家庭教師(かてきょ)はツライよ。〜教え子三人に好意を寄せられてる俺、最近のアピールが激しすぎて精神がヤバい〜
七天八地
第1話 これが俺の教え子たち(成海陽加の場合)
異性に好意を持たれるというのは男女問わず非常に嬉しいものである。たとえ自分が相手のことを好いていなくても悪い気はしないものだ。以前の俺もそう思っていたし、そういう機会に恵まれてみたいなと淡い幻想を夢見たものだ。
そしてこの春、その淡い幻想が現実のものとなった。何と同時に三人もの美女に好意を寄せられたのだ。ヨッシャー!! ウオォ!! ラノベかアニメでしか見たことのないハーレムだぁ!! と普通の男子ならこう喜ぶだろう。
え? 俺は違うのかって?
うん。違う。今の俺はその三人の美女に会うことすら
なぜかって? その三人の女の子が家庭教師をしている俺の教え子で、三人とも一癖も二癖もある問題児だらけの困ったちゃんだからだよォォォ!!!
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閑静な住宅街に建てられたとある一軒家の前で棒立ちする俺——
「——あら先生、いらっしゃい。今日もよろしくお願いしますね」
ゆっくりと開いたドアの中から見るからに人の良さそうな年配の女性が姿を現し、こちらに対し柔和な微笑みを見せる。
「こんにちわお母様。陽加さんはもう帰宅してますか?」
「それがまだなんです。あの子ったら先生の来る時間知っているはずなのに。一体どこで何をしてるのか。ごめんなさいね先生」
「いえいえ。お気になさらず。慣れていますから」
体裁を保つために笑顔を崩さない俺であったが、心の中では『またかよアイツ!』と若干イラっとしていた。
「ではどうぞ上がって部屋の中でお待ちください。ちょうど美味しいお紅茶を先日購入したので、先生にも召し上がっていただきたいわ」
「あっ……いえそんな! お構いなく。お母様」
「いえいえ! どうぞこちらに!」
「あっ、ちょっとお母様!?」
遠慮がちに一歩引く俺であったが、左手を鷲掴みにされグイグイと部屋の中に引き込まれてしまう。
うーんこの強引さ。やっぱりアイツの母親だけあると俺は抵抗するのをやめ、彼女の先導に身を任すことにした。
「左からアールグレイ、カモミール、シナモンアップルとなってます。どのお紅茶にしますか?」
「じゃ、じゃあシナモンアップルで」
「はい」
鼻歌混じりにガラスのティーポットに湯を注ぐ彼女と、バツの悪そうにリビングダイニングのソファーに腰掛ける俺。時計の秒針の音が妙に大きく感じる。
ちくしょう! 陽加の奴マジでどこほっつき歩いてんだ! 早く帰ってこい! 会話が……会話が持たん!
頼むから連絡の一つでも入っていてくれと自分のジャケットからスマホを取り出す俺であったが、無情にもそこに映るは待ち受け画面のみ。
「はぁ〜……」
俺が意気消沈のため息を漏らしたまさにその時、玄関のドアを乱暴に開け放ちドタドタと床を踏みしめながら一人の女子高生がリビングに突入して来た。
「ごっめ〜ん!! 明日真っち! 待ったぁ?」
目を引くような鮮やかな金髪を両サイドで
「こら! 陽加! 先生のことを名前で呼ぶんじゃありません。それに遅れるなら連絡の一つでも——」
「えぇ〜いいじゃん。明日真っちは明日真っちだもん。ねぇー!明日真っち!」
母親の苦言を一蹴した陽加は、俺が座るソファーまで寄って来てストンと腰を下ろすと俺の肩に猫のように頬を寄せて来た。
俺は何食わぬ顔で彼女の肩を掴んで体を引き離すと、彼女の顔面にスマホを突きつけた。
「お母様の仰る通りだぞ陽加。お前スマホ持ってるんだったら連絡くらいしたらどうなんだ?」
「それがさ〜聞いてよ明日真っち! 今日ね、社会の授業中にほんの少しスマホ触ってたらハゲ先に没収されたの〜。マジなくない!? しかも放課後まで返してくれなくってさ〜。だから今日遅れたんだよねー。どう思う明日真っち?」
「どうも思わん。そんなの授業中にスマホ出してるお前が悪いだろ」
「ブゥーー。明日真っちのいけずぅー! でもでも、私ね。明日真っちだったらお説教されてもいいよ? なんなら違う方のオシオキだってしてくれても——」
陽加が頬を紅潮させながら、艶かしい吐息を伴わせ顔を寄せて来たそのタイミングで俺は彼女の脳天にチョップをかました。
「アホか!」
「あいたっ!」
ブゥーッと口を尖らせ恨めしそうに見上げる陽加を尻目に、ソファーから立ち上がった俺は彼女の母親に挨拶を交わした。
「それではお母様。陽加さんも来たことですし、僕たちは二階の部屋に向かいますね。紅茶ご馳走様でした。ほら、行くぞ陽加!」
「はぁ〜い」
「あらあら。なんのお構いもなしにすみません先生。お紅茶またお部屋にお持ち致しますね」
階段に足をかけた陽加は何かに気付いたかのようにピタリと足を止めると、くるりと振り向き無邪気な笑顔で母親に言葉を投げかけた。
「ママ。私、ママの焼きたてクッキーが食べたい! あれがあれば勉強何時間でも頑張っちゃう!」
「もうしょうがない子ね。この子は。分かったわ。今から用意するわ」
「何分くらいで出来る?」
「そうねぇ、生地からだから一時間くらいかしら」
「そっか、一時間か……」
母親のその言葉を聞いた瞬間、陽加はクスリと微笑んだ。そしてそんな彼女の様子を俺はそっと横目で見ていた……。
やがて、陽加の部屋へとたどり着いた俺はそそくさと奥からキャスターの付いた椅子に手をかけ、机まで引き寄せると同じくキャスターの付いた左隣の椅子を引き、陽加の方に振り向いた。
「よし。んじゃ早速始めるか。まずは昨日の復習からえっとどこまでやったっけー?」
「……明日真っち……」
「んー?」
椅子に座ろうともせず、只々ドアの前で棒立ちしていた陽加はゆっくりと左手をドアノブの方へと伸ばすとガチャンっと鍵を施錠した。
「やっと二人っきりだね……」
顔を上げた陽加の表情はさっきと同じ艶かしさを纏っていた。そしてそんな彼女の顔を見て俺は心の中でボソリと
(始まったよ……)
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