Act.3:[ジャスティス] -正義の末路- ②
「僕を元に戻せ」
賑わう店内。ここは城から伸びる街道の途中にある大食堂の一角。すぐそこに大きな街があるにも関わらず、安さと旨さで人を集める名の知れた名店だ。
その店の隅、小さなテーブルに向かい合って座るのは、青の髪を持つ青年と、黒髪の少年の二人。
先の青年の問いかけに対し、口をもごもご動かしていた少年がやっとのことで返答を返す。
「無理だと言うておるじゃろうが」
「出来ないなら出来ないなりに、理由を話して欲しいんだけど?」
「お主が食事中に話しかけてくるのが悪いのであろう。それともなんじゃ?お主は口の中の食料を飛ばされるのが好きなのか?」
「…好きなわけないだろう」
「そうであれば大人しく待つのが筋じゃろうて。黙ってそこに座っておれ」
ため息と共に言い切ったジャッジは、目の前に置かれた巨大なステーキ肉との格闘を再開した。小柄な彼には些か多いようにも見える一皿だが、口にした瞬間に溶けて消えてしまう程の柔らかさを持ち合わせているため、実際は平らげるのも苦ではない。現に、周りの女性客も同じものを食している。
「…それはそうと…」
それを横目に諦め半分、呆れ半分に話を反らす青年…エニシアは、何処からか飛んでくる視線に眉をひそめながら向かいのジャッジに問いかけた。
「その話し方、なんとかならないのか?」
「食事中に語りかけるどころか、人の語り口調にまで難癖を付けるとは…。最近の若者はこうも不躾なものじゃったかの?」
「…ならなんで、そんな姿をしているんだ?」
「言葉だけでなく姿にまで…。エニシア…お主にはこの永遠の生の中で学ぶべき事が、些か多いようじゃな」
「難癖を付けているつもりはない。目立たないように振る舞えと言っているだけだ」
「何を言うておる。何処が目立つと言うのじゃ」
「姿に合った語り口、それでなければ爺さんにでも変身してくれないか?」
「ここで変身をしろと?そちらの方が余程目立つじゃろうに」
「それなら今だけでも、子供らしく話してくれ。さっきからウェイターの視線が痛い」
項垂れるエニシアの背後から注がれる複数の眼差しに気付いたのか、ジャッジは口の中の物を処理すると同時に瞳を細めてため息を漏らす。
「うむ…。暫く見ぬうちに、俗世間は面倒なものになったようじゃのう」
「何時の時代にも、そんな話し方をする子供なんていないと思うけど…」
「それよりもエニシア。お主は食べんのか?なかなか美味いぞ?」
「…別に。食べなくても死なないなら、食べるだけ無駄じゃないか」
「死なずとも、動けなくはなるであろうに。そんなことで野獣が倒せるのか…疑わしいのう」
「…倒せなくても、死なないんだろ?それとも野獣に喰われて消化されれば死ぬことも可能か?」
「わしの力を舐めるでない。そんな安易な考えは今すぐに捨てることじゃな」
「じゃあ聞くけど。喰われたらどうなるんだ?」
「食事中にする話ではなかろうて…。話は後じゃ。早く食すが良い」
「面倒臭い…」
「何を言うておる。お主が喰われてしまっては…わしが面倒ではないか」
「どうして?」
「戦わねばならぬであろう。このような姿のわしに、野獣に立ち向かえとでも言うのか?お主は」
「…爺さんにでも青年にでも化ければいいだろ?」
「馬鹿を言え。わしはそんなふざけた変身能力なんぞ身に付けておらぬわ」
「…さっき出来るみたいなこと言ってなかったか?」
「とにもかくにも、食事はきちんと取ることじゃ。お主がわしを守らなければ…お主にも害が及ぶことになるのじゃぞ?」
「…どういうことだ?」
「わしが死んでしまったら、お主にかけた魔法が永遠となる。つまり、お主の望みは叶わぬと言うことじゃ」
相変わらず口調を直さぬジャッジが大きく瞳を歪ませる様は、さながら子供が大人に本性をさらけ出した時のように。
「そうか。君達も死ぬんだよね?」
「当たり前であろう。形あるものは何時かは朽ちる。お主のように、無駄な意地を張らなければな」
「話が矛盾してるよ?ジャッジ」
「そうかのう?あながち、間違いでは無いと思うがな」
汚れた口元をゴシゴシ擦り終え、ジャッジはひょいっと席を立つ。
「急がば回れ、じゃよ。エニシア」
「幾らなんでも、回りすぎになりはしない?それ」
然もどうでも良さそうに呟いて、エニシアもジャッジの後を追う。
そうして会計の際に漏らしたジャッジの感想…その上から目線な物言いが店員の眉根を歪ませた事で、積もりに積もったエニシアの疲労を最大限に引き出したのだった。
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