第31話 空間魔法
色々とごたごたしてしまったけど、とりあえず互いの紹介を済ませる。
エクレル先生はアステル
先生の専門は空間魔法。そのエキスパート。
ただし、エキスパートといっても空間魔法は魔導学に
功績が望めない分野でありながら、さらに魔導学の中では最も難しい学問らしい。
これでは誰も学ぼうとしないのも頷ける。
空間魔法は並みの魔導師には扱えない代物――扱えたとしても、実用レベルで使える者はまずいない。
だけど、エクレル先生は高位の空間魔導師なので、空間魔法の花形、転送魔法を使えるそうだ。
だが、転送を妨害する結界を張られると転送は不可能になるため、使い道は限られる。
いまいち使いどころがない空間魔法だけど、先生は空間魔法以外の総ての魔導を修めるエリート魔導師だから、教師役としては申し分ない。
おまけに、練習場まで提供してくれた。
屋敷の地下にある練習場へ移動する。
練習場は金属でできた重々しい扉で閉ざされていた。
先生が何かの呪文を唱えると、轟音を鳴らして扉が開いていく。
扉の先には、学校の体育館ほどの何もない部屋が広がっていた。
部屋からは流れ出た空気には、何かが焦げた匂いが含まれている。
「スンスン、何の匂い?」
「ああ~、最近、炎の魔法を盛大に爆発させたから、匂いが残っているみたいねぇ」
「爆発って、一体、何をしようと……?」
「ここでは色んな魔法の実験をしているの。頑丈に作ってあるから多少の無茶もできるし、地下だから防音効果もあるし、何より誰の目にも止まらないからね。魔導の研究は危険が伴うから、安全かつ盗み見られない場所でしないといけないの」
「はぁ、なるほど。となると、俺が剣の稽古をする場所としてもふさわしいわけか」
人気の高いフォレ直々の稽古。
密偵の件を抜いても、街の人たちは口々に噂話を重ねるに違いない。特にフォレのファンである女性たちが。
殺風景な部屋の中央までやって来たところで、俺は二人に尋ねた。
「それで、何するの? 準備運動? 走り込みとか?」
「もちろん準備運動は必要ですが、まずはエクレル先生に魔法の適正を見てもらいます」
「ああ、そういえば適正が必要なんだっけ。んじゃ、何をするかわからないけど、先生よろしくです」
「はいは~い。じゃあ、ヤツハちゃん。私のそばに来てね」
笑顔で手招きをしているけど……なんだか、胡散臭い。大丈夫か、とフォレに目を向けるが、特に変わった様子はない。
いまいち不安だけど、先生のそばへ寄ってみた。
「ではでは、体から力を抜いてリラックスしてね。そして、目を瞑って、深呼吸を」
「はい」
言われた通り、目を瞑り、深呼吸を繰り返す。
「そうそう、そのままずっと繰り返して~」
先生の声が近づいてくる。
「では、私がいいと言うまで、目を瞑ったままで動いちゃだめよ~」
先生の声は耳そばで響く。
すると、お尻の部分にさわりと何かが当たった。
それは何度も何度も繰り返し、お尻の表面を行ったり来たりする。
さわさわと、産毛を触るようなむず痒い感覚がお尻を包み込む。
「ちょっ、くっ、何っ?」
「動いちゃだめよ。すぐに済むから」
「すぐにって、うくぅ」
感触はお尻から太ももに移り、そろそろと股下の付け根を目指して動いている。
「や、まってっ」
「だめだめ、がまんがまん」
「だから、ま……まってって。あひ」
感触が増えた。
お尻と太ももを
「クッ、も、もうっ」
「先生、何をやっているんですか!」
フォレの怒気を含んだ声が響き、俺はすぐに目を開けた。
彼は先生の両手を握り締めて、無理やり万歳のポーズを取らせている。
「もう、フォレちゃんっ! 私のお楽しみを邪魔するなんてぇ」
「あんまり妙な真似しないでくださいよ。ヤツハさんが困っているじゃないですか。大丈夫ですか、ヤツハさん」
「え、ああ、うん。今の何だったの?」
「それは、エクレル先生がヤツハさんに悪ふざけを……」
「はっ? それってあれか、ただの痴漢行為ってこと?」
先生に視線をぶつけると、とぼけた様子で視線を避ける。
「はぁ~、ふざけんなよ。こっちは真剣なのにっ! フォレももう少し早く助けてくれよ!」
「あ、いや、すみません。突然の出来事だったので、どうしていいかわからず」
フォレは顔を真っ赤に染め上げて、何もない場所に顔を向けている。
どうやら、俺の痴態に見入っていたみたいだ。
フォレも男ということか。まぁ、わからないでもないけど。
「まったく、先生、真面目にやろうよ。こっちは眠いの我慢してるのにっ」
「まぁまぁ、ごめんなさいね。つい、チャンスだと思っちゃって」
「あのね。同性同士だから冗談で通る部分があるけど、男だったら容赦なく豚箱行きだからね」
「私が男だったら、こんなことしてないわよ~」
「た、たちが悪いな」
「うふふふ」
にこやかな笑顔を見せて、見たまんま笑ってごまかしている。
俺は大仰に首を横に振って、先生を睨みつける。
「次やったら、両腕の骨をボッキリと折るから」
「え……ごめんなさい。ねぇ、フォレちゃん、フォレちゃん。意外にヤツハちゃんって、怖いこと言う子なのね」
「……ヤツハさんが怖いことを口にしないように、先生、ここは真面目に」
「わかったわよ。それじゃ改めて。ヤツハちゃん、目を瞑って、深呼吸して」
「う~ん、わかった……」
さっきの今では非常にやりにくいが、仕方ないので言われた通りにした。
先生の声はその場から動かず、何度も深呼吸をするように促す。
しばらく深呼吸を繰り返して、目を開けるように指示が出た。
「さぁ、目を開けて」
「ふぅ~、はい」
「心と体は落ち着いてる?」
「うん、まぁ。気持ちを落ち着かせたいくせに身体を
「ふふふ」
「また、笑ってごまかす」
「まぁまぁ、落ち着いて。では、こちらへきて、この卵を握って」
先生は鈍い光沢のある、銀色の金属っぽい卵を俺に手渡してきた。
卵は見た目通り、ズシリと重みがある。
「今から
「両手に力ねぇ」
なんだか、漠然とした指示だけど、卵を包む両手に体中の力が集まるように念じてみる。
すると、パチリと電気のような衝撃が走った。
「いつっ! なんか、パチッと来たけど」
「あら、おめでとう。ヤツハちゃんには魔導の才能があるみたいね」
「え、こんなんであるっていうの?」
「才能のない人には何も起きないからね。では、さっそく卵を割ってみましょう」
「割るの? これを?」
見た目は金属製の卵。とても、普通の卵のように割れる気がしない。
先生はどこからともなく空中にふわりと真っ白なお皿を生んで、そこで卵を割るように催促してくる。
俺は卵を右手に持ち、皿のふちに卵を近づけて殻をたたき割ろうとした。
そこで卵が、ある奇妙な変化を遂げていることに気づく。
(あれ、軽くなってる。最初に持ったときは重かったのに……)
「どうしたの、ヤツハちゃん?」
「いや、えっと。とりあえず、割ってみる」
再び、卵を皿のふちに近づけて、殻をぶつける。
すると、力を込めて叩きつけたわけでもないのに、何故か卵は、皿に半分以上めり込んでしまった。
驚き、殻を見つめる。殻は非常に薄くなっていて中身は全く入っていない。
「なにこれ? 欠陥品? ねぇ、エクレル先生?」
呼びかけるが、先生は俺を見ていない。
彼女は身体をわなわなと震わせながら、目を見開き卵を見ている。
「う、嘘……こんなことが……」
「あのぉ、どうしたんすか? 何かヤバいことでも?」
「ふ……ふふ、ふふふ、まさか。そう、奇跡かしら? それとも運命? ヤツハちゃん」
フワフワとしていた先生の表情は真剣な面持ちへと変わり、まっすぐ射貫くような紫の瞳をこちらに向けてくる。
「な、何ですか?」
「ようこそ、魔導の世界へ。あなたには私の知り得る限りの、空間魔法の秘儀を伝えましょう」
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