飛空船アンダーグラウンド

中田もな

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「やめようよ!」

 そう、僕はちゃんとそう言ったんだ。だけど、親友のライラは僕の言うことを聞いてくれなかった。ライラは金色の短髪を揺らしながら、ニヤニヤと口角を上げていた。

「何だよ、ビビってんのか?」

「そ、そうじゃないけどさ!! もしも大悪党の船だったら、一体どうするんだよ!?」

「上等! 大悪党なら、お宝もじゃんじゃん積んでるはずだ!」

 ライラは指でお金のポーズを作ると、いつになく素早い動きで目の前の船に乗り込んでしまった。スチームパンクなかっこいい見た目。子どもの誰もが憧れる、空を駆ける飛空船だ。

「ちょっ、ライラ!! 待ってよ!!」

 僕たちは確かに貧しいけれど、お金よりも命の方が大切に決まっている。僕は慌ててライラの後を追って、着陸していた飛空船に足を踏み入れてしまった。走る度に黒い長髪が顔に掛かって、本当にうざい。さっさとここから抜け出して、おばさんに切ってもらおう。


「ライラー!!」

 ……見た目とは裏腹に、この飛空船、やけに広い。おまけに何だか薄暗く、どことなく埃っぽいにおいがする。

「ライラー!! どこだー!?」

 長い通路の横には、いくつもの閉ざされたドアがあって、その様子も実に気味が悪い。この後ろに悪人たちが潜んでいるんじゃないかと思うと……、考えるだけでゾッとする。

「ライラー!!」

 ライラの気持ちも、分からなくはなかった。今日はおばさんの誕生日。みなしごだった僕たちを大事に育ててくれた、元気で明るくて心の優しいおばさんの、年に一度の誕生日。だからプレゼントを買うために、どうしてもお金が欲しいんだ。でも、だからって、こんな怪しい飛空船に乗り込まなくても――。


「こんにちは」

 ――左のドアがギイッと開いて、きれいな声が聞こえた。中性的な、滑らかな声色。

「……っ!!」

 ガシッと腕を掴まれて、思わず硬直した。そいつの手の温度が冷たくて、サッと血の気が引いていく。

「お友達を、探してるんでしょ?」

 ……恐るおそる左を向くと、そこには長い白髪の、美しい男の人がいた。青空のような澄んだ瞳に、透き通るような白い肌。身長は僕よりもずっと高くて、ニコニコと優しい微笑みを浮かべている。

「え……」

 でも、何より驚いたのは、そいつの耳、鋭く尖っていたんだ。葉っぱのように、鋭く尖った耳。まるで、人間じゃないみたいだ。

「君が探してるの、ライラ君でしょ? この部屋にいるよ」

 そいつはそう言って、腕をグイッと引っ張ってきた。それがあまりにも強くて、僕はそのまま部屋に連れ込まれてしまう。

「や、やめろよ!! 離せ!!」

「怖がってるの? 平気だよ。僕、嘘はつかないから」

 ――次の瞬間、バンッと体を床に打ちつけられた。汚れた木の床が、いやに目に飛び込んでくる。

「うっ……!」

 一瞬息ができなくなって、小さくうめき声を漏らす。僕の様子を見たそいつは、面白いと言わんばかりにクスクスと笑い始めた。

「可愛いね、君」

 そいつは一通り笑い倒すと、奥に向かって声を出した。

「サン、ライラ君を連れてきて」

 ……ギシギシと軋む床の音とともに、今度は褐色肌のやつが出てきた。灰色っぽい短髪に、真っ黒な瞳。そして同じく、葉っぱのように尖った耳。でも、そいつが乱暴に掴んでいたのは、確かにライラだった。

「ライラ!!」

「リヴァ……。ごめん……」

 ライラは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。人間のようで人間じゃない誰かに捕まって、内心恐怖に覆われているように見える。

「へぇ……、君、リヴァって言うんだね」

 白髪はまたクスクスと笑って、サンとかいうやつに声を掛けた。

「僕たちさ、地上に降りるまでもなく、目的を達成しちゃったね」

「そうだな、ハイマ。他の人間に見つかる前に、さっさと出発するか」

 出発? 出発だと!? 身の毛もよだつようなセリフが、脳内をバッとよぎっていく。

 ――否や、僕はバッと立ち上がって、謎の二人に殴り掛かっていた。

 

「おっと」

 ……僕の渾身の一撃は、ハイマの野郎に易々と受け止められてしまった。何倍もの力で、手を握りしめてくる。

「……ちょっと、大人しくしててもらおうかな」

 ニコニコしながらそう言うと、ハイマは腹部に強烈なパンチを食らわせてきた。無駄のない、ピンポイントな殴打。刹那、記憶が吹き飛びそうになる。

「リヴァ!!」

 ライラが駆け寄ってくるけど、正直それどころじゃなかった。僕はただただ床に膝をついて、悶絶することしかできなかった。

「ライラ君、君も大人しくしててね。もし騒いだら、リヴァ君にもう一発入れるから」

 ハイマは僕たちに冷たい視線を送ると、サンに顎で合図を送った。彼が向かう先は、十中八九操縦席だ。

「今日から何日間か飛び続けることになるけど、僕たちがいるから大丈夫だよ」

 悪魔のような囁きに、悪魔のような笑み。僕たちは、ひたすら怯えることしかできなかった……。

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