紫陽花パビナール

アリス・アザレア

0.




 例年より早い梅雨入りとなったヨコハマのコンクリートの路面をポツポツと小雨が叩いている。

 見上げる空は白と灰を混ぜたパレットのような色をしていて、そんなどんよりとした雲がこの都市の頭上を覆っている。

 気付けば足早に通り過ぎて行った春。

 咲いてすぐに散る儚い桜の季節も終わり、世の中すべての人間の気が緩むであろう大型連休も終わったと思えば、もう蒸し暑い。


「あっつぅ」


 思わずぼやいて包帯を巻いている首に手をやる。

 これはもうファッションみたいなものだし取ってしまおうか。暑いし。

 傘は持っていないし、雨具を携帯するほど用意の良い人間じゃない。この程度の雨なら濡れて帰ったって問題ないさ。

 開き直った私は、濡れて濃い色になったコンクリートの地面を蹴飛ばし、視界に絶妙な感じで入ってくる雨粒と瞬きで戦いながら児童公園の前を通り過ぎようとした。

 視界に入ったのは公園の花壇に植えられた紫陽花。

 それから、紫陽花をじっと見つめる女性が一人。

 傘も差さず、合羽などの雨具も着ていない。

 まぁ私も人のことは言えた義理はないのだけど、彼女の肩や髪はしっとりと濡れており、それなりに長い時間小雨の下にいたことを示している。

 別に、なんてことはない、よく見かける紫陽花だ。展覧会で見かけるような、これが紫陽花? と驚く要素もないのに、何をそんなに熱心に眺めているのか。

 土壌の酸性度によって花の色が変わるんだっけ。

 そんなことを思い出しながら止めた足で再びコンクリートを蹴飛ばし、その日は小雨から逃げるようにして帰宅した。



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