第5話 悪役令嬢やめました♪ ~後編~


「とにかくエカテリーナが不憫ですわ。王太子の不祥事の煽りを全て引き受けて.... 我が息子ながら情けない」


「確かになぁ。わしらも楽観し過ぎておったし、これ以上エカテリーナの名誉を貶めないよう、よく見てやらねばな」


 後宮の寝室で、国王夫妻は他では出来ない話をしていた。


 王太子の面子を考えるとエカテリーナの案は最適解である。

 しかし同じ女である王妃は、いたく憤慨していた。

 王も王妃もエカテリーナが好きではなかった。むしろ大の苦手で、王太子を慕うがゆえとはいえ、ぶっ飛んだ彼女の言動や行動は、とても褒められたモノではない。

 だが形だけの婚約が決まり、御飾りの王太子妃になる事を受け入れたエカテリーナは、憑き物が落ちたかのように地味で淑やかな御令嬢に変貌したのだ。

 迸るバイタリティはなりを潜め、攻撃力も極まれりなドレスや化粧も無くなり、周囲に埋没しそうなほどその存在感は薄くなった。

 代わりに際立つようになったのは真っ直ぐで豊かな黒髪と、アメジスト色の大きな瞳。

 夜空を思わせる艶やかな黒髪と黄昏色の瞳は、彼女にしっとりとした清楚な雰囲気を纏わせる。


 今までのエカテリーナと全くの別人で、十人中八人は彼女がエカテリーナだと気づかない。

 

 あの彼女が素の彼女である事は間違いなく、今までのド派手な彼女は社交用の鎧だったというのが見てとれた。


 最初から素の彼女であれば.....せんなき事ではあるが。


 二人は同じ事を考え、物憂げに俯く。


 だが国王らの想像は限りなく正解に近いが、根本が違うので意味はない。社交用の鎧ではなく、王太子用の鎧だとは夢にも思っていないだろう。


 エカテリーナの本心も知らず、今さらだが残念な気持ちで一杯な国王夫妻だった。


「これ以上エカテリーナに負担はかけられませんわ。悪評が酷くならないように、わたくしが後見なのだと周囲に知らしめないと。それは今をおいてございませんの」


 条件の履行は婚姻からである。つまり婚約中の今なら王や王妃の干渉に制限はない。

 どれだけ国王夫妻がエカテリーナを可愛がっているか周りに見せつけ、不条理な悪名から彼女を守らなくては。


 王太子のために汚名を被る健気な御令嬢に、騎士のごとき使命感を燃やす国王夫妻である。


 こうして盛大な勘違いをしたまま、エカテリーナにとっては迷惑極まりない国王夫妻の暴走が始まった。


 何故迷惑かと言うと、エカテリーナ自身は自分の事しか考えていないから。


 八年間続けた悪役令嬢のレッテルを、自分の穏やかな引きこもりライフのために有効活用しただけである。

 地に落ちた評判など何処吹く風。超自己完結型のエカテリーナに周囲の風評など全く無意味である。ようやく手に入れた自由を手離さないためなら、彼女は何でもやるだろう。


 ビバっ、引きこもりライフっ!!


 彼女の心の中のガッツポーズを知らない、気の毒な王宮の面々である。




 国王夫妻が暴走の相談に花を咲かせていた頃、後宮でも密やかな密談が持たれていた。


 後宮の厨房横の休憩室では、難しい顔をした男女が二人。溜め息混じりに軽く首を振っている。


「少し想定外でしたわね」


「ああ、あそこまで王太子のために泥をかぶって下さるとは。褒められた御令嬢ではなかったらしいが、想いは本物だったという事か」


 二人は後宮を管理する女官長と侍従長。


 悪名高い極悪令嬢の後宮入りに、少なくはない不安を抱いていた二人だが、蓋を開けてみれば拍子抜けするほど穏やかな御令嬢だった。

 物腰も優美で淑やか。伏せられた黄昏色の瞳は長い睫毛に彩られ、しっとりと清楚な佇まい。

 噂とは当てにならないモノだと、二人は顔を見合わせた。


 そして話が進むにつれ、今回の議題の元凶が王太子だと知り、言葉もない。

 エカテリーナ嬢は完全なとばっちりだ。なのに激昂する辺境伯を宥め、理不尽な婚約を受け入れた。それが無くば今頃王太子はどうなっていた事か。

 今までの行いがどうであれ、今の彼女は王室の救世主である。

 しかも更なる悪名をかぶり、謂れのない非難に晒されても構わないと微笑んだ。


 極悪令嬢などという噂の欠片も感じさせない優美な微笑み。


 面子を最大に重んじる貴族階級には有り得ない大らかな心。


 しばしの沈黙のあと、侍従長が口を開いた。


「むしろこのまま正式なお妃様になってくだされば.... あのように慈悲深く王太子様を支えようとしてくださる御令嬢がおられようか?」


「左様でございますね。自ら悪役を買って出るほどの御方は、まずおられないかと。話の内容からも聡く理性的な方だとお見受けいたしました。人々の機微に疎くて融通の利かない王太子様の足りない部分を補ってくださるやもしれません」


「極悪令嬢か。王太子様側に何かしらの誤解があるのかもしれん.....後宮内に通達しよう。エカテリーナ様と王太子様に接点を持たせ、御二人が和解出来るように」


「外堀から埋めるのも宜しいですわね。エカテリーナ様は婚姻まで後宮に滞在なさいますし、悪評の真偽も確かめられましょう」


 ニヤリとほくそ笑む二人。


 長く後宮を仕切ってきた二人は星の数ほどの淑女を検分してきた。その眼力に誇りを持っている。

 その矜持が言うのだ。エカテリーナ様は稀代の淑女だと。


 こうして様々な思惑が絡まり合い、盛大な誤解と真実を知らない人々の好意的解釈から、いつの間にかエカテリーナの周辺が騒がしくなったのであった。


 知らぬはエカテリーナばかりなり。


 ちなみに件の玉葱夫人は女官長からの仕込みである。何とかエカテリーナを説き伏せ、お妃様教育を受けさせるよう密命を受けていた。外堀作戦、第一の刺客だった。




「やっと学園が始まるわね」


 卒業パーティーから二ヶ月。秋も深まり肌寒さを感じる今日この頃。エカテリーナは新学期を迎えた。


 深紅に黒の差し色が入ったワンピース。胸下から広がるフレアーなスカートには大きなプリーツが複数入り、体型を選ばないデザインになっている。

 ゆったりとしたそれを身につけ、設えたテーブルに着くと、エカテリーナは用意されている朝食を口にした。

 細い野菜が煮込まれたスープにスクランブルエッグと薄焼きトースト。飾り切りされた果物は新鮮で瑞々しい。

 はりきって食事の好みを聞きにきた料理長に、食べるのに無理のない量でと御願いしたが、叶えてくれたようだ。

 

 それは良いんだけど.... 物足りないな。


 エカテリーナは周囲のメイドに気づかれない程度に溜め息をつく。

 目の前の食事には塩と蜂蜜しか使われていない。卵はバターと牛乳でふくよかな味わいだが、スープは塩のみ。トーストには蜂蜜。標準的な王国貴族の食事である。


 香辛料や砂糖は王都にあまり入ってこないものね。自宅とは違うもの仕方無いわ。


 国境を領地とする辺境には多くの食材が唸るほど入ってくる。他国のレシピや道具もあるので、食事に関しては王都より遥かに充実していた。

 辺境から王都までは複数の他領地を通らねばねらないため、適価で仕入れても、王都に着く頃には五倍ほどの税金が付加され、とても高額になってしまうのだ。


 あんな値段になってしまっては普段使いには出来ないわよね。残念だわ。でもレシピを変えれば、こちらの食材で代替えして作れるかもしれない。


 そんなたわいもない事を考えつつ食事をおえたエカテリーナは、食後のお茶をテラスでとる事にした。

 風もなく良い天気だからとメイドに薦められたのだ。


 案内されるままテラスに出ると、本当に良い天気だ。


 気持ち良い微風に髪を擽らせながら、ふとエカテリーナは視線を感じる。

 振り返った彼女の瞳には王太子が映っていた。少し驚いたような顔でエカテリーナを凝視する蒼い瞳。


 久しぶりに見たわね。


 クスリと小さく笑い、彼女は優雅にカーテシーをする。


「おはようございます、王太子様。いらっしゃると思わず失礼いたしました」


「.....エカテリーナか? 髪はどうした? 寝てしまってるではないか。体調でも悪いのか?」


 久々の対面で開幕それですか。


 じっとりとした脳内の不機嫌を上手に隠し、エカテリーナはふわりと髪を掻き上げた。


「元々真っ直ぐな髪ですの。華やかな貴族の装いのために巻いていただけですわ。地味では他の御令嬢に見劣りしますもの」


「そうか? そちらの方が私は好ましいと思うが。化粧も香水もしていないのだな。良い事だ」


 静かにお茶を啜りながら、王太子は柔らかく瞳をすがめる。


 この人は、ほんとに正直者なのよね。だから、その逆をやれば簡単に嫌われるから、ある意味楽だったんだけど。


 軽く嘆息するエカテリーナに王太子は気づかない。


 おかげでどれだけの御令嬢が王太子に惑わされた事か。

 女性を見たら取り敢えず褒めなさいと教育されて、そのまま他意もなく実行するものだから、多くの御令嬢が王太子を懸想するはめになり、妃に相応しくない者をイビり倒しては諦めさせるのに、散々苦労したエカテリーナである。


 まあ、おかげでエカテリーナの眼鏡にかなう、とびっきり上等な婚約者候補が選りすぐられて残った訳だが、何をトチ狂ったのか、王太子はエカテリーナを婚約者に選んでしまった。


 ほんと。人生はままならない物だと八歳にして悟ったけど、未だにそう思うわ。


 軽く空を見上げるエカテリーナに、立ち上がった王太子が声をかける。


「お茶に来たのだろう? 私はこれから政務だ。気をつけて通学するのだぞ」


 エカテリーナに席を譲り、王太子は軽く手をあげて王宮の中へ消えていった。


 それを見送りながら、エカテリーナはメイドらがお茶の支度をするのを見つめている。


 その眼はやや険しく、眼窟の奥に仄かな冷たい光が灯っていた。




「エカテリーナ様にバレましたぁぁぁっ」


 扉を開けるなり泣き叫ぶメイドに、女官長は眼を丸くする。


「お茶を用意して.... すっごい怖い顔で、謀る事は許さないって。王太子様の憩いの時間を邪魔するなど言語道断って。今度やったらメイドを替えてもらうって。....怖かったです」


 しどろもどろなメイドの説明に、女官長は額に手を当て軽く眼を瞑った。

 王太子との接点をと思っていたが、存外手強い。なるほど、確かに見方によっては、ゆったりした王太子様のお茶の時間を邪魔したようにも思われるだろう。


 エカテリーナ様との会話を王太子様は望んでおられないと。頑なにそう考えていらっしゃるのね。


 あの婚姻の条件からしても、御二人の亀裂が決定的なのは理解出来る。まずはそれから調べなくてはならないか。

 極悪令嬢時代のエカテリーナを女官長は噂でしか知らない。後宮は賓客の御相手ぐらいしかしないからだ。

 後宮に仕える者は基本的に後宮の外へは出ない。


 これは侍従長の守備範囲だ。


 女官長は侍従長に相談すべく使いを送った。




「なんとまあ.... 前途多難な事だな、女官長」


「茶化さないでくださいませ。....で? 王宮でのエカテリーナ様の評判は如何なものでした?」


「.....正直、最悪極まれりだ。誰もが口を揃えて極悪令嬢だと仰有る」


 聞けば、罵詈雑言で罵るのは当たり前、時には実力行使も辞さない破天荒っぷり。下品スレスレなくらい派手なドレスを纏い、豪奢な装飾品に、人が近づく事すら困難なほど香る香水。

 王太子様に近寄る女性には容赦がないと、噂通りの話がワラワラ出てきたらしい。


 話を聞いた女官長は唖然とする。


 今のエカテリーナからは想像も出来ない非常識っぷりであった。


 しかし、そこで侍従長は口に物が挟まるような呟きを漏らす。


「ただ....何というか、最終的に婚約者候補と呼ばれた方々...御令嬢らだけは、少し話が違うのだ」


 訝る女官長に、侍従長は他の婚約者候補らの話をした。


「エカテリーナ様は、認めるべきは認めてくださる方だと。エカテリーナ様から罵倒を受けたりされた方は淑女として未熟な者らばかりだったらしいんだ」


 最後まで婚約者候補として残った御令嬢方の話によれば、エカテリーナは確かに苛烈な女性ではあるが、不当な行いはしていなかったらしい。


 お茶をかけられた御令嬢は、昼間の茶会だと言うのに透き通る宝石のついたドレスを御召しになっていたとか。

 きらびやかな宝石は夜の夜会のみと暗黙の了解がある。

 昼間なら、透明度のないオパールや翡翠といった落ち着いた物をつけるのが主流だ。

 淑女としての嗜みが足らないと、お茶を投げ掛けたらしい。

 

 豚呼ばわりで罵られた御令嬢も、確かにポッチャリではあったが、エカテリーナ様の逆鱗に触れたのは、手を付けたお菓子を食べきる前に、新たなお菓子に手を出す不作法さだったとか。

 そんなんだから、全てがお肉になるのよっ、もっと淑やかに小鳥のように食べなさいっ、このままでは豚まっしぐらよっ、と、キチンと静かに食べきるよう叱ったらしい。


 このように、言動や行動は過激だが、それらには必ず原因が相手方にあったと言うのだ。


 不当に罵るエカテリーナ様を見た事はないと。言い過ぎ、やり過ぎ感はあれど、キチンとした嗜みを身につけていれば回避出来る事であったと御令嬢達は語る。


 実際、最後まで婚約者候補であった御令嬢方はエカテリーナ様から嫌がらせなど受けた事はないとか。


 変な所にエカテリーナ親派が存在した。


 女官長と侍従長は難しい顔を見合わせる。


「それって答えが出ていませんか?」


「ああ、多分な」


 言動や行動、姿形は極悪であれど、不当な行いはしない。エカテリーナは、なんのかんのと良いお家の御令嬢なのだ。

 理由もなく人様を罵り貶めるなど思いつきもしないのである。

 ただ、重箱の隅をつつくように姑根性丸出しな嫌がらせを行っていたのは間違いない。非があるから罵るのである。

 

 王太子様との仲が致命的になり、社交用の鎧を脱いだエカテリーナは、人畜無害な御令嬢にジョブチェンジしたのだろう。

 本人も言っておられたではないか。寵を得られぬのに、着飾る意味はないと。


 王太子様への恋慕が御令嬢方への敵意と攻撃力になっていたのだとすれば、今のエカテリーナ様はただの無防備な御令嬢である。


「前後が間違っていたのだな」


「ええ。最初から今のエカテリーナ様であれば....」


 意気消沈する二人の思考は国王夫妻と同じく、盛大な勘違いをしていた。


 エカテリーナは恋慕とはほど遠い真逆の思考で動いていたし、好きで悪役令嬢をやっていたのである。そんな彼女の前でしくじりを見せた御令嬢など良い獲物だった事だろう。

 

 国王夫妻も侍従長らも、エカテリーナが王太子を慕う暴走の結果、極悪令嬢というレッテルを貼られる羽目になったと思っているが、実は真逆という、真実は常に皮肉なモノである。




「エカテリーナ様??」


「あら。ごきげんよう、ファティア様」


 見慣れぬ御令嬢の姿を遠巻きにしていた生徒達だが、ファティアの一言と、相手がそれを肯定したことで、ざわりと周囲が沸き立った。


「....? どうしたのかしら?」


 遠巻きにされるなど何時もの事と気にもしていなかったエカテリーナは、周りのざわめきに小首を傾げる。


「随分と雰囲気が変わられたからでしょう。御婚約おめでとうございます」


「ありがとう。そうね。気が抜けたというか、望みが叶ったから、もう艶やかな装いは必要ないの」


 ふわりと微笑むエカテリーナは自然体で、柔らかな物腰に某かの余裕を感じさせる佇まいをしている。


 これが愛されている女性の貫禄か。


 ファティアも盛大な勘違いをしつつ、眩しそうに眼を細めた。


 こうして見事な変貌を遂げたエカテリーナに、周囲は勝手な妄想を垂れ流す。


 やれ、王太子の寵愛が彼女を変えただの、猫を被っているだけで、すぐに化けの皮が剥がれるだの、言いたい放題な噂の大半は真実に掠りもしていなかった。


 後日、妹から噂話を聞いたラシールは怪訝そうな顔をする。王太子の思惑を聞いていた彼は、噂を確かめるべく王太子に手紙をしたためた。

 

 手紙の返事は直ぐに届き、翌日面会の許可を頂いたラシールは、久々の王宮で王太子に歓待される。


「よく来てくれたな。嬉しいよ」


「時間を作っていただき、ありがとうございます。政務は慣れましたか?」


「社交は良い。いつも通りに頼むよ」


 ラシールはチラリと侍従を見て、特に問題はなさそうなので、王太子の希望に従った。


「いやさ、なんか学園がすごい噂で持ちきりなんで確認したくてさ。ラブロマンスから陰謀説まで多種多様だぜ?」


「はあ? なんの話だ?」


 顔をしかめつつ、王太子はラシールに説明を求めた。


 斯斯然々と話すラシールの噂話に、王太子の顔がみるみる歪んでいく。


「なんだ、それ。俺とアレに情はないぞ。陰謀説も御粗末だな。アレが本当にその気なら、とうに俺は首を落とされてる」


「おや? 自覚あるんだ、フィルドア。だよなぁ。辺境伯怒らせて、よく無事で済んだものだよな」


「ああ。エカテリーナがな。とりなしてくれた」

「ほう」

 

 微かに上がった王太子の口角をラシールは見逃さない。


「和解でもしたかい? 前みたく毛虫のように嫌悪感を顕にしなくなったね」


「和解? いや。何というか....確かにアレも変わったからな。髪も巻かなくなったし、化粧も香水もしなくなった。服装も落ち着いたし。アレも大人になったのかもしれん。少なくとも以前のように目障りではなくなったから、時々、顔を会わせると会話くらいはするぞ。普通だ」


 本人は普通に話しているつもりなのだろうが、そのあまりに面映ゆそうな眼差しには、ほんのりと慈愛が滲んでいた。


 何ともはや。瓢箪から駒かよ。


「良かったじゃないか。嫌いなところが無くなって」


「.....そうか、それだ!!」


 王太子はすっとんきょうな顔でラシールに頷いた。


「そうだよ、何でアレと普通に会話出来てるのか不思議だったんだが.... 毛嫌いしてた部分が跡形もなくなったんだ。それでか」


 そこからなの?


 無自覚かよ。俺が言いたいのは、そこじゃない。


「嫌いな所がなくなったんだから、問題なく結婚出来るな。まあ、仲良くやると良いさ。エカテリーナ様は成績だけはピカイチだったし、良い妃になるだろう」


 ラシールの冷やかしに、王太子は憮然とした顔でキッパリと答える。


「それはない。アレとは白の婚姻となっている。俺が迎える側室が子を為したら、正妃を交代する予定だ」


 ラシールの顔から、するりと表情が抜け落ちた。

 

 何それ、どんな状況なん???


「他言無用だぞ」


 そう言いおき、王太子は王家と辺境伯家で交わした密約の話をラシールに聞かせる。

 ラシールは唖然としたまま言葉もない。踏んだり蹴ったりだな、エカテリーナ様。

 だが、その話をする王太子の不機嫌そうな顔に、やや溜飲を下げた。

 

 ほんと、腹芸の出来ない真っ直ぐなお人だこと。


 自覚のない王太子にラシールは人の悪い笑みを浮かべている。

 

 そんな友人を余所に、王太子はかねてからの疑問に答えを貰って満足気であった。


 ドレスも化粧も派手で香水臭くて近寄りたくもなかったエカテリーナに、何故普通に接していられたのか。

 この数ヶ月、たまに会うくらいだが、エカテリーナは随分と落ち着き淑やかになった。

 柔らかなしぐさや、しっとりとした佇まいは好感が持てる。

 元々、礼儀作法は完璧だったのだから、今のエカテリーナは淑女として完成された形だろう。


 あのエカテリーナなら傍に置いても良い。


 そう考えた途端、地味なムカつきが胸に湧いた。


 掴み処のない違和感は捉える前に消えてしまう。


 何だったのだ、今のは。


 不可思議な顔で惚ける王太子を、呆れた眼差しでラシールは見つめていた。

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