Act.1:[ジャッジメント] -裁きの所以- ②

 響くのは小鳥の囀り、カラスの奇声。

 微かに朝日が差し込む森の中、ため息に似た呟きが枝を踏む音に混じる。

「…で。君は一体何なんだ?」

「ほう…少しは落ち着いたようじゃな」

 抑揚の無い質問に返答するは威厳ある男の声。見渡す限り、その場に存在する人間は青髪の青年…エニシア=レムだけであると言うのに、彼は尚も俯いて言葉を続ける。

「流石に、考えるのも無視するのも疲れた」

 そう。通常であれば幻聴や幻覚として処理したくなるような出来事が、決して眼を背けられない状態でそこにあるのだ。

 エニシアの手の中。一枚の長細いカードの中央で、平べったい黒猫の瞳が細くなる。

「わしはジャッジメント。審判を司りしカードじゃよ」

「どうしてカードが喋るんだ?」

 威厳ある声の主は、カードの中の黒猫なのだ。彼はエニシアが一晩中思案する間も、空気を読まずに語りかけてきたわけだ。

「どうしてもこうしても、こうして会話をすることが出来るのじゃから、何も問題などなかろうて」

「…ちゃんと質問に答えろよ」

「仕方がないのう」

 黒猫は狭苦しいカードの中で薄っぺらい体を翻すと、ため息混じりに身を乗り出した。その様子を眺めていただけのエニシアは、次の瞬間、後退りすることになる。

 カードの中、2次元に存在していた筈の黒猫が、3次元の世界に立体的な肉体を持って移動してきたのだ。しかも飛び出す過程で、猫から人間に変化を遂げて。

「これなら文句あるまい?」

 小さな小さな人影が、誇らしげにエニシアを「見上げる」。威厳たっぷりの声はどこへやら、幼い響きに似合わぬ口調が何処までも違和感を醸し出す。

 エニシアは思わず落としたカードを拾い上げつつため息を漏らした。

「…寧ろ疑問が増えたんだが」

「細かいことを気にするのは、事態を飲み込んでからにしたらどうじゃ?エニシア=レム」

 カードから黒猫が消えたことを認識したエニシアは、更には目の前の小さな少年が先程の声の主と変わらぬ皮肉を漏らした事で、状況を受け入れざるを得なくなった。仕方なく歩みを再開すると、少年も早足で付いてくる。

「…「コレ」はあの女の仕業だな?」

「「コレ」とはつまり、お主が不老不死になったことを指しておるのか?」

「…ああ。まずはそこだ」

「それならば、答えはノーじゃの」

 余りにもあっけらかんと告げられた事実に、エニシアは小さく眉を顰めた。

「つまり、僕がこうなったのは君のせいってわけだ」

「先程から聞いておれば…キミは失礼じゃろうて。折角名を名乗ったんじゃ。きっちり名前で呼ぶべきではないか?」

 質問とは180℃違う返答を受けたエニシアは、ため息の後に黒猫である少年を見下ろして小さく呟く。

「…名前?」

「エニシア…お主、若くして痴呆を患っておるのか?」

「カードの名前なら聞いたけど?それが君の名前でいいの?」

「そうじゃ。若干長いからのう。ジャッジとでも呼ぶが良い」

「…で。これはジャッジのせいなのか?」

 ジャッジメント、彼と話しをするには些かコツが要るようだ。エニシアは認識を頭の片隅に据えながら返答を待つ。

「…そうじゃのう。確かに、不老不死の力を与えたのはわしじゃ。だがもともとはお主の招いた結果じゃろう」

「……」

「お主は人を殺めすぎた。その罪を償うのに、お主の命だけで済まそうなどと…浅はかな考えを許すわけにはいかんのじゃよ」

「…浅はか、ね。だけど」

「不老不死になったことで、もっと沢山の人を殺めるかもしれんのう」

「分かってるなら…」

「だからわしは、お主に付いてきたのじゃ」

「…お目付け役ってわけか。ご苦労様だな」

「たわけ。そんな面倒なものではないわ」

 然して怒った様子も見せずに、ジャッジは淡々とこう続けた。

「…わしはただ、わしの審判でお主がどんな道を歩むのか…それを確かめたいだけなんじゃよ」

「…意味が分からない」

「この審判が正しいか正しくないか、はたまたそのどちらでもないか…そして、自らが下した審判で、人の運命がどう変化して行くのか…そこに興味があるのじゃよ」

「随分と勝手なことを言うんだな」

「勝手?お主はそう思うのか。わしはこれからの審判に役立てようと事を成しているに過ぎんのじゃがな」

「自信が無いならやめたらいいのに」

「分かってないのう。自信が無い訳ではない。責任を持って、この目で見届けたいだけなんじゃよ」

「屁理屈にしか聞こえないけど」

「まぁ良い。とにもかくにも、わしはお主に同行させて貰うぞ」

 面倒な事になった。エニシアはただそれだけを頭に思い浮かべる。その視界に映り込んだ小さな泉が、彼の思考を僅かに切り替えた。

「…この眼」

 水鏡が映し出すのは左右色違いになった瞳。エメラルドの光を見つめる元の青が歪む。

「ああ、それはアイシャが報酬として「自分の瞳と交換していった」のじゃよ」

「なら、まずあいつを探す」

「探した所で無駄だとは思うがの」

「構わないさ」

 すっぱりと言い切ったエニシアの意識は、既に先程の問題へと軌道修正されている。進行方向を見据え直すエニシアに、ジャッジの黄金の眼差しが張り付いた。

「とりあえず…頭を整理したいからな」

 疑問の種が次から次へと増えるわりに、会話をしても消化より浪費が激しいこの状態をどうするべきか。悩むわりに然して深刻にならない自分の頭の適当さに気付きながらも、エニシアは沈黙を保ち続けるのだった。


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