第54話 経験不足

 地図に従い、現場に到着。

 地図をスプリに返して、賭博場の裏口へ近づく。

 裏口には周囲の洗練された壁とは全く対照的な、みすぼらしい木造の扉が取り付けられてあった。

 扉からは微かであるが、賭博場から聞こえてくる音楽が漏れ出ている。


 扉は通路途中の壁にあったので、俺たちは左右二手に分かれて待ち伏せをすることにした。


 ここまで歩いてきた右側に、兵士三人。

 扉を挟んで左側に、俺とアプフェルとアマンの三人。

 戦力的にはアンバランスだけど、アマンは賓客のような存在。警護は必要。

 だから、一番の戦力であるアプフェルをそばにつけたい。  

 だが、相性が悪い。

 そういうわけで、俺が二人の監視役としてついた。



 二人はギスギスとした空気を互いに放ちあっている。

 俺は空気に耐え兼ねて二人に話しかける。


「あのさぁ、なんで君たちそんなに仲悪いの?」


 アプフェルが不機嫌を隠さず、問いに答えてきた。

「人狼族と人猫じんびょう族は過去の歴史において、争いを幾度も繰り返してきたからね」

「でも、今は争っていなんだろ? だったら、お前ら関係ないじゃん」

「そういう問題じゃない。種族間の憎しみや恨みは簡単には消えないの」


 続いてアマンも答えてくる。


「人間さんだって、同種族である人間同士で争いを繰り返している。そこから生まれる恨みや憎しみを忘れられずにいる。それが異種族同士の争いとなれば、怨みはなお深いですから」

「そういうもんなのかぁ? まぁ、詳しいことを知らない奴が口を出すような問題じゃないか。でも、今は協力関係なんだから、互いの事情は引っ込めてくれよ」


「そんなのわかって、」

「ええ、もちろ」


 二人は同時に言葉を途中で止めた。


 アプフェルはスンスンと鼻を鳴らし、アマンは耳をピンと張る。


「人の匂い。複数」

「足音が慌ただしい。どうやら、お客のようです」


「おお、すごいな二人とも」


「ふん、当然」「当然です」


 二人の声は重なり合う。彼女たちはバツが悪そうに互いを睨みつけている。

 俺は笑いをこらえつつ、右側にいる兵士たちに手を振って合図を送った。

 

「よし、挟み込むぞっ。アプフェルと俺は前へ。アマンは後ろに」

「あら、私なら大丈夫ですよ」

「いや、万が一のことがあったら、サシオンから怒られるじゃすまないし。だから」


 アマンを危ない目に合わせるわけにはいかない。

 だけど、アプフェルが俺の言葉を遮る。


「大丈夫よ。人猫族の魔法は人狼族より上だから。ま、人狼族で私みたいに魔法を使っている方が珍しんだけどね」

「そうですね。人狼族は戦士の一族。アプフェルさんのように魔法を使うのは珍しいです。それも、かなり高位の魔法を」


「へぇ~」


 いがみ合っていても、互いの実力はちゃんと認め合っているようだ。

 俺は口元を緩める。


 戦闘への準備はできた。

 そのタイミングを見計ったかのように、木の扉が荒々しく破られ、逃亡しようとする連中が転がり込んできた。


「よし、みんな、挟み撃ちだ。一網打尽にするぞ!」


「わかった!」

「ええ!」

「「「応!」」」


 俺の号令で、アプフェルとアマンと兵士三人が返事をして、飛び出してきた連中の前に躍り出た。

 兵士三人は剣を構え立ち並ぶ。

 アプフェルは魔導杖を構えて魔力を込める。

 隣ではアマンが空中に術式を浮かべていた。


 俺もみんなに負けじと剣を抜き、逃亡客に向ける。


 しかし、せっかくいさんで前に出たというのに、ほとんどの客が魔法や兵士の姿を見た瞬間に抵抗を諦めて、その場でへなへなとしゃがみ込んでしまった。


「ありゃ、潔いよいことで」

「いえ、ヤツハ。何人かこっち来るっ。兵士の皆さん、構えを崩さないで! こっちは任せてっ!」


 アプフェルが兵士たちに命令を伝え終えた途端、客たちの隙間から黒い影が三つ飛び出す。

 三つの影はギラリと光る得物を携えて襲い掛かってきた!


 アプフェルとアマンは結界で二つの影を押し返す。

 一つの影は結界をすり抜けて、俺へ刃を振り下ろしてきた。

 急ぎ、剣を横にして受け止める。


「ひっ、あぶなっ」

「ヤツハ、油断しないっ。こっちは私たちがやるから、その人頼んだからね。アマン、客が逃げないように注意を払って!」

「ふぅ、わかりました。これより先に進む者は、浄化の水が肺と腹を満たすことなりますよ」


「ちょ、ちょっと、二人とも。できれば、こっちをてつだ、とっ!」


 影は容赦なく剣を振るってくる。言葉を最後まで言わせてもらえない。


「ちくしょう、サシオンめ。サービスしすぎだよっ。もっと弱いの寄越せよ!」

 交えた刃を弾いて、いったん距離をとる。

 水路の照明に照らし出される敵。

 そいつには見覚えがあった。俺は思わず声を上げる。

 そいつもまた、俺の姿を見て声を上げる。



「あ、あんた、あの時の門番」

「おや、あなたはサダさんの連れの……そうですか、サダさんを利用して偵察に」


 相手は賭博場の出入り口を見張っていた門番だった。

 男は右手に剣を握りしめて、柳のようにゆらゆらと立っている……それにしてもサダさんを利用してって、協力者とまったく思われていないところがサダさんの扱いらしくて面白い。


「と、面白がってる場合じゃないな。あのさ、降伏してくれない?」

「せっかくの美少女のお願いですけど、臭い飯は真っ平ごめんですから」


 

 男の気配が変わる。

 殺気が湯気のように男の体から溢れてくる。

 思い出す、あの時の感覚を……ピクルと対峙した時の感覚を。

 

 しかし、男から発せられる殺気はピクルよりも劣る。

 あの時の経験が生きた、というべきか。

 心に、余裕が生まれる。

 剣を構えなおして、男の出方を見る。

 

 男はわずかに体を屈め、素早い動きで懐からナイフを投げつけ、それに合わせるように踏み込んできた。


 ナイフは俺の眉間を捉える。

 それを剣で弾きとばす。


――飛び散る火花。


 火花が消えるよりも早く、男が剣を横へ振り抜いた。

 俺は攻撃を受け止めて、すぐさま剣を回転させて巻き取ろうとしたが、男はすぐに後ろへ退き、距離をとる。


 とても素早い男。だけど……ピクルよりも遅い!


 

――剣の稽古の日々。

 

 一度もフォレに有効打を入れたことはないけど、どうやら俺は着実に強くなっているみたいだ。

 相手がどの程度の実力なのか、手に取るようにわかる。

 キッツい練習の毎日。でも、全然無駄じゃなかった!


 俺は剣を構え、堂々と一歩前に出る。


 男は俺の意外な実力に、額に汗を滲ませる。

 俺はもう一度だけ、問う。


「降伏を」

「……ふっ」


 彼はため息のような笑いを上げて、剣を片手に突っ込んできた。

 剣は竜巻の如く荒れ狂う。


 剣の動きに意識を集め、見つめる――剣の軌道がゆっくりと見えて、完全に読み切った。

 剣撃をひとつひとつ丁寧に払っていく。

 しかし、彼は剣を振るうのをやめない。

 細身の割には恐ろしいほどの持久力だ。

 

 俺はさらに、剣の動きへ意識を集中する。


(もっとだ。もっと、集中しろ)

 集中力を高めると、剣の動きはさらに緩慢になっていく。

 振り下ろされた刃を剣の腹で受け止め、瞬時に剣を後ろに引いて、衝撃の全てを受け流す。


 彼はその違和感にぞわりと全身の毛を逆立てる。

 彼はいま、全く手応えのない不可思議な感触に怯えているのだろう。

 柔らかなゴムに取り込まれるように、返す力を失った彼の剣は動きを止める。

 

 俺は相手の剣の刃を素早く指先のみ挟み込んだ。

 彼はすぐさま剣を引こうとしたが、身体機能が向上している俺の力の前ではビクともしない。

 少女のものとは思えない腕力に彼は驚く。


「な、なにっ!?」

「ふんっ」


 その彼の顎を柄頭つかがしらで打ち抜いた。

 彼の意識は飛び、ゆらりと崩れ落ちて、地面へ冷たい口づけを交わした。



「ほひ~。あ~、疲れた。ちゃんと、戦えるもんだね」

 厳しい訓練は行っていたけど、実戦らしいことはしたことがない。

 だけど、訓練はちゃんと実を結んだようで、ピクルの時のような激しい緊張感はなかった。

 しかし……。


「手が震えてる。やっぱり、緊張は完全に消せないよな。でも、二度目の戦闘でこれなら上出来だよね」


 一戦終えたことで、ほっと胸を撫でおろして、倒れている男へ視線を向けた。

 そこにアプフェルの声が響く。



「ヤツハっ。そっちに一人行ったっ! 止めて!」

「えっ!?」


 慌てて男から目を離して前を見るが、小さな影は俺の横壁を蹴り飛ばすように去っていった。

 影は緑の皮膚と鷲鼻を持つ存在。見た目はゴブリン。


 俺は逃げ去る影を見つめる。


(最悪、油断したっ! くそ、まだ戦闘は続いているのにっ!)


 さっと、視線をアプフェルたちに向ける。

 あちらは全ての戦闘を終えているようだ。


「すまん、すぐに取っ捕まえてくるっ!」

「待ってヤツハ。一人で追ってはダメよっ!」



 その時の俺は、自分の油断が招いた失態に頭の中が真っ白になり、アプフェルの止める声が全く聞こえていなかった。

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