第五章 空間の魔法使いヤツハ(仮)

第30話 危険なエクレル先生

 次の日の早朝。

 早朝というか、まだ朝日も昇っていない……眠い……。

 アクタに来て以降、夜はやることなくて午後九時ぐらいには寝ているとはいえ、さすがに早すぎる。



「ふぉ~、はふっ」

 欠伸を噛み殺しながら、魔導師エクレルとかいう人の屋敷までやってきた。

 まだ、周りは薄暗いため屋敷の様子や外観はわかりかねるが、結構大きい感じ。

 俺の背丈の倍はある壁が、屋敷を囲んでいる。

 屋敷本体は二階建てのレンガの積みっぽい感じで、白っぽい灰色の外壁に茶色の屋根。

 たぶん……暗いので自信ないけど。

 


 屋敷の入り口に人影が見える。フォレだ。


「おはよう、フォレ。ふぁ~、眠いね」

「おはようございます、ヤツハさん」

「お前がここにいるなら、ここがエクレル先生とやらの家で間違ってないわけか」

「ええ、そうです」

「エクレル先生かぁ。あ、そうだ、今日からお世話になります。フォレ先生、押忍」

 

 俺は軽く腰を落として空手家のような挨拶を決める。

 フォレはそれに対して、苦笑いを浮かべた。


「先生はやめてくださいよ、ヤツハさん」

「はは。でも、よくサシオンが許可したな。お前だって忙しいはずなのに」

「ええ、かなり無理を通しました。本当はヤツハさんのお仕事の相棒を名乗り出たんですが、さすがにそれは許可が下りずに……」


 彼は悲しそうな、そして恥ずかしそうなと不思議な表情を顔に出す。


「ふふ、ありがとう。俺のために無理してくれて」

「そ、そんな、騎士として、女性の支えとなるのは当然ですから」

「なんだよっ、騎士としてかよ!」

「え?」

「そこは友達としてって言ってくれよ。寂しいじゃん」

「友達……友……そうですね。友として、あなたの支えになりたかった」



 フォレは俺の軽口を真面目に受け取り、嬉しそうでいて寂しそうな顔をする。

(くすっ、まったく、コロコロと表情を変えるやつだな)


 俺は軽口で友達といったけど、心の中ではフォレを友達として受け入れている。

 地球にいた頃は、さわやかイケメンなんて知人でも欲しくなかったのに。

 

 俺は笑顔を浮かべ、改めて礼を述べる。

「ふふ、ほんと、ありがと」

「いえ」

「しかし、まさかこの俺が、お前のことを気に入るとはね~」

「えっ!?」

「最初会ったときはいけ好かないやつだと思ったのに」

「ええっ、そうなんですか?」


「今だから言うけどさ、あんまりタイプの人間じゃなかったんだよねぇ」

「ああ、そう、ですか……」

「でも、ま、話してみるとフォレみたいなタイプと付き合うのも悪くないなって」

「そうですかっ」

「うん、こんなタイプの友達も悪くないな。今はそう感じてる」

「友……そう、ですか……」


「なんだよ、さっきから『そうですか』しか言ってないぞ、お前」

「そうですね……そろそろ、屋敷に入りましょうか」

「……うん」


 なぜか、落ち込んでいる気がするけど、気のせいだろうか?

 

 

 何だかよくわからないけど、気落ちした感じのフォレに案内される。

 屋敷の前の鉄柵の門をくぐり、前庭を通って、玄関へ到着。

 玄関を開くとすぐに、まばゆい蝋燭の光が目にみる。


「急に暗いところから明るい場所に来ると目にくるなぁ」

「大丈夫ですか?」

「まぁ、何とか……」


 目頭を押さえて、何度かムニムニと揉んでから、辺りを見回す。

 天井には無駄に豪華なシャンデリア。

 部屋の壁には、適当に色を塗り重ねたテーマ不明の絵画。

 他には洒落た白磁器の花瓶があったり、なんだかよくわからんねじ曲がった銅像が置いてあったりする。

 

 正面には階段。

 階段は二階の右隅から、弧の字を描くように一階まで伸びている。

 その階段から人影が降りてきて、階段の三段目で足を止めた。



「いらっしゃい。フォレちゃん」

「エクレル先生。この度は練習の場を貸していただきありがとうございます」

「いいのよ~。サシオン様とフォレちゃんの頼みだからね」


 エクレル先生と呼ばれた人は、20代半ばほどの女性。

 魔導の先生というから、年配の方を想像していたのでちょっと意外。

 

 彼女はしっとりとした長く美しい青みがかった黒髪を持ち、表情は柔和で美しく、母性と知性が同居する落ち着いた大人の女性。

 髪の一部には徳利の形をしたアクセサリーが数本付いている。内部は筒状になっているようで、そこから髪を通しているみたいだ。

 


 衣装は光を織ったような絹衣きぬえを纏い、袖口や襟の部分には一族を表す紋章の刺繍があった。

 紋章は鳥居の形を湾曲に変化させた感じのもの。

 また、肘には飾り布をつけていた。

 

 フォレは手の平をこちらに差し向けて、俺のこと紹介する。



「こちらが、お話したヤツハさんです」

「あ、ども、ヤツハです」

「あなたが……まぁっ!」


 エクレル先生は階段からぴょこんと飛び降りたかと思うと、瞬時にして俺の眼前に顔を近づけてきた。

 彼女はキラキラと輝きを放つ紫色の瞳を見せて、俺のことをじっとのぞき込む。


「あ、あの、何でしょうか?」

「あ、あなた……綺麗な子ね~」

「へ? うぷしゅっ!?」


 先生は突然、俺を抱きしめてきた。

 顔がおっきな胸に埋まり、息ができない。

 しかし、彼女はそれに気づかない様子で、ぎゅっぎゅっと、抱きしめる力を強めていく。


「や~ん、可愛い可愛いっ」

「うぐぐ、ぬぐぐ、ぐぐぐぐっ」

「エクレル先生、ヤツハさんが窒息してしまいますから!」

「まぁ、ごめんなさいねぇ」


 フォレの一言で、窒息死寸前のところで解放される。


「ぷは~っ! スーハー! スーハー! はぁはぁ、な、なんなんだ、この人はいきなり!?」

「すみません、ヤツハさん。エクレル先生は可愛い子に目がなくて」

「え? それって……」


 瞳をフルフルと震えさせながら、エクレル先生を見る。

 先生は手を横にひらひらと動かして、俺が頭の中に描いたことを否定する。



「違うわよ~。別に同性が好きってわけじゃないわよ。ただ、綺麗なものや可愛いものに目がないだけで」

「はぁ、そうなんだ……」

「ま、可愛ければ、男の子でも女の子でも両方いけるんだけどねぇ」


 と、言いながら、獲物を狙う蛇の視線を乗せてくる。

 第一印象は知的で優しげな女性だったが、実はとんでもない爆弾を抱えた女の人だ。



「フォレ。この人、大丈夫か? いくら、相手が美人さんでも、こんなのやだぞ。なんか、こわい」

「先生もそこら辺の境界線はわかってますから。おそらく……」

「おそらくっ?」

「ま、まぁ、魔導師としての腕は確かですし、何より、剣の稽古場を貸していただけるので、多少は……」

「我慢しろって? その見返りが貞操の危機じゃ割に合わねぇよ」



 ちらりとエクレル先生に視線を送ると、何故か先生はしかめ面で俺を見ていた。


「美しく、目にする人々の心を奪う少女。そんな女の子なのに……言葉遣いや性格は残念ねぇ~」


 彼女は頬に手を当てながら、ほふっとため息をつく。

 その様子を見て、フォレは俺に声をかけてくる。


「よかったですね。興味が削がれたみたいですよ」

「ああ。でも、なんか納得できない!」

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