンベル邸・執務室


 

 みんなに心配された、あの日から二日後。

 心は暖かさに満たされたが、懐は空っ風が吹いていた。


 少しでも懐を暖めるために地下水路の報告書をまとめて、サシオンの屋敷に訪れる。



「以上、こんな感じ。何か、書類に不備ある?」

「いや、問題ない。ヤツハ殿は何か尋ねておきたいことはあるか?」

「そうだねぇ……あっ、俺が取り逃がした緑顔で鷲鼻のゴブリンみたいな奴、どうなった?」

「ゴブリン? もしかして、ガブのことか?」

「え、ああ、そう。そのガブのこと」

「……残念ながら取り逃がした」


 俺は不用意にアクタに存在するかわからない単語を使ってしまったことを取り繕う。

 だけど、サシオンは僅かに間を置いただけで、さほど気にしている様子は見えない。

 それでも、何となく不安なので話を切り替えることにした。


「そんじゃ、報告は終わったってことで、給料の前借りしたいんだけど。お金なくて、大変なの」

「ふふ、フォレから話は聞いている。随分と盛大な宴を開いたそうだな」

「まぁね。おかげさまでちょこっと残ってた支度金も吹き飛んだよ」

「賭け事につぎ込み、宴を開き……支度金で全く支度ができなかったというわけか」

「そんな嫌味はいいからさ、助けると思って」

「ふむ、仕方がない」



 サシオンは机の引き出しを開けて、金の入った袋を取り出した。

 それを机に置きながら、思い出したかのように尋ねてくる。


「そうそう、地下水路で迷っている間に、何か面白いものでも見つけてはいないか?」

「え、なんで?」 

 俺は不意の質問に、ピクリと眉を動かしてしまった。


 その動きに気づいた彼は朗らかな笑みを浮かべる。

「私は地下水路の一区画しか知らぬ。故に、少々興味があってな」


 サシオンは極めて冷静に話、極めて普通の居住まいで俺を見つめる。

 だがしかし、奇妙だ。

 ただの世間話にしては唐突すぎる気がする。


(どうして、地下水路の話を尋ねたんだろ?)



 思考は地下水路にまつわる記憶を刺激する。

 カルアを取り締まる締まらないの話をしていた際、サシオンは王族の恥だから、何としてもカルアを検挙したかったと言っていた。

 はたして、それが本音だろうか?

 

 あのとき、影の女から与えられた思考……可能性は一つではない、無数に広げろ。

 俺は思考を広げ、情報に大きな網を投げる。


 情報の起点となるのは地下水路……サシオンが気にしていたのは、地下水路そのものなのでは?

 彼にとって、地下水路は誰にも入ってほしくない場所とか?

 となると、地下水路を使われたくないからこそ、カルアを捕まえたかった?

 

 王族であるカルアは地下水路の地図を容易に入手できる立場。

 ということは、捕まえなければ今後も地下水路を利用して悪さをする可能性がある。

 だからこそ、犠牲者に目を瞑りながらも、カルアの悪行の確固たる証拠を探そうとしていた。

 つまり、サシオンは、それほどまでに地下水路を使われたくない?



 これに確証はな……いや、ある。

 二日前のフォレの言葉を思い出す。

 フォレはサシオンから捜索を止められた。

 その理由の一部……。


『地下水路の地図は部分的にしか存在せず、二次遭難の可能性があるという理由』


 この理由は明らかにおかしい。

 二次遭難なんか起こるわけがない。 

 だって、適当な階段を昇り、その先に鍵や封印があり出られなくても、出口周辺で騒いでいれば誰かが気づき、地上と連絡は取れるわけだし……。


 やはり、サシオンは何者にも地下水路に入ってほしくないみたいだ。

 ならば、その理由なんだろう?。



 俺が思いつく理由は三つ。


 一つは、隠し通路の存在。

 王城へと続く隠し通路の存在をサシオンは知っていて、それが誰かにバレることを恐れている。

 バレるのが嫌なのは、王の安全のためか……それとも、悪意を持ってか……。

 どちらにしろ、隠し通路を発見したことは口にできない。


 二つ目は一つ目に付随する。

 あの奇妙な隠し通路のような場所が他にも地下水路のどこかにあり、それを誰にも触れられたくない。

 

 三つ目。

 ブランが話していた国家機密。女神の存在だ。

 地下には女神コトアが眠っている。サシオンはそのことを知っている?

 完全に憶測となるが、女神がいるということは地下の奥は神聖な領域だろう。

 そんな場所をウロチョロされたくないという気持ちはわかる。


 

 とにかく、理由は何にしろ、ここは何も知らぬと誤魔化さなければならない。

 しかし、サシオンの瞳は俺の心を見透かすような光を宿す。

 俺はすでに、その光に僅かとはいえ反応してしまった。

 

(くそ、油断した。場を取り繕うのは難しい。なら、見たモノの重要度を下げてしまえばいいか)

 俺は世間話をするかのように言葉から力を抜く。



「ああ、そういえば、でっかい滝があったな」

「滝?」

「そう、滝。でっかい丸い場所があって、そこに水が流れ落ちてた。あれどこに通じてんだろね?」


「さぁ、私は地下水路に詳しくはないのでな」

「そ。まっ、どうでもいいけど。ほかに何か用ある?」

「いや、特には……」

「じゃ、さっさと帰るわ。昨日はお金なくてパンと水で過ごしたからなぁ」


 机の上にある硬貨のつまった袋をパシッと軽快に掴み、執務室から出ていく。

 足取りは急がず、自然に。

 それをサシオンは呼び止めることなく見送った。


 

 扉を閉じて、一息を入れる。


(ほっ、誤魔化しきれた……って、感じもしないけど、とりあえずは大丈夫そうだ。でも、地下水路に何が?)


 サシオンは地下水路を守っている? 誰から?

 それとも、何かに利用しようとしている? 何のために?

 そこで、小さく首を横に振る。


(やめよう。下手に関わってはダメな気がする。今日のことは忘れよう……あ~、ダメだぁ。まだ地下水路に用があるんだったぁ~)


 ブラン王女との約束。

 俺はもう一度地下水路を使い、隠し通路を利用しなければならない。

 


(なんてこった。サシオンの様子から見て、やばい雰囲気がびんびんに伝わってくるのに……かといって、ブランを無視するのは可哀想だし……は、はは、もう考えるのはよそう。知るかってんだっ)



 俺は半ばやけっぱちな思いを抱き、サシオンの屋敷を後にした。

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