002 辺境の町レクエルド

 新天地こと辺境の町〈レクエルド〉は、今まで活動していた王都〈サグラード〉から馬車で3日という、馬鹿みたいに離れた所にあった。


 道中で何度か馬車を乗り継ぐ必要がある。物件の購入や乗り継ぎ馬車の手配に時間がかかるということで待たされ、王都を経ったのは翌朝になった。


「まさかこんな形で王都を去ることになるとはな」


 無駄に豪華な客車の中、窓の外を眺めながら呟く。PTの仲間達とドンチャン騒ぎした店が視界に入ると、悲しい気持ちになった。


「もしかしたら、もう載ってるかもな、俺のこと」


 客車のドアポケットに差し込まれている新聞を広げる。朝に新聞を読むのは昔からの日課で、仲間達からよく「じじくさい」とからかわれたものだ。


「やっぱりあったか」


 案の定、俺の脱退に関する記事が出ていた。冒険者に関する面の中段くらいに、そこそこ大きなスペースを割いて書かれている。


 PTを追放された理由、俺が冒険者を引退したこと、そして――。


「なるほど、そういうことだったか」


 〈影の者達〉に新メンバーが加入した、ということも書いてあった。新メンバーは炎魔術師フレイムウィザードのエンジ。年齢は俺達と同じ24歳で、元々は別のAランクPTに所属していた。「赤髪のエンジ」などと呼ばれており、新聞では俺達と同じく「次代を担う期待の20代冒険者」としてしばしば取り上げられていた。


 エンジのPTは少し前に解散していて、他のメンバーは既にどこかしらの上位PTに参加していた。残るエンジがどこに入るのか注目されていたが、まさかウチだったとはな。


「ま、せいぜい死なないように頑張ってくれよな」


 俺は冒険者面をクシャクシャにして、窓からぽいっと捨てた。


「ちょっと! それウチで取った新聞なんですよ! 勝手に捨てないで下さい!」


 御者のおじさんに怒られた。申し訳ねぇ。




 ◇




 いくつかの都市を中継し、その度に馬車を乗り継ぎ、ようやく到着した。


 人口約500人の小さな町、レクエルドに。


(想像していた以上の田舎町だな……)


 事前の情報通り冒険者ギルドや商業ギルドが存在していない。都市ではそこらで見かける大手チェーンの酒場もなかった。衛兵は鎧を纏った老人が一人いるだけで、その人ですら腰がひん曲がっている始末。当然ながら町を囲む門などないので、魔物や野生の獣がフリーパスで侵入できる。


 だが、決して嫌な気はしなかった。なぜなら、熱烈に歓迎されているからだ。


「よくぞ来て下さいました! 冒険者様!」


「兄さん、Sランクの凄い人なんだって!?」


「この町を選んでくれてありがとう!」


「ずっとこの町にいてくだせぇ!」


「実は畑にイノシシが出て困ってんだぁ」


「ゴブリンもあんたにかかれば楽勝か!? 頼むよぉ!」


 客車から降り立った俺を、町民が総出で囲んでくる。全方向から歓声が上がった。


 冒険者ギルドがないので、当然ながら冒険者が常駐していない。冒険者がいないのだから、魔物などの害獣に苦労する。


 そんな状況なので、彼らにとって俺は英雄なのだ。仮にEランクやFランクのような底辺だったとしても、同じように歓迎されていただろう。


 せっかくなので挨拶しておこう。


「俺の名はクリフ。これからこの町でお世話になります。既に知っているみたいですが、元冒険者です。よろしくお願いします」


「冒険者様サイコー!」


 酔っ払いのおっさんが叫ぶ。他の連中も「サイコー!」と続いた。


「クリフ様、よくぞお越し下さいました。ワシがこの町の町長です」


 人だかりをかき分けて、落ち着いた雰囲気のお爺さんがやってきた。


「冒険者ギルドよりお話は聞いています。ワシの家はあそこの館になりますので、何かございましたらお気軽にご訪問下さい」


「はい、ありがとうございます」


「冒険者様、助けてくだせぇ! ウチの畑がイノシシに荒らされてるんですよ!」


 町長の横から、足腰の強そうな爺さんが喚く。この爺さんは先程から「イノシシが」と連呼していた。対応してあげよう。


「分かりました。では町の周囲に土の兵士を配置します。町長様、よろしいでしょうか?」


「そうして下さるのであればありがたい限りですが、Sランクの冒険者様にお仕事を依頼するとなれば、数万ゴールドでは足りないのではございませんか?」


「たしかに桁が二つ三つ足りませんが、別に問題ありませんよ。今は冒険者じゃないので。それに、土の兵士を配備するくらい苦ではありませんから。無料でやらせていただきます」


 俺は地面に手を当て、土魔法を発動した。


 そこら中から土が浮き上がり、人の形になっていく。シルエットが出来上がると、土はガチガチに硬化した。セメントより硬い。


 100体の兵士が誕生した。


「この町を守れ」


 俺が命じると、兵達は方々に散っていく。


 そこら中から歓声が上がった。


「これでもうイノシシに怯えなくて済むのじゃー!」


 爺さんが嬉しそうに抱きついてきた。


 びっくりするくらい何もない町だが、嫌な思いをせずに楽しめそうだ。

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