第49話 お菓子屋さんと彼女

 パティに案内されて、南地区のお菓子屋さんを目指す。

 

 ここ最近、夏が近づいているため連日気温が上昇中。

 だから、ちょっと歩くだけで体温が上がっていく。

 俺は口に含んでいたキャンディをガギゴギと噛み砕き、愚痴を交えつつ手のひらを団扇代わりに動かす。

 


「あっち~、最近暑くなってきたなぁ。スカートだから下の風通りがよくて助かっているけど、本格的な夏になったらそれだけじゃ間に合わなそう」

 俺はスカートをパタパタとしながら、中の熱気を外に逃がす。

 すると、一連の様子を見ていたパティが咎めるような口調で話しかけてきた。


「少しいいかしら、ヤツハさん?」

「ん、何?」


「あなた、女性だというのに少々、いえ、かなり品がないように見えますわ」

「け、結構ズバリ言うな、パティ」

「遠慮して意思を伝えられない方が問題ですからね。で、どうして、もう少しお淑やかにできないのかしら? わたくしほどでもなくとも、綺麗な容貌をしているのですから、もったいないですわよ」


「いやぁ、俺としてはお淑やかとかどうでもいいと思ってるし。いろいろ面倒くさい。だいたい、モテる気なんざないから、このままでいいだろ」

「まさかと思いますが、女性としての身のこなしが、殿方の心を捉えるためだけにあると思っているの?」


「え、違うの?」

「はぁ~、嘆かわしいことですわね。女性が美しさを磨くということは、己自身の心を磨くということ。殿方に媚びを売るためではありませんわ」

「へぇ~、そうなんだ。でも、なんにせよ、気を張るのはきついから、このままでいいよ」


「まぁ、無理強いはしませんけど。しかし、あまり気を使わないと、あらぬ嫉妬を買うことになりますわよ」

「何それ?」

「綺麗なくせに化粧一つ満足にしないなんて、どれだけ自分に自信があるのっ。自慢のつもり? 何よその胸。女をやらないなら切り落としてよ。と、いった感じで……」


「具体的で怖いんだが……わかったよ、最低限の身だしなみには気を使うようにする」

「そうしなさい。女の嫉妬は怖く、男の嫉妬は醜い。されど、嫉妬は人の心の一部。なくすことはできない。そうであるならば、なるべく嫉妬が生まれにくい環境を整えるのが最良の一手ですわ」


「なるほど、覚えておく」

「ふふ、素直に相手の言葉に耳を傾けるのは好感が持てますわ。あら、そろそろ、お店が見えてきましたわね」



 パティは扇子を閉じて、お菓子屋さんの方向へ向ける。

 扇子が指す先には、丸っこい屋根のこじんまりとしたお店が見えた。

 屋根と壁は茶色やこげ茶などでコーティングされており、見た目と色使いから、外装はキノコを彷彿とさせる。



「面白い店。でも、ちょっと意外」

「どうかしましたの?」

「いや、パティのおすすめのお菓子屋さんっていうから、高そうなお菓子屋さんかと思ってたから」

「それはわたくしが、フィナンシェ家の者だから?」

「あ、悪い。今のはないな」

「いえ、そのように見られるのは仕方のないことですから」


 そう、彼女は口にするけど、目元は下がり寂しそうだ。

 やっぱり、かなり気にしているみたい。


「わりぃ、これからは気をつける」

「ふふ、あなたのそのざっくばらんな態度、嫌いではないです。わたくしにそのような態度を見せる方は、アプフェルさんぐらいしかいませんでしたから」

「そっか」

「まぁ、もっとも、家格かかくはアプフェルさんの方が遥かに上なんですけど」


「……え?」


「ふふ、その様子だとご存じないようですね。わたくしも、ずいぶん経ってから先生方にお聞きしましたし。アプフェルさんは自分の立場というものをまったく気にしていませんから、困りものですわね」


「アプフェルって、どこぞのお嬢さんなの?」

「人狼族の長、セムラ様の孫娘なんですのよ」

「長ってことは、王様みたいなものか……え、じゃあ、アプフェルって人狼族の王族の孫娘?」


「まぁ、そうなりますわね」

「はぁっ、そういうこと普通最初に言わないっ? なんで、あいつ黙ってるの? あ、もしかして、周りに気を使われるの嫌ってるとか?」

「いえ、単純に家柄というものを気にしていないだけですわね」


「何だろう、アプフェルって、馬鹿なの大物なの?」

「さて、どちらでしょうね……どちらであれ、わたくしは自分の血筋を気にせず振舞えるアプフェルさんが、ちょっとうらやましいですわね」


 

 言葉柔らかく、パティはとても優しげな瞳を浮かべる。

 彼女は貴族という誇りを背負い、様々な制約を課せられた立場。

 それなのに、同じ立場であるアプフェルは自由に振舞う。

 

 そんな彼女がアプフェルに向けて浮かべた瞳は、軽蔑でも嫉妬でもない、慈しみの瞳……なぜ、そんな瞳を見せることができるのか? 彼女の思いは俺なんかでは到底推し量れない。


 ただ、わかることが一つある。

 それはパティがアプフェルを嫌っていないってこと。


 

 パティは扇子を閉じて、小さく笑い声を漏らす。

「クス、なんだかしんみりしてしまいましたわ。せっかく、甘いお菓子が待っているというのに」

「……そうだな。じゃあ、早速店に入ろうぜ!」

 

 俺はその場の空気を吹き飛ばすように答える。

 パティも笑顔で言葉を返す。


「ええ。そうしましょう。あ、そうそう。わたくしが誘ったのですから、今日はご馳走しますわ」 

「ほんと? よっしゃ、遠慮なくご馳走になるか。ケーキかぁ、久しぶりだなぁ」


 

 ケーキなんて、日本にいた頃もそんなに食べるようなものじゃなかったけど、『アクタ』では初めてとなる。

 こちらのケーキがどれほどのものか楽しみだ。


 足弾み、早速お菓子屋さんに向かおうとしたが、お店の近くを通る人々の足がなんだかよそよそしい。

 皆、何かに恐れを抱くかのように、こそこそと身を屈め、早歩きをしている。

 これは以前、どこかで見た光景。


 人々はお菓子屋さんから、ちょうど真向かいにある場所を避けて通っているようだ。

 そこへ顔を向ける。



「あ、ノアゼット……」


 六龍将軍の一人ノアゼットが、通りを挟んだ先で腕を組み仁王立ちしていた。

 周りには兵士のお供はいない。

 一体、何をしているのだろうか?


 彼女は顔を真正面に向けている。

 先にあるのはお菓子屋さん……まさか。


「ねぇ、パティ。ノアゼットって、甘いもの好きなの?」

「聞いたこともありませんわね、そのような話。ですが、その前にヤツハさん」

「何?」

「ノアゼット様を呼び捨てにされるのは問題ですわよ。あの方の耳に入れば、二度とケーキが食べられない体にされても文句は言えませんわ」

「あ、そうですね……ノアゼット様、うん。様付けは大事だよね」


「ええ。しかし、その様子だと、ヤツハさんはノアゼット様と面識がありますの?」

「うん、まぁ。ノアゼット様が運営する大衆浴場で、ちょっと」

「まさかっ、ノアゼット様と浴場にて、素手での語り合い果たした娘とは、あなたのことなの!?」

「なんでそんなことになってるんだよっ!? ただ、一緒に風呂を入っただけだよ」


「そう、なんですの? まぁ、しょせん噂は噂に過ぎないということですわね。しかし、湯浴みを共にするだけでも、大変驚きなのですが、一体?」

「知らんよ、そんなこと。そんなことよりも、ノアゼット様だよ。あそこで何やってんだろ?」

「さぁ? でも、見た様子ではヤツハさんの指摘通り、お菓子屋さんに目を向けているように見えますわね」



 やはり、お菓子屋さんに用事があるのだろうか?

 見た目や雰囲気はおっかないけど、意外に甘いもの好きとか?

 

 ……気になる。


 しかし、話しかけていいものか悩みどころ。

 あまり余計なことに首を突っ込むのはいけない、が……が、しかし、気になる。

 だけど、何と話しかければいいだろうか?

 

 きっかけの話題探しに首をひねると、風呂代の支払いのことを思い出した。


「パティ、ちょっと挨拶してくる」

「え? いきなり何を?」

「一緒に風呂に入った時に、風呂代を払ってないんだよ。たぶん、ノアゼット様のおごりってことになっているんだろうけど、ちゃんとお礼言わないと」

「そういうことですの。ま、お気をつけて」

「……一緒に来る気は、ない?」


「君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし。ですわ」

「うん、正しいね、それは……この、薄情者っ」

「誉めても何も出ませんわよ。まぁ、危険な雰囲気が漂いそうでしたら、助け舟くらい出してあげてもいいですわ」

「そんときには手遅れな気がするけど。まぁ、いい。ちょっくら行ってくる」



 というわけで俺は、好奇心というケーキよりも甘い誘惑に背中を押されて、ノアゼットの元へ向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る