第七章 それぞれの心
第46話 掃除サボリストのお嬢様
報告を終えたので、宿屋サンシュメへ戻る。
宿屋の近くまで来て、明後日には人身売買の捜査協力という面倒な仕事にため息をぶつけた。
「はぁ~、危険な仕事はしたくないんだけどなぁ、うん?」
「うっさいわねっ! 仕事さぼって逃げ出すような人に言われたくない!」
「お~ほっほっほ、逃げたわけではありませんわ。わたくしには不似合いな仕事だっただけのこと。適材適所という言葉をアプフェルさんはご存じではないのかしら?」
「にゃにを~」
宿の入り口の前で、誰かが言い合いをしている。
一人はアプフェルもの。
俺は物陰からそっと覗き見た。
アプフェルは見知らぬ女性に食って掛かっている。
相手の女性へ目を向ける。
「おお、金髪縦ロールっ! 初めて見た!」
喧嘩相手はボリュームのある蜂蜜色の長い髪を持つ女性。肩の前にはロールした髪が下がっている。
服装は豪華で白を基調としたドレス。肩の部分は大胆に開いていて、ふんわりとしたシルエットを浮かべるスカートを纏い、それは前丈が短く、後ろが長い。
左手に、先端がほわほわした毛で覆われた扇子を持っている。
頭には左に大きく傾いた円盤状の帽子。中心には優美な檸檬色の花が飾られていた。
服装も艶やかで美しいが容姿も負けていない。
瞳は碧眼。ピンっと張ったまつげ。凹凸のはっきりした肉体に、色香漂う唇。
身のこなしは気品に溢れ、見たまんまお嬢様。
「ふむぅ~、誰だろうね。気になる……でも、喧嘩中だし、こっちは疲れてるし、あんま関わりたくないな」
俺は身を屈めながら、二人の間を横切っていく。
「すんません、ちょっと前通ります」
「あら、わたくしとしたことが。ごめんなさい、ご迷惑だったわね」
「あ、ごめん。邪魔しちゃって、って、ヤツハ! 待ちなさいよ!」
アプフェルに首元の服をグッと掴まれる。
「ぐはっ。放せ! 俺を巻き込むな!」
「いいから、あんた私の味方しなさい!」
「事情もわからずにできるか。そして、事情は知りたくないっ。俺を家に帰してくれ!」
「実はさぁ」
「無視して話し始めるな!」
首元を引っ張られ、逃げられないようにヘッドロックを掛けられた。
そして、強制的に事情を聞かされる。
喧嘩相手はパティスリー=ピール=フィナンシェという貴族のお嬢様だそうだ。
彼女はアプフェルと同じ国立学士館の魔導生。成績においてアプフェルと対を為す存在。
そして、時計塔の掃除をさぼった人物。
その件について、アプフェルは怒っている。それ以外にも細かい不満を募らせている。
今日はばったり宿屋の前で出会ってしまい、軽い口論から発展し、積もり積もった不満が爆発したらしい。
「ほら、ヤツハも何か言ってやってよ」
「言ってやってよって言われてもなぁ。え~っと、パティスリーさん?」
「パティで結構よ。あなたは? アプフェルさんとはどのようなご関係なの?」
「あ、失礼。ヤツハって言います。アプフェルとは……友達?」
「友達でしょ! なんで、疑問形なのよ!?」
「お~ほっほっほ、アプフェルさんのお友達なんて、なかなか面白い冗談を仰るのね」
「パティ~! ヤツハ、はっきり私の友達って言い返しなさいよ」
「はい、友達です……」
肩を落としながら、仕方なく答える。しょうもない喧嘩に巻き込まれたくないんだけど……。
「ほらね、ヤツハは私の友達よ」
「とてもそうは見えませんけど?」
「うるさいっ。ふん、あんたみたいな万年ぼっちには、どんな人が友達なんてわかんないのよ」
「ふふん、ぼっちではありませんわ。ただ、わたくしと釣り合う相手がいないだけ。孤高の頂に立つ者は、おいそれと対等の友人を見つけられないんですのよ」
「それをぼっちっていうの!」
「あのさぁ、二人ともぼっち同士仲良くできないの?」
「ぼっちじゃないっ!」「一緒にしないで下さりません!」
二人ともほぼ同時に、こちらへ顔を向けて目に角を立てる。
意外と気が合ってるんじゃないのか?
「はいはい、ごめんなさい。で、何が原因? 時計塔の掃除の件?」
「そう、パティが。まぁ、それだけじゃないけど。とにかく、あの一件の謝罪くらいしてもらうからね」
「わたくしが、アプフェルさんに? 何のご冗談かしら?」
「このおんなぁ~」
「落ち着けってアプフェル。パティ、でいいんだな?」
「ええ、ご自由に」
「何か事情があったとしても、時計塔の掃除をアプフェル一人に押し付けたのは事実だし、ここは退いてくれないか?」
「……そうですわね、たしかに、でも……」
「パティがサボったおかげで俺が代わりに掃除に行ったけど、あれ一人で掃除をしてたらかなり大変だったぞ」
「あなたが? それは大変申し訳ないことをしてしまいました。ごめんなさい」
パティは扇子をたたみ、深く頭を下げた。
その仕草を見たアプフェルが吠える。
「なんでヤツハには謝るのに、私には謝らないの!?」
「さぁ~、どうしてかしらねぇ。おっほっほっほ」
パティが高笑いを上げると、アプフェルは顔を真っ赤にして怒りに湯気を上げる。
これでは埒が明かない。
どうしたものかと頭を抱えていたところに、フォレの声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます