第44話 フォレの過去
荒れ狂う感情を無理やり抑え込んでいるフォレに、俺は
「フォレ、らしくないぞ。なんで、そこまで?」
「なぜって……
「覚えるよ。カルア死ねと思う。話を聞いたときは、一瞬頭に血が上った。だけど、それ以上にお前のことが心配だし」
「え?」
「というか、いきなり俺以上にキレられたら、出る幕がないというか、逆に冷静になっちゃうというか。冷静になるとさ、暴走しているお前の方が心配になるわけだよ」
「あ……すみません。『俺』は」
「ふふ、『俺』、か。普段は猫被ってるんだな、お前」
「……ええ、そうですね。普段の私は、自分を偽っています」
「ふ~ん、少し話してほしいな、お前のこと」
俺はちらりとサシオンに目を向けた。
彼は無言で小さく首を縦に動かす。
俺はもう一度、フォレに向かい、尋ねる。
「そんだけ怒るんだ。何かあるんだろ、理由が?」
「私は……」
フォレは言葉途中、一拍置き、覚悟を決めるように頷き、言葉を続けた。
「俺は貧民街出身で、そこで多くの汚いもの見てきました……力のない者が理不尽に蹂躙される様を。腹立たしかった。悔しかった。しかし、親から捨てられた俺は、毎日をどう生き抜くかが精一杯で、何もできなかった」
「親に……?」
「ええ、そうです。父は、母が俺を身籠るとすぐに消え、母も生活が苦しく俺を捨てた。そしては俺は、生きるために、憎しみを向けた連中に愛想を振りまき、物乞いをするしかなかった…………でも、ある日のこと、団長……サシオン様に出会ったのです」
フォレは
貧しさ、暴力、弱さ。
幼いフォレの心は完全に闇に閉ざされていた。
しかし、彼の前に闇を切り裂く光が現れた。
光の名は『王都
サシオンはフォレにとって絶対的な恐怖であった悪を事も無げに
幼いフォレはサシオンの袖を掴む。
連れて行って欲しい、と。
それからというもの、フォレはサシオンのそばでずっと彼の正義を見てきた。
如何なる悪にも屈することなく、正義を示し続ける彼の姿を。
サシオン=コンベルはフォレの憧れであり、理想であった。
フォレ自身もまた、理想へ近づこうと努力をたゆまぬ。
しかし、過去の出来事がフォレの心に染みとなって残る。
――他者に対する不信。
それでも、彼は自身の理想の姿を取ろうと正義の自分を演じ続ける。
しかし、如何なる悪も許さず正義であろうとすればするほどに、心は深く淀んでいく。
初めて俺と出会った時も、フォレは手を差し伸べながらも、まず疑った。
この女は本当に信用できる存在なのか、と。
正義と不信……己の心に宿る矛盾が、常に彼の重石となって彼を苦しめ続けていた。
「俺はさもしい男なんです。自分自身を正義と見せるために、自分を欺き続けている。本当の自分は正義とはほど遠い存在。疑り深く、壁を作っている。そうだというのに、正義を渇望してやまない。だからこそ、悪を憎もうとする。本当に、自分勝手で、わがままな存在なんです」
語り終えたフォレは、壁に背を預けて、頭を押さえて俯いている。
涙を流している様子はない。だけど、泣いているのだろう……。
サシオンは口を閉じ、一切語らない。
無音の
こんな空気に、俺は、俺は――――耐えられないので壊します。
「あほか、お前はっ!」
「え? ヤツハ、さん」
「お前がさ、どんなに苦しい思いをしてきたか、知らんよ俺は。でもさ、頑張ってんじゃん。俺から見れば、本当にお前はすごいよ」
「でも、しかし」
「お黙り! お前は正義であろうとしたんだろう。で、実行できてる。それだけで十分じゃん。むしろ、それ以上を望もうとするなんて、ぜいたくな奴。やだね~、持ってる奴は」
「持ってるって、何を?」
「才能だよっ。実力だよ! そして、努力する心だよっ! フォレ、努力を続けるお前は尊い。だけど、それが苦しいってんなら、やめたっていい。もし、誰かが文句を言ってきたら、俺がぶんなぐってやる!!」
「ヤツハさん……」
「でも、まだ正義を続けたいってんなら、俺を頼れ。俺だけじゃない、アプフェルだっている。トルテさんだっている。ピケだって助けてくれるさ」
「あ、あ、……俺は……」
「お前が子どものころに見てきた光景。受けた傷は俺にはわからない。でも、愚痴ぐらいは言えるだろ……だから、なっ」
俺はフォレに手を差し伸ばした。
フォレは手を少し上げる。彼の手は小刻みに震えている。
俺は待つ、彼が自分から手を握ってくれることに。
フォレは数度のためらいを見せて、俺の手を優しく握りしめた。
「ヤツハさん、ありがとう。頼りにさせてもらいます」
「おう、それなりに期待してくれ」
「それなりですか?」
「当たり前だろ。そんなに期待されたら困る」
「……はは、ヤツハさんらしい」
「らしいってなんだよ、らしいって。ふふ、まったく世話の焼ける奴」
俺とフォレは互いに柔らかな笑みを浮かべる。
俺は視線を少しずらして、サシオンを覗き見る。
サシオンも柔らかな笑みを浮かべて、俺たちを見ていた。
そんな彼の笑みに、嫌味をぶつける。
「本当なら、お前の役目だろ。サシオン!」
「ふむ、たしかに。しかし、フォレは私に遠慮をして、何も話してくれなくてな。寂しい限りだ」
「わ、私は……相談したい時だってありましたよ。でも、いつもお忙しそうだから……」
「無用な遠慮だ。私もお前の愚痴くらいならいくらでも付き合うぞ」
「ありがとうございます。ならば、早速伝えたいことがあります」
「ほぉ、なんだ?」
「私は、あなたに少々幻滅しています。常に正義を体現してくれたあなたは、ヤツハさんを脅し、利用し、さらにはカルア様の愚行を取り締まれずにいる」
「ふむ、耳が痛いな。だが、残念至極ではあるが、私はお前をさらに幻滅させることになる」
「え?」
「ヤツハ殿。カルア様は
サシオンは僅かに口角を上げて、俺を見つめた。
その姿にすぐ、何を言いたいのかピンときた。
「うん……はっ、お前っ!? 最悪だな、ほんとっ!」
「どうしたんです、ヤツハさん?」
「フォレ、怒れ。お前の正義でこいつを切れ!」
「いや、何のことがわからないんですが?」
「サシオンはこの俺に競売にかけられてこいって言ってんだよ」
「え……ま、まさか、ヤツハさんを潜入させる気ですか、サシオン様?」
サシオンはフォレの問いに、深く椅子に腰を掛けて、答える。
「その通りだ」
「なぜっ!?」
「カルア様が人身売買を行っていることは明白。されども、証拠はない。そこでヤツハ殿には、カルア様と繋がる証拠を見つけてきてもらいたいのだ」
「なんてことをっ。ヤツハさん、絶対にこんな話に耳を貸してはいけませんよ!」
「……うん、なるほどね。だからか……」
「ヤツハさん、どうしました?」
「いや、俺を手駒にしたい理由って、今のが一番の理由だったんだなって思ったわけ」
美しい男女が競売にかけられている。
そこに俺、見目麗しいヤツハを潜入させて、内部を調査して貰いたかった。
そこで、カルアに繋がる証拠が見つかれば良し。見つからなくても何ら痛手はない。
仮に潜入中に正体がバレても、俺はサシオンの仲間ではないから知らぬ存ぜぬで通せる。
フォレもそこに行き当たり、憤怒の表情をサシオンに向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます