火星記録その1

ゴオルド

第1話

<人間愛護団体の活動日誌より抜粋>


我が惑星・火星は、これまでずっと平和だった。火星人同士で争いなど起こしたことがない。もちろん小さな小競り合いはあったが、我らの争いなど些細なものだ。それこそが我が星の誇りであり、我らのアイデンティティーでもある。


しかし、あるときから火星はツボに入ることとなった。今、この太陽系には、緑色のツボが浮かんでおり、その中に火星が入っている状態だ。そのツボには首はなく、球体の上部を水平にすぱっと切り取ったような形をしている。ツボは火星にぴったりと寄り添い、軌道にあわせてゆるやかに宇宙の波間をたゆたっている。


昔の火星はツボに入っていなかった。普通の惑星らしく赤茶色の球体として浮かんでいたのだ。では、一体いつ火星がツボに入ったのか? 火星人ならみんな知っている。だが地球人でそれを知る者はいないだろう。我々としてもツボに入ったのは遺憾である。


ツボは年々膨脹していた。このままツボが膨らみ続けると、やがては地球かほかの惑星に衝突するだろう。おそらくは地球にぶつかるというのが科学者の見解だ。ぶつかった場合、我々火星は無事だが、地球人は滅亡を免れないのではないか。


しかし、地球人は特に慌てなかった。火星人はいぶかしんだ。あいつら死んでも構わないと思っているのか? しかし違った。地球人の多くは空を見上げて火星を見つける余裕もなく暮らしていたのだ。だから火星の変化なんて気づかないし、気づいたところでどうでもいいと思っていた。空を見上げる余裕のあるものもいた。多くは富裕層のエリートたちで、知識も教養もある賢い彼らは、宇宙にツボが浮いているなんて信じなかった。何かの影がツボのように見えるがただの気体の集合体に過ぎないとか、最もらしい理屈をつけてツボを無視した。



地球人がツボに反応を示さなかったので、火星人は地球のことは放置することに決めた。ぶつかったら運命と思って諦めてもらおう。


しかし、一部の正義と愛に目覚めた我らのような愛護団体や人権団体の火星人が反対した。地球人が滅びてしまうのは可哀想ではないか。我々は地球を救う活動を始めた。



タイムリミットは100年。あと100年でツボはぶつかるだろう。だから、それまでに何としてもツボを消失させなければならない。






<ハピハピランド市政策企画部秘書課広報室よりお知らせ>


市民の皆様へ。


いつも当市の市政運営にご協力いただき、まことに感謝申し上げます。


さて、皆様もご存じのとおり地球滅亡まであと100年となりました。そこで当市では、地球人愛護活動に賛同し、地球滅亡阻止計画に加わることといたしました。

それにともない市内では大規模な改造が行われることとなります。市民の皆様には大変ご不便、ご苦労をおかけすることとなりますが、憐れな地球人滅亡を防ぐため、何とぞご協力いただきますようお願い申し上げます。

詳細につきましては、戸別配付いたしました計画資料をご確認ください。


なお、改造工事に対する苦情やご意見に関しましては、都市づくり建設課へお送りください。

それ以外の苦情、ご意見は広報課までお願いします。

以上。

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