ゲームシナリオ習作

泉井夏風

習作1 お題:無能な指揮官


//シーン1


ジャン

奴ら……動きませんね。


エティエンヌ

食料の備蓄が十分なのだろう。

それに比べて……。


ジャン

こっちは無能な指揮官のせいで兵糧不足。

今日の軍議は撤退が焦点になるでしょうね。


ジャン

亜人の粗末な砦を前にして

一戦も交えず退くってのもなぁ……。


エティエンヌ

フォトレル卿ばかり責めるわけにもいかん。

兵の損耗を恐れて長期戦に

異議を唱えなかった我らも同罪だ。


ジャン

本気で言ってます?

あの大将、兵糧は進軍中に徴発して賄うと

大見得切ってたんですよ。


ジャン

それが蓋を開けてみれば

どの村も冬越しの蓄えは譲れないと――


エティエンヌ

ジャン。

今更文句を言ったところで

状況が好転するわけではない。


ジャン

……はい。


エティエンヌ

撤退する我らが戻ってくるまでの間に

強欲な亜人どもが周辺の村を襲わぬよう

神に祈るほか無い。



//シーン2


フォトレル

さて、そろそろ本題に入ろうか。


ドミニク

撤退のしんがりは我が隊におまかせを!

亜人を一匹も殺さずに帰ったのでは

マヌヴォー家の名折れ!


フォトレル

まぁ、落ち着けマヌヴォー卿。

我々はまだ戦える。


エティエンヌ

まさか、今から力攻めに切り換えると?

兵の士気はかなり落ちています。

良い考えとは言えません。


フォトレル

そんなことは分かっている!

私には兵糧を得る妙案があるのだ。


ゴーチエ

妙案……ですか。

すでに糧秣は城へ戻る日数分しか

残されていないはずですが?


ゴーチエ

そもそもこの状況に至るまで

事態を放っておいたことが……。


ゴーチエ

ぜひとも、名将のお考えを

聞かせていただきたいものですなぁ。


フォトレル

なあに、単純なことだよ、諸君。


フォトレル

当初の予定通り、周辺の集落から

徴発すれば良いだけのことだ。


ジャン

へ?


ドミニク

あー、フォトレル卿。

貴殿を責めるつもりはありませぬが

それができないからこその現状では?


フォトレル

なに、発想を変えれば良いだけのことだ。


フォトレル

どのみち、ここで我らが撤退すれば

亜人どもは村の襲撃を繰り返すだろう。


フォトレル

ならば、奴らに奪われる分の食料を

あらかじめ我らのものにすれば良い。

村人もわかって備えているだろう。


ゴーチエ

……何を言い出すかと思えば。


エティエンヌ

それは……。


ドミニク

フォトレル卿、我らは騎士ですぞ?


他の騎士たち

いくらなんでも――

だが――

指揮権はフォトレル卿に――


フォトレル

ええい、黙らんか!

亜人風情相手に手ぶらで帰っては

それこそ騎士の名折れ!!


フォトレル

我らは揃って笑い者になるぞ!


ゴーチエ

さてね、責任の所在は……

明らかだと思いますがね。


フォトレル

先程から黙って聞いておれば

騎士もどきが大層な口をきく!


ゴーチエ

ほう、当家を侮辱するおつもりか。


エティエンヌ

お待ち下さい!

今は内輪揉めをしている場合では――


ゴーチエ

チッ……。


フォトレル

ふんっ。


フォトレル

とにかく、決を採るぞ。


フォトレル

私の案に賛成の者は挙手せよ。


ドミニク

…………。


エティエンヌ

…………。


ゴーチエ

はいはい、わかってますよ。

反対は我ら上級騎士の三名のみ。


ゴーチエ

他の面々はフォトレル卿の権威に

逆らえるはずもなし、と。



//シーン3


ジャン

いやあ、ひっどい軍議でしたね。


エティエンヌ

幻滅しただろう。

騎士と言ってもこんなものだ。


ジャン

ははは、旦那は立派な騎士様ですよ。

それにしても……。


ジャン

兵糧の供出を拒んだ村は

亜人の仕業に見せかけ全員殺せとは

いくらなんでも、ねえ。


エティエンヌ

とはいえ、兵を飢えさせるわけにもいかぬ。

進退窮まれり、だな。


ジャン

いっそ、あの無能に

いなくなってもらいますか?


エティエンヌ

……明日また説得してみるつもりだ。

虐殺が表沙汰になればただではすまぬとな。


ジャン

聞いてくれますかね?


エティエンヌ

ゴーチエ……

アダン卿が根回しをしてくれるだろう。

彼の得意とするところだ。


ジャン

ああ、そうだ。

さっきの騎士もどきってのは

どういうことなんです?


エティエンヌ

感心できる質問ではないな。


エティエンヌ

まあいい、他の者から尾ひれの付いた

話を聞かされる前に私が教えよう。


エティエンヌ

アダン卿の曽祖父は元々が大商人だ。

王国への莫大な献金が評価され

上級騎士の位が授与された。


エティエンヌ

出自こそ高貴なものではないが

先代も、先々代も、もちろんゴーチエも

上級騎士の名に恥じぬ人物だ。


ジャン

あー、思い出した。

商売やってる騎士がいるって

聞いたことがありますね。


エティエンヌ

そこで培われるものが騎士としての

アダン卿の強みだ。


エティエンヌ

人心掌握術、交渉力、機を見るに敏。

財力もある。いずれ爵位にも届くだろう。


ジャン

戦争より政治が得意ってわけですな。


エティエンヌ

戦上手でもある。

だからこそフォトレル卿の指す悪手が

許せんのだろう。


ジャン

へえ。

まあ、いずれにせよ村人虐殺ってのは

勘弁してほしいところですな。


エティエンヌ

最善を尽くそう。



//シーン4


ゴーチエ

ミシェル、早馬でこれを王都に。


ミシェル

かしこまりました!

書状ですね……公爵宛!?


ゴーチエ

なに、現状の報告だ。

指揮官の首を替えてくれとな。


ミシェル

……仮に万が一対応してもらえたとして

新しい指揮官が来る前に

我々は干上がってしまいますよ。


ゴーチエ

このままでは不満を抱えた兵たちが

反乱を起こしかねないと書いておいた。


ミシェル

ええっ!?


ゴーチエ

ははは、もちろん

こんな手紙ひとつで公爵は動かないさ。


ゴーチエ

これはこの後の展開のための布石だよ。

いいから早馬に預けてきなさい。


ミシェル

は、はい。


ゴーチエ

さて、次は……。


//一瞬暗転


ドミニク

それでアダン卿、策とはどのような?


エティエンヌ

穏便な方法でお願いしたいところですな。


ゴーチエ

まず、大前提として兵糧が足りません。

時間は我々の敵です。


ドミニク

その通りだ。


ゴーチエ

なので、フォトレル卿の命令通り

村々から徴発して回りましょう。


エティエンヌ

無辜の民から絞り上げる以外の手段は

やはりありませんか。


ゴーチエ

無いですね。


ドミニク

だが、冬越しの大切な食料だ。

それこそ略奪でもせねばならないぞ。


ゴーチエ

フォトレル卿は亜人の仕業にして

証拠隠滅をしろとおっしゃって――


ドミニク

おい、まさかあの作戦を通すつもりか?


ゴーチエ

まさか。一人も殺しませんよ。

食料もいっとき借りるだけです。


エティエンヌ

ふむ。聞かせてもらおうか。


ゴーチエ

フォトレル卿の名前を前面に押し出し

村人たちを脅します。


ドミニク

おい――


ゴーチエ

最後まで聞いてください。


ゴーチエ

我々は村人たちを救いたいと言って

フォトレル卿の計画をすべて

村人たちに語って聞かせるのです。


エティエンヌ

…………。


ゴーチエ

そして約束します。

戦いを終えて帰ったら

“借りた分”の食料は利子を付けて返すと。


ゴーチエ

何も根こそぎ持っていかずともいいのです。

返すまでの間、村人が食っていけるだけ

残しておけば問題ありません。


ドミニク

それは悪くない案だが……

フォトレル卿が黙ってないだろう。


ゴーチエ

先程、公爵閣下に書状を送りました。

このままでは兵が反乱を起こしそうだと。


エティエンヌ

おい、ゴーチエ。


ゴーチエ

この地域の村人たちは皆

こう証言するでしょうね。


ゴーチエ

フォトレル卿に冬越しの

大切な食料を奪われそうになったが

お優しい上級騎士様方が庇ってくれたと。


ゴーチエ

ひとまずフォトレル卿を捕縛して

お二人のどちらかに指揮官代理に

なっていただきましょう。


ドミニク

むぅ……それは……。


ゴーチエ

フォトレル卿は兵から心底

嫌われていますからね。


ゴーチエ

お二方が上に立てば

一時的に士気も上がるでしょう。


エティエンヌ

なるほど。

だが、士気を上げてどうする?


ゴーチエ

撤退するふりでもしましょう。

森に入ったら一部を伏せて……

釣られて追撃に出てきたところを叩きます。


ドミニク

そううまく行くか?


ゴーチエ

出てこなければ――


エティエンヌ

そのまま撤退だな。

業腹だが正攻法であの砦を落とすのは

兵の犠牲が大きくなりすぎる。


ゴーチエ

はい。そもそも、敵戦力の過小評価が

今の事態を招いたわけですからね。


ドミニク

フォトレル卿には

ツケを払ってもらうとするか。


ゴーチエ

メルシエ卿もそれで構いませんね?


エティエンヌ

ああ、わかった。


エティエンヌ

せめて指揮官代理は私がやろう。

フォトレル卿に被せきれない責任は

私が負うことにする。


ゴーチエ

では村人に返す食料は私が調達しましょう。


ドミニク

おいおい、勝手に話を進めるな。

私も共犯だ、一枚噛ませろ。


ゴーチエ

では囮としんがりをよろしくお願いします。

それなりの出血を伴うでしょう。


ドミニク

もとより戦いに来てるのだ。

それでは私は名誉しか得ないではないか。


エティエンヌ

ふっ、ははは、一番の功績をあげる

マヌヴォー卿には帰ってから

働いてもらいますとも。


ゴーチエ

ですね。


ドミニク

うん? あっ、そういうことか。

私に事後処理を押し付ける気だな?


エティエンヌ

私は越権行為を咎められるでしょうからね。


ゴーチエ

私が裏で手を回したことを貴族の皆様は

すぐに見抜くでしょう。


ドミニク

おい、エティ、代わってくれないか?


エティエンヌ

武辺者のドミニクが表舞台に

立ってくれる方が丸く収まるのです。


エティエンヌ

私は堅物と呼ばれ貴族方の覚えが

よろしくありませんからね。


ドミニク

ちっ、わかったよ。道化役は任された。


ドミニク

やれやれ、悪巧みしてると昔を思い出すな。


ゴーチエ

お二方の若気の至りの話は

祝宴までとっておきましょう。


エティエンヌ

そうですね……気が進みませんが

山賊の真似事をする準備をしますか。


ドミニク

フォトレル卿には我ら三人の隊で

事に当たると伝えてこよう。


ゴーチエ

よろしくお願いいたします。



//シーン5


フォトレル

よし、当面の兵糧は確保できたな。

計画通り砦攻めを始めようではないか。


エティエンヌ

砦攻め?

包囲を続けて補給物資の到着を

待つのではありませんでしたか?


ゴーチエ

兵站を軽視して危機に陥ったことを

宮廷に知られたくないあまりに

補給要請もしていないのでしょう。


ゴーチエ

無能、ここに極まれり、ですな。


フォトレル

アダン卿。私の聞き間違えか?

面と向かって罵倒された気がするのだが?


ゴーチエ

ふむ、耳に痛い言葉は

都合良く聞き取れないらしい。


フォトレル

貴様、自分が何を言っているか

わかっているのか!?


エティエンヌ

ジャン、手勢を連れてきてくれ。


ジャン

はいなっと。


//ジャン退場


ドミニク

フォトレル卿。あなたは失態を犯しすぎた。

残念ですがここまでです。


//モブ兵複数登場


フォトレル

反乱だと!? 正気か!?

お前たち! 鎮圧しろ!!


他の騎士たち

いい気味だ――

これでまともに戦える――

フォトレル卿も終わりだな――


フォトレル

貴様らぁっ!!

結託して私を陥れるつもりか!!


ゴーチエ

ははは、ご自分で掘った墓穴ですよ。


フォトレル

ただで済むと思うな――もごもご。


ジャン

そら、猿ぐつわなんて

初めてだろう騎士様。


ジャン

で、殺すんですかい?


フォトレル

もごもごもがー!!


エティエンヌ

いや、宮廷で有る事無い事喚いてもらう。

後ろ盾の侯爵閣下も他の手前

見限らざるを得ないだろう。


ドミニク

亜人の仕業に仕立て上げて

村人を虐殺しろと命じたことは

全員が聞いていますからな。


ジャン

はぁ、なんでこんな残念なおっさんが

指揮官なんて大事な地位に就けるのかね。


ジャン

ほら、歩けよ。


フォトレル

もごもご……!



//シーン6


ジャン

おー、本当に追撃で出てきたな。


メルシエ兵

ジャンさん、木なんかに登ってる

場合じゃないですよ。

奇襲準備遅れてます!


ジャン

いいって、多少ずれた方が効果的なんだ。

こっちが安全だと思って

向かってくるからな。


メルシエ兵

ええっ!?

それじゃあ、引き受ける数が

多くなっちゃうじゃないですか!


ジャン

俺がいるんだ、大船に乗った気でいろよ。


メルシエ兵

マヌヴォー隊、森の街道に入ります!

後ろがだいぶやられてるそうです。


ジャン

よっし、そろそろ準備だ。

敵の中央狙って矢を射かけたら突撃だ。


ジャン

マヌヴォー隊が反転して包囲完了ってね。


ジャン

さあて、だいぶ待たされたが

ようやっとお仕事の時間だ。


//戦闘へ



//シーン7


ジャン

包囲殲滅ねぇ。

なんで最初からこれ

やらなかったんですか?


エティエンヌ

打って出てくる可能性が低かったからな。


エティエンヌ

向こうも様子をうかがっていたのだろう。

我らの食料備蓄が減って諦めたと見て

追撃を仕掛けてきたようだ。


ジャン

そんなのわかるものですかね?


エティエンヌ

亜人は目がいい。

士気が落ちているのを

察したのではないかな。


ジャン

兵糧が届いて士気が回復したのも

見て取れたのでは?


エティエンヌ

撤退が決まって兵が喜んだと

そのように見誤ってくれたようだ。


ジャン

結局、運ですかい。


エティエンヌ

フォトレル卿がもう少しまともなら

敵の失策に期待せず済んだのだがな。


エティエンヌ

さて……明日は守備兵の減った砦に

攻撃を仕掛けるぞ。


ジャン

待ってました。

報酬分はきっちり働きますよ。


エティエンヌ

ふぅ……ジャンのような

自由気ままな身空が羨ましい。


エティエンヌ

……いっそのこと息子に家督を譲って

私も傭兵暮らしをしてみるのも

悪くないかもしれないな。


ジャン

なんか言いました?


エティエンヌ

独り言だ。

そら、陣地に戻るぞ。


ジャン

はいな。


//終わり

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