第4話 行方不明の子


 もしかして……


 ふいにジルを見てしまう。


 ジルは俺と目が合うと顔を傾けて、それからニッコリと笑う。最近はこの笑顔に癒されている俺がいる。

 そんなジルを見てふと考える。


 王都に連れてきた子供達。あれから10年経っているから、ジルがその時の子供だったとしたら年齢的に合うのか……


 正直顔は覚えていない。みんなボロボロで髪は伸ばし放題で顔もハッキリ見えず、恐怖からか誰もが下を向いていた。

 あの時は助けてやれたと思った。けれどそうじゃなかった。


 ある子は娼館に売られ、安い賃金で一日に何人もの男の相手をさせられていた。

 ある子は下働きとして雇われ、賃金もなく毎日こき使われていた。

 ある子は王城地下に幽閉されていた。

 

 他にあと一人子供がいたが、王都以外に連れていかれたようで、消息が分からない状態だ。


 侯爵家には暗部がある。それは他の貴族や王族にもあるだろうが、俺が養子に入ったレーディン侯爵家の暗部組織は特に秀でていた。俺にはその才能もあったようで、時々訓練と称して現場に連れていかれたものだ。

 そこで知り合った仲間に頼んで子供達の行方を調べさせ、助け出させたのだ。


 聖女の奪われた物を探す旅をしてはいるが、行方の知れないその子を探すのも、今の俺の課せられた事だと思っている。


 野宿をしている森の中で食事を二人で摂っている時に、その事をジルに聞いてみた。



「なぁジル。ジルはその……親とかはいるのか?」


「……んーん……」


「いないのか……では故郷は何処だ?」


「…………」



 そう聞くと、ジルはコテリと首を横に傾けてから下を向いた。

 言いたくなかったのかどうなのか、けれど悲しそうに俯く状態のジルに、これ以上聞いてはいけないと思った。



「あ、いや、すまない。探っているとか、そう言う訳ではないんだ。その……探している子がいるんだ。もしかしてそれがジルだったのかと思ってしまってな」


「え……」


「昔助けたと思った子供達がいたんだ。けれどそうじゃなかった。その子達を助けたと思ったのは俺の驕りで、結果その子達の不幸な状態は何も変わらなかったんだ。見つけられていない子がいたら安否を確認して、もし虐げられているのなら今度こそ助け出してやりたいと、そう思っているんだ」


「…………」


「ジルがそうじゃないなら、それで良い。変な事を聞いて悪かったな」



 そう言うと、ジルは首を横に振った。それからニッコリ微笑む。もしジルがそうであったとしても、今はこんな風に笑えてるから問題はなさそうだが。

 何が嬉しいのか楽しいのか、そうやってジルはいつも俺に微笑む。言葉は無くても、それだけで良いと思ってしまう。


 ジルは発育途中の男子のようであどけなく、それでいて母性を思わせるような優しい雰囲気を醸し出す。

 しかし魔物と対峙した時はその様相を変え、立ち向かっていく姿は雄々しくも凛々しく見える。それ以外はさっぱりだが……


 こんな風に頼りなげで、一人でジルは生きていけるのか。最初の頃に比べればマシになったが歩くのも遅いし、食べ物一つ購入する事すら知らなかったようなのだ。世間一般の常識を知らずに生きてきたようで、街に行くと全ての事に驚いていた。


 それを一から教えていき、現在に至っている。

 本当に何処の令息か令嬢か。そう感じても、立ち居振舞いは全く貴族とは思えない。フォークもナイフも上手く使えない。ナイフで物一つ切るのも難しそうだ。

 だからステーキなんかを食べる時は、俺が細かく切ってやる。全く、自分でも世話焼きになったものだと思わさせられる。


 けれどやっぱり魔法の力は凄くって、洗濯しなくても浄化の魔法で着ている物や体も常に綺麗な状態を保っていられる。旅をしている者にとってこれ程便利なものはなく、これにはついジルの申し出を快く受け入れてしまった。

 ジルと旅をするようになってから、俺は常に清潔でいる事ができる。それはもの凄く有り難い事だった。


 ジルに出来ることをさせてやると、凄く嬉しそうにする。それを見ていると俺も嬉しくなる。

 意図して二人で旅をする事になった訳ではないが、今はこの状態を心地よく感じている自分がいる。


 それでもこんな事に慣れてはいけない。


 ジルがなぜ俺についてくるのかも分からないのに、この状況が続く等と考えてはいけないのだ。




 

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