掌編小説・『恐竜』

夢美瑠瑠

掌編小説・『恐竜』

(これは2019年の「恐竜の日」にアメブロに投稿したものです)



     掌編小説・『恐竜』



 暴虐な政治の代名詞である、皇帝・オキロ、には秘密があった。

 娘ばかりが生まれていて、待望の男の子が生まれたのだが、その男の子を、家来や侍従たちがいっかな帝に目通りさせようとしない。

 3歳になっても、オキロは迷宮のような、いや実際に迷宮なのだが、宮殿の奥深くの厳重に警備された一角に隠された息子に会ったことがなかったのだ。

 そうして最近は夜中に宮殿のどこかから獣の咆哮するような声が聞こえたりする。

 事情を知っている家来は、帝がその話をし始めると恐ろし気な表情になって、押し黙って首を振る。そのことに触れるのも嫌だ、という感じなので、オキロも強いて息子に会わせろ、と言いにくくなるムードなのだ。


 オキロは、逞しい肉体をした偉丈夫で、肌の色は褐色で、容貌もエキゾチックで眼光は炯々、という感じでありハッとするほどに精悍な勇者だった。

 いつも兵士らの陣頭に立って指揮をとり、周辺の諸国に貪婪に攻め込み、全て征伐して、この大陸に一大帝国を築きつつあった。


 彼は男性的攻撃的な衝動の塊であり、色を好んだ。全てにおいてアニムスそのものの、そうした典型的なイメージの体現者であり、政敵や謀叛者を虐殺するという残酷なところを除けば、完璧な統治者とも言えた。

 王国の若い女性は全てオキロに夢中で、熱狂さえしていて、請われればすぐに新しい宮廷女になりに行く準備はできていた。


 その旭日の勢いの若き皇帝の、ただ一つの悩み事、画竜点睛が、その息子の問題だったのだ…


 夜な夜なの「咆哮」は、だんだん頻繁になり、皇帝も、それが「息子」の声らしいことを受け入れざるを得ないような、そういう情勢になってきた。

 それはちょっと野太いような、何とはなしに兇悪なニュアンスがあり、野獣というよりもっとおぞましい何かを想起させる声だった。

 色に例えると、「漆黒」であり、地獄の底から響いてくるような、そういう声でもあった。完全に非人間的であり、邪悪で異質な生き物の聲で、背筋と腹の底が冷えるような思いを、いつも皇帝もさせられるのだった。


「息子はいったいどういう生き物なのだろう?」


 単なる畸形だろうか?ゴリラとか、そういうたぐいの生き物が先祖返りで生まれたのだろうか?あるいは、虎とかライオンのような猛獣めいた形質が、何らかの突然変異で生じてしまったのだろうか?


 思い悩むにつれて毎夜眠れず、皇帝もだんだんに憔悴してきた。

 息子の母親は、別の大陸から来た奴隷上がりのニグロイドの若い女で、一言もしゃべらないが、素晴らしく強くて魅力的なガタイをしていた。


「あんな変わった女の子供だから遺伝子とかが爆発するみたいな、変なことが起きたのかもしれない」と、帝はひとりごちて、睡眠薬を呷ってみたが、矢張眠れなかった。


… …


 皇帝、オキロはとうとう重い病気になり、寝込んでしまった。 

 その「咆哮」はどんどんと頻繁になり、昼間でも聞こえだした。


 汗まみれになって苦痛にあえいでいる皇帝の、弱った神経を、さらに逆撫でするように、日に日にその咆哮は力強くすらなっていくのだ。


 宮廷で随一の魔導士である、シブサワが、呼ばれて、息絶え絶えの、オキロから、「あの化け物を殺せ」という密命を受けた。

 もう間違いない、あれは皇帝に滅ぼされたたくさんの人間の怨念から生み出された、魔性の怪物なのだ!魔物であれば、魔導で、滅ぼすしかない、皇帝の頭脳はまだ、正常に働いていた。


 シブサワは、宮廷の地下の、怪物が潜んでいる牢獄の前に、自らの血で、魔物を呪殺する複雑無比な魔方陣を描き始めた。魔方陣が完成すると、魔物でもこじ開けられない、頑強な牢獄の鍵を厳かに解き放った。


 闇の中から、凄まじい叫び声をあげながら、黒光りしていて、ギラギラ光るうろこで全身を覆われた、チラノザウルス・レックスの幼生が、尻尾をビュンビュン振り回しながら姿を現した!


 映画の中の「エイリアン」のごとくに、その姿には真っ黒な邪悪と兇暴のニュアンス以外は何も存在しなかった。怪物は赤い目でシブサワをねめつけていて、その眼にははっきりと、強烈な憎しみを宿していた。ガシンガシンと、重苦しい金属音を響かせながら、恐竜はこちらに歩み寄ろうとした…


…その次の刹那、怪物は魔方陣に足を踏み入れていた。


「ギャオウ!!!」恐竜は呪縛されて、身動きが取れなくなった。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、コレゴルティアベルアメット・・・」

 シブサワが朗々と呪文を唱えると、恐竜が呪縛された魔方陣から青白い火焔が、凄惨ともいえる勢いで立ち上り、程なくして禍々しい魔性の怪物を骨の髄まで焼き尽くした。


… …


 間もなく、皇帝の容態も好転して、半月後には快癒した。


 皇帝はシブサワに事の顛末を聞いて、人間の怨念というものの恐ろしさが芯から身に染みて、それからは徒に人を殺すことなく、平和な善政を敷いたということです。…


<終>


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掌編小説・『恐竜』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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