第47話 新生フォレ

 アプフェルとパティに挟まれ、喧嘩の仲裁。

 しかし、どうしようもなく頭を抱えているところにフォレがやってきた。



「あ、ヤツハさん。おや、アプフェルにパティさんも」

「お、フォレか」

「フォレ様、どうされたんですか?」

「あら、フォレさん。凛々しいお姿はお変わりないようで」

「いえ、花も恥じらい月も雲に隠れるパティさんの美しさには叶いませんよ」

「あら、お上手」



 フォレはくっさい世辞をパティに返している。

 俺はその世辞を聞いて、初めて出会った時のことを思い出した。

 そのことを小さく口にすると、そばにいたアプフェルが乾ききった返事をする。


「そういや、俺も最初出会ったときは妖精のようなお嬢さんなんて言われたなぁ」

「へぇ~」

「あれ、普段なら嫉妬する癖に、えらくたんぱくな反応」

「フォレ様はたいていの女性に対してあんな感じだからね」

「そうなんだ。でも、なんで俺らには臭いセリフ吐かないの?」

「臭いセリフって……このようなこと言いたくないけど、フォレ様は距離のある人にはあんな感じだから。私も最初の頃は会うたびに、良いお言葉をかけられたもん」



 その頃のことを思い出してか、アプフェルは悲しげな表情を見せる。

 彼女はフォレが他者との間に溝を作っていることに気づいていたようだ。

 


「あの頃は、フォレ様から話しかけられるたびに舞い上がってたけど、距離があるからってわかったときは結構ショックだったし」

「ああ、そうなんだ」

「だけど、今は普通に接してくれるし、それが……とても嬉しい」

「そっか、よかったな」


「そして、ヤツハがむかつく。とりゃっ」

「いたっ、わき腹を指で突くな」

「だって、私でもフォレ様との距離を縮めるのに三か月はかかったのに、あんたはたった一日じゃん。それがむかつく。てい、やぁ」


「だから突くなっての。それは俺の性格が女っぽくないからだろ。出会った当初、お前も似たようなこと言ってたじゃん」

「それは、そうだけど……」

「でも、ということは、パティは……?」

「そう、まだフォレ様と距離がある。フフフ」



 暗~い笑い声をあげるアプフェル。

 パティに目を向けると、彼女は頬を染めてフォレを見ている。


(あ~、なるほど。色んな意味でライバルなわけね)

 アプフェルとパティを交互に見ながら、関係が非常にややこしいことが分かった。ますます関わりたくない。

(よし、フォレに丸投げして逃げ出そう)


「フォレ、何か用事でも?」

「いえ、仕事の合間に夕食をと」

「まだ、仕事するのか……」

「ええ、いろいろ忙しくて」


 そういえば明後日は強制捜査。急に決まった捜査で、地獄のような忙しさに違いない。


(丸投げするのは悪いか。いや、待てよ。フォレを利用すれば喧嘩は収まるかな?)


「そうだ、フォレ。とある女性が二人、大喧嘩しているんだ。止めてくれないか?」


「え、ヤツハ!? 」

「ちょっと、お待ちに!」


「そうなのですか? 一体どこで?」

「それは、」


「あ~あ~、ヤツハ待って、待って。そんな喧嘩どこにも起きてないじゃないの?」

「そ、そうですわよ、ヤツハさん。何か誤解されているのでは?」


「あっれ~、そうか? 今ここでお前たちが大声を上げていたような気がするんだけど?」


「そ、そ、それは、私はパティと魔導学について盛り上がっていただけよ!」

「え、ええ、その通りですわ。少々、声高になってしまったのなら謝罪しますわよ。ごめんなさい」


 二人は示し合わせたかのように誤魔化している。

 仲が良さそうでなによりだ。


「悪い、フォレ。どうやら、俺の勘違いだったらしい」

「はぁ、ならいいのですが」

「夕食だっけ。ちょうど俺も夕食取ろうとしてたし、一緒にどう?」

「ええ、そうですね」

「お前たちはどうする?」

 

 アプフェルとパティに尋ねると、アプフェルはすぐさま首を縦に振る。だけど、パティはなぜか唇を引き締め、寂しそうな表情を見せる。



「わたくしは……」

「パティ?」

「申し訳ありません。せっかくのお誘いですが、家の者がすでに今日の食事の準備を終えていますので」



 力のない響きで声を漏らす。

 彼女はお嬢様っぽいから、あまり自由が利かないみたい。

 隣ではアプフェルが複雑な表情をしている。

 なんだかんだで、パティのことを多少は気にかけているようだ。

 

「そっか。また、機会があれば」

「ええ、ありがとうヤツハさん。誘ってくれて」


「うん……んじゃ、フォレ。疲れてるところ悪いけど、大至急席を三人分確保してきてくれ」

「え、疲れていることがわかっているのに、私を扱き使うんですか?」

「フォレ、男。俺ら女。わかる?」

「ふふ、わかりました。それでは、お嬢様方のためにお席の準備をしてきますよ」



 軽い笑い声を置いて、フォレは宿の食堂へ向かっていった。

 そんな彼をアプフェルとパティは不思議そうに見ている。


「フォレ様、変わった?」

「あの方が、ジョークとはいえご不満を口にするなんて?」


 二人の声を聞いて、俺も心の中で頷く。

 たしかに、以前のフォレなら言い返したりせず、『わかりました、皆さんのお席を用意してきます』と、そんな感じで席の準備を行っていた。


(変わった理由は知っているけど、何か奇妙な感じだな。でも、以前よりもぐっと近くなったのは悪くない)



 それは二人も感じているようだ。


「以前は、フォレ様と私たちの間には見えない壁のようなものがあったのに、だけど今は……」

「ええ、穏やかで親しみ深さを感じながらも、フォレさんは一歩、わたくしたちから退いていた。そう今は……」


 二人を見ながら、自然と笑みが零れる。


(二人ともただ、フォレという人物に憧れを抱くだけじゃなくて、ちゃんと好きな相手として見ていたんだな。フォレ、良かったな。お前を支えてくれる人たちがいて…………それはさておき、羨ましいなぁ。美少女たちにこうも思われて……なんだか、ムカついてきた)


 

 フォレの悩みは深い。それは十二分に理解している……しかし、しかしだよ。みんな程度の差はあれ、悩みとはあるもんだ。

 そして、多くの人がなかなか他の誰かに相談できずに、一人で抱え込み苦しむ。

 そうだというのにフォレは、相談をしなくても思ってくれる人がいる。

 それが非常に憎たらしく羨ましい。


「席の確保は済みましたよ、ヤツハさん」

「そっか、ありがとう。ていっ」

「けほっ。ど、どうして、喉を突いたんですか?」

「お前はさぁ、すっごい大変そうだけど、結構恵まれているよねぇ」

「え、どういう意味でしょうか?」

「さぁね」


「ちょっと、ヤツハ。フォレ様になんてことを」

「そういえばヤツハさんって、フォレさんとどのようなご関係で?」


 二人は仲良く嫉妬の炎を瞳に宿している。

 やっぱり、気が合うんじゃないのか、この二人。


「ごめんごめん。フォレとはただの仕事仲間。喧嘩は終わったんだし、メシにしようぜ」

「喧嘩じゃない!」

「喧嘩ではありませんわよ!」


「はいはい。それじゃ、フォレ。席まで案内してくれ」

「仕事仲間……なんでしょう、この心の引っ掛かりは?」

「フォレ?」

「あ、失礼。こちらです」


「アプフェル、いくぞ」

「うん、わかった」

「じゃね、パティ。機会があれば、フォレとの食事の場を用意してやるよ」

「な、な、な……本当、ですの?」


 取り乱したとかと思ったら、冷静に耳打ちしてきた。

 パティという女、できるっ。


「任せとけ」

「ええ、期待して待ってますわっ。それじゃ、ごきげんよう!」


 パティは扇子をパシリと広げて、意気揚々と立ち去っていた。


「おう、じゃあな~……アプフェルさ~ん、後ろから蹴るのやめてくれませんか~?」

「まったく、余計な気を使って、このこのこの」

「痛いって。だって、可哀そうだろ」

「ふん、知らないっ」

「知らないって」


「あの~、二人とも、席に向かわないんですか?」



 フォレは眉を八の字に折り曲げて困り果てている。

 アプフェルは慌てて用意された席に歩いていく。

 俺も蹴られたスカートの埃をはたいて、二人のあとについていき、今日という日を美味い夕食で締めた。

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