第43話 王都の闇

――サシオン邸・夕刻前



 時計塔のマヨマヨのことはまた会う機会があれば考えることにして、今は目の前にある仕事のことを考える。

 掃除が思った以上に早く終わり、午後の時間に余裕が出来たので、早朝にまとめておいた報告書を片手にサシオンの屋敷へ訪れた。

 

 

 

 執務室に入ると、彼は相変わらず紙の山の中で仕事をこなしている。


「似たような書類ばっかりなのに、よく把握できるね」

「他の者にはそう見えようが、しっかりと優先を仕分け、種別に対応できるようになっている。うむ、ここで良いか」


 彼は一枚の書類にさらりとサインを走らせ、ペンを置く。そして、俺の方へ顔を向けた。


「何か、わかったのか?」

「具体的なことはさっぱり。ただ、あの賭博場は囮。本命は別にある」

「ほぉ、本命とは?」


「賭博場の奥には狭い部屋があって、そこには金を持ってそうな奴だけが入っていった。だけど、中から誰も出てこない。おそらく、あの部屋は入り口。どこかへ通じている」

「それはどこへ?」

「どこへ通じているかまでは調べていない。だけど、通路となっている道はわかる……上水道だ」


 俺はまとめた報告書を、サシオンの机に置いた。

 彼は報告書の文字を目で追いながら、僅かに眉を顰める。


 

 俺は賭博場で水のようなジュースを手にした時、かつて上水道の整備をしていたおじいちゃんの話を思い出した。


 王都の地下には水路が張り巡らされている。

 奥にある小部屋は、水路と繋がっており、部屋に入っていった者をどこかへ案内している。


 違法賭博場を行っている者――王族のカルアのことだが、こいつは庶民を囮にしてるのだろう。

 万が一、あの賭博場が摘発されても、捕まるのは下っ端の関係者と庶民だけ。

 富裕層、貴族をどこか別の安全な場所に案内している。

 


「と、まぁ、わかったのは表面だけど。具体的に金持ち連中をどこに案内し、何をしているかまではわからない。だけど、ここからはあんたらの役目だろ」

「やはり、地下水路か……本来ならば、水路の地図は一部の人間にしか手に入らないもの。しかし、王族のカルア様なら入手が容易たやすいであろうからな」


「やはり? もしかして、地下水路のことはわかっていたの?」


「賭博場には私の子飼いの者を潜り込ませたことがあるのでな」

「だったら、俺の調査なんか必要なかったじゃん」

「なるべくならば、調査というものは、違う視点を持つ者が二重三重に行う方が良い」


「裏付けのためってこと?」


「それもあるが、ヤツハ殿の実力が如何いかほどのものか見たかった。そこが本命だ」

「俺が本当に使える手駒かどうか、試したってわけかっ。嫌な奴。くそ、こんなことならサボってりゃよかった!」


「そうだな。だが、催促したわけでもないのにしっかりと仕事をこなした」

「それは……一応、大金貰ってるわけだし」


「対価に見合う働きを行おうとする。それを人は、責任感と呼ぶのだ。ふふ、ヤツハ殿は責任を果たせる御仁というわけだ」

「ぐっ、どこまでも嫌な奴……」



 今回、地下水路という答えに行きつき、さらには仕事に対する誠実さを見せた俺は、見事にサシオンの試験に合格してしまったことになる。

 つまり、これからもサシオンの手駒として使われるということ。


 悪態をつく俺を、サシオンは穏やかに見ている。

 大人の余裕という姿がどこまでも鼻につく。

 だけど、返す言葉も思いつかず、歯ぎしりするのがやっと。

 そこにノックの音が響く――扉の外からフォレの声が聞こえてくる。


「失礼します、団長。お時間をよろしいでしょうか?」

「ああ、構わぬ」



 返事をもらい、フォレは扉を開いて執務室の中に入ってきた。

 彼は俺の姿に目を止めると、すぐに挨拶の言葉を口にした。


「こんにちは、ヤツハさん。お仕事ですか?」

「まぁね。そうだぁ、聞いてよ~。サシオンがさぁ、ほんっと、嫌な奴でさぁ」

「ヤ、ヤツハさん、いくら何でもそのような態度は」


「はっはっは、構わぬよ。ヤツハ殿のお気持ちはよく分かるからな」

「そういう態度がムカつくんじゃ。まったくっ。フォレはサシオンに用事があるんだろ? 俺の用事は終わったから、帰るね」


 サシオンにベロを出して、フォレに軽く声をかける。そして、さっさと部屋から出ていこうとしたのが、サシオンが呼び止めてきた。

 俺は思いっきりのしかめっ面を見せながら振り向く。



「私の要件は終わっていないぞ、ヤツハ殿」

「え~、まだ何かあるの~?」

「ふふ、嫌われたものだな。フォレ、急ぎの用向きでなければ、お前の話は少し待ってもらえるか?」


「ええ、どうぞ。しかし、私がいても?」」

「賭博場の一件だ。むしろ、お前に居てもらわねば困る」

「そうですか。では」



 フォレは一歩引いて、壁際に寄った。

 場の中心を俺に譲ったようなので、扉からサシオンが座る机の前に戻ることにした。


「それで、なに?」

「報告書にある街の声に、人攫ひとさらいの記述があるということは、王都周辺の事情は把握しているのだな?」

「うん、街のおばさんからここ数か月、人攫いが頻発してるって聞いてるけど」


「そうか……実はカルア様が王都へお戻りになって以降、周辺の村々の若い男女が突如として攫われる事件が多発している。また、エルフや人狼、ケットシーといった見目が美しく心を癒すような種族も多くな」


「うん……え?」

「彼らの多くは、水路の先にある屋敷に捉えられている」

「ちょっと、まて!? それって!」


 語気は強くなり、言葉は荒ぶる。しかし、俺以上の感情極まる声が、俺の言葉をかき消した。



「まさか、カルア様は人身の取引をっ!?」



 フォレは壁際から弾け出すかのように、サシオンの机に迫った。

 あの様子から、彼は地下水路の先で何が行われているのか知らされていなかったようだ。

「ふむ、調べはついている。間違いなくカルア様は、攫った者たちを奴隷として売り捌いている」

「そんな……あの男っ、そこまで堕ちたかっ!」


 フォレは踵を返し、俺を押しのけ、部屋から飛び出していこうとする。そこにサシオンの怒号が飛ぶ。

「落ち着けっ、フォレ。何をするつもりだっ!」

「何って、決まっているでしょうっ。今すぐにでもカルアをっ!!」

「証拠もなく、何とする気だっ?」

「それはっ……くそっ!」



 物腰柔らかなフォレの口から吐き出たとは思えない、汚い言葉……彼は荒々しく自身の拳を手で合わせ打つ。

 彼のあまりの変わりように俺は驚いて、口をパクパクさせる以外できなかった。

 サシオンはこちらへ顔を向けて、謝罪の言葉を唱える。


「驚かせてしまい、申し訳ない。フォレは感情的なると己を制御できないところがあるゆえ」

「え、いや、大丈夫だけど……」


 俺は顔をサシオンに向けたまま、目だけをこそりとフォレに向ける。

 彼は拳を強く握りしめて、怒りの表情を隠さず表していた。

 サシオンはそんな彼に呼びかける。


「フォレ、ヤツハ殿が怯えているぞ。己を律しよ」

「……サシオン様。団長はカルアがやっていたことを把握していたのですよね!? どうして、私にこのことをお話にならなかったのですかっ!?」

「それは、私から聞かねば、わからぬことか?」

「……クッ!」



 フォレは奥歯をギリっと噛みしめる。

 そう、フォレに話さなかったのは誰の目から見ても明らかだ。

 話せば、彼は感情を爆発させて暴走していた。

 

 正義を常に伴侶と置くフォレ。

 付き合いは短いけど、俺は十分にそのことを知っている。

 しかし、そうでもあっても、温厚なフォレがどうしてここまで怒りを露わにするのか、不思議に感じざるを得なかった。

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