異能バトルはラブコメと共に

 東京都中央区月島。

 昔ながらの風景を街全体で押し出しているのだが、その割に商店街の名前は「もんじゃストリート」とハイカラである。


 とあるもんじゃ焼き店には、夕方から鉄板を囲む客が2人、座敷の上で胡坐をかいていた。


 1人は黒いボタンが目立つワイシャツに制服ズボンの男子高校生、早瀬悠希。

 彼は制服を汚さないように気を付けながら、カチャカチャと大ヘラを動かして必死にもんじゃ焼きを作っている。


 もう1人は、朽葉色のサマージャケットを傍らに置く強面の壮年男性、村雨隆。

 じっくりと焼かれるもんじゃを眺める彼は、やがて目の奥に耀きを宿して顔を上げる。


「おい」


 ぶっきらぼうに声を掛けたのは村雨の方だった。ドーナツ状に並べたキャベツの、その穴の部分に生地を流し込んでいた早瀬は、目線だけ村雨へ向けながら「はい」と短く応答する。


「これ、忘れんうちに」


 そう言って村雨は、書類が何枚か入ったクリアファイルを差し出す。しかしもんじゃ作りに勤しむ早瀬に受け取る余裕がないのを認めると、代わりにテラテラしている卓上に置いた。


「あ、ハイ」


 早瀬は生地を流し終えてからクリアファイルを手に取って、どこへやろうかと一瞬の迷いを見せてから、結局は通学用のリュックにしまう。

 それからもんじゃ焼き作りに戻り、大ヘラでキャベツの堤をペチペチと固め始めた。


「例の資料ですよね。えっと……」

桐谷静一きりたにせいいち。北沢署で警官を片っ端から斬り殺したアホだ」

「アホはアホでも強いアホ、ですか」


 早瀬の手には、既にヘラではなく書類資料がある。


「25人、斬ったわけだからな」


 村雨は顔をしかめてお冷を1口飲んだ。


「そんな奴を僕らに退治させるんですか?」

「馬鹿言えお前らの手に負えるか。前も言ったが、街で遭ったらすぐ逃げろ」


もちろん、と早瀬は書類を見ながら即答する。


「ていうか逮捕できないんですか? こんだけ情報出てて」

「住所当たってももぬけの殻、カードの使用履歴は2カ月前、口座残高ははほとんどゼロ、目撃情報一切なし。情けないが、お手上げだ」


 早瀬は上手い返答が思い浮かばず、もんじゃを取り皿によそった。

 1口食べて「もう食べれますよ」と声を掛けたが、村雨が動き出しそうにないので彼の分も取り分ける。


「食べないんすか?」

「ん、あぁすまん」


 取り皿を受け取った村雨は、小ヘラでもんじゃを1口食べる。2人はしばらく、熱々のもんじゃ焼きを口に運び続けた。


「まあでも」


 と口を開いたのは早瀬だ。


「僕は滝川先輩にコレ渡すだけなんで。難しいことは、先輩の方がなんとかしてくれますよ」

「たきがわ、はるな……。滝川陽菜ねぇ」

「どうしたんすか急に」

「何者なんだ。あいつは」

「え?」


 思わず早瀬は村雨を見た。無精ひげを顎に蓄えた厳つい顔が、頬杖を突いた姿勢でジロリと見返している。


「頭の回転が恐ろしく早い。加えて異能への知識もある。ひょっとしたら異能犯罪捜査課おれたちを超えるほどに」

「それは、たしかに」


 言いかけた言葉は呑み込んで、無難な相槌に切り替えた。

 僕も分からないです、と言うのには抵抗があった。なぜか。


「味方でいる間はいいんだけどな」

「敵になるかもしれないってことですか?」

「そうじゃない。が、中立になる可能性はある」

「そうですかね」

「だからこそ、お前の働きには期待してるぞ」

「は、はい」


 突然の威圧感。

 村雨に真っ直ぐな眼光を向けられて、たまらず早瀬は視線を落とす。小ヘラを持つ手が、無意識にもんじゃを口に運んだ。


「どうなんだ最近、滝川とは?」

「どうって……普通ですよ」

「デートにでも誘えよ」


 もんじゃを食べる早瀬の手が止まる。


「でででででで、でーと?」

「あぁ。デート」

「ななななんでですか?」

「だってお前、好きなんだろ? 滝川陽菜のこと」

「いやいやいや、べべべ別に好きとかじゃないですって!」

「そうか」


 適当な調子で肩を竦め、村雨はピッチャーを傾ける。


「今年の夏はサンシャイン水族館がイチオシらしいぞ」


 別にデートなんて、と聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで呟きながら、しかし手元では「池袋サンシャイン水族館」と抜かりなく検索していた。


   ☆


 桐谷静一。22歳、男性。東京都世田谷区在住。父、母、弟、妹との5人家族。実家暮らし。上位私立大学国際教養学部4年生。父は元・剣道家の桐谷哲之きりたにてつゆき

 幼少の頃より剣道に慣れ親しみ、全国大会のジュニア部門では団体での入賞が6回、うち二回敢闘賞。中学生の部では3年連続優勝。高校の部でも3年連続入賞している。

 剣道に励む傍らでは父の経営する道場で師範として稽古しており、主に小中学生を教えていた。活気のある指導と端正な顔立ちのおかげで、生徒や保護者からは人気だったという。


 2019年5月3日。父・桐谷哲之が暴行の現行犯で逮捕。桐谷哲之は北沢署署員の任意聴取を断る。

 この事件がメディアによって大きく取り上げられ、桐谷一家は精神を摩耗していった。なお桐谷哲之の暴行事件は冤罪であることが確認されている。

 3日後の5月6日、週刊誌の記者を斬殺。執拗な過剰報道を繰り返すメディアへの怨恨が動機と考えられる。このとき使用された凶器は未だ発見されておらず、犯行は異能力によるものと思われる。なお警視庁は本件について未だ具体的見解を出していない。


 2019年5月13日13時30分。世田谷区北沢警察署に男2女1の3人組がやって来る。その内1人は桐谷静一があることが確認されており、また全員が何らかの異能力を保持していると考えられる。

 彼らは堂々と受付内へ侵入していくと、1階の署員らを瞬く間に斬っていく。彼らの中には役割分担のようなものがあって、実際に斬殺を行なったのは桐谷静一だが、もう片方の男が署員に耳打ちしている様子が見られ、またこの男のものと思しき声が署内放送の履歴に残されている。女の異能や役割については不明な部分が多いが、彼女が桐谷静一らに耳打ちする様子が見られ、司令塔的役割であったと推測される。

 なお桐谷静一が刀を使用する様子が確認できたものの、非使用時に帯刀している姿が見られないため、刀の生成及び消去は異能力によるものと考えられる。


 結果として北沢署襲撃事件は25人の死傷者を出す大惨事となった。うち死者18人。

 署内に設置された監視カメラの映像では明らかに異能力の行使される様子が映し出されており、とりわけ桐谷静一については人を斬るのに特化した能力を有していると考えられる。

 なお現在までこの3人の行方は分かっていない。

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