Last Case ~未完成男子⑧~

 彼女の法事から約1ヶ月が経った。

 終わってみれば、何のことはない。

 『過去を精算するために、一歩踏み出してみる』などと大層なことを抜かしたところで、所詮俺一人では辿り着けなかった境地だ。

 むしろ、ここまで含めて彼女のシナリオと思えば、俺自身に強い意志とやらが働いて能動的に動いたなど、おこがましい。

 更には米原、安城、三島、そして何よりも豊橋さんに背中を押されなければ、きっと何もかも有耶無耶になっていただろう。


 元より、自分一人でどうにか出来るとも思っていない。

 だから特別、無力感に苛まれるようなこともなければ、『出会いに感謝!』などと、どこぞの三流群像劇のような安っぽいセリフを吐くつもりもない。

 ただただ、持ちつ持たれつの中で、自分自身の役割を粛々と果たしていくのみだ。

 俺の場合、それが彼女から頼まれた脚本作りであり、豊橋さんとのマニュアル作りであったというだけに過ぎない。

 もっとも、その脚本作りやマニュアル作りでさえ、最後の最後は他人に委ねようというのだから救いようがない。

 そんな物思いに現を抜かしながら、もはやルーチンワークへと成り下がったデスク作業を日々淡々とこなしていた。

 

 そして俺たちの決着の日は、突如として訪れる。

 その日は珍しく仕事が立て込んでおり、昼食すらまともにとることが出来ず、朝からデスクに張り付きっぱなしだった。

 14時を回ろうとする頃にようやく作業も落ち着く。

 草臥れた体を奮い立たせ遅めの昼食へ向かおうとした時、デスクの上に無造作に放り出されたスマホが突如震える。

 毎度のことながら、この文明の利器は空気を読むことを知らない。

 はた迷惑な輩はどこのどいつかと、画面に表示された名前を見ると、不思議と顔が綻んでしまう。




「豊橋さん、か」


「はい、お久しぶりです」


 電話口の彼女は凛としていた。

 もはや、出会った当初の彼女の面影はどこにもない。

 しかし彼女はそんな感傷を次の一言により、あっさりと粉砕してくる。




「突然ですが、結婚することになりました」




 なるほど……。

 これは彼女なりの宣戦布告だろう。

 今この瞬間から、何ら生産性のない詐欺事件かつ、俺との騙し合いかつ、マニュアル作り最終章が始まった。

 今のところ、彼女の意図は全く不明だ。

 しかし、これが俺たちが先へ進むための儀式であるならば、一先ずここは騙されてやるのが筋であろう。


「そ、そっか……。何だ? まずはその……、おめでとう」


 上手く動揺出来ているだろうか。

 いや、ある意味動揺していることに間違いはないのだが。


「はい。ありがとうございます」


 それからしばし沈黙が生まれる。

 言外から伝わってくるメッセージの数々に頭が狂いそうだ。

 序盤から探り合いが止まらない。

 兎にも角にも、一つ一つ整理していくしかない。


「それで……、相手は誰なんだ?」

「羽島さんも知っている人です」


 共通の知り合いなど、数人しかいない。

 恐らくソイツらが、この壮大な茶番に絡んでくるのだろうと予想はしていた。

 だから彼女の返答は、事実上のゼロ回答と言っていい。

 

「ですので、結婚式にはぜひ羽島さんにも出席して頂きたくて。来週の日曜とかどうですか?」


 それは流石に乱暴すぎる。

 どこの世界に、バイトの面接感覚で結婚式に招待する輩がいるんだ。

 下手くそは許すが、雑なのは許さない。

 なので、この点については大幅減点だ。


「いくら何でも急すぎんだろ……。何? シンプルにナメてんの?」

「じゃあ、ダメ、ですか?」

 

 それは卑怯だ。

 彼女自身が出せ得るであろう、精一杯の可愛らしい声で懇願してくるなど。

 何ならあどけない表情で上目遣いをしている姿すら、電話越しから伝わってくる。

 一体、彼女はどこでそんなテクニックを身に付けたというのか。


「……やっぱりナメてんな。俺に予定なんかあるわけねぇだろ」


 我ながらチョロい。

 ここまで含めて計算だったのか。


。ありがとうございます。詳しいことは追って連絡します。では」


 最後の最後に喧嘩を売ることを忘れず、彼女は電話を切った。

 やはり予想していた通り、どこぞのデート商法マニュアルに負けず劣らずのポンコツ展開だ。

 ここから彼女がどのように挽回していくのかを考えると、気が気でない。

 とりあえず警察沙汰だけは勘弁願いたい。


「羽島パイセン、どうしたー? いつも以上に辛気臭い顔してー」


 米原がいつもの不快なニヤケ顔を晒しながら、近づいてくる。

 この男は、俺の変化をに嗅ぎ取り、その都度ちょっかいを掛けてくるのだ。

 ……いや待て。コレはひょっとして。


「なぁ……。お前まさか」

「待て待て! そんなわけねぇだろっ!? はは……」

「俺はまだ何も言ってねぇぞ……」

「っ!?」


 米原は言葉に詰まり、露骨に目を逸らす。

 やはりグルか。

 早くも彼女の計画に綻びが見え始めてきた。

 しかし、不味い。

 米原のガバガバセキュリティーにより、俺が知ってはいけないことまで知ってしまいそうになる。

 米原には、今スグ伝えたいクレームが108個ほどあるが、俺は何とかその衝動を押し殺す。


「いや、すまん。何でもない。俺の考えすぎみたいだ」

「そ、そうだぞっ!! 全く! 被害妄想だけは一丁前なんだからよ。これだから陰キャは」


 米原はワザとらしく両手を挙げ、溜息を吐く。

 マジで調子に乗るなよ……。

 格別の慈悲で深入りせずにいてやったというのに。

 しかし、考えようによっては米原のすらも、計算の内ということも可能性としてはあり得る。

 なんせ、彼女はあの温泉街で米原の醜態を目の当たりにしている。

 それを上手く利用しないとも限らない。

 そんな疑心暗鬼に陥りかけている俺を見て、米原は再びハァと大きく息を吐いた。


「なぁ、忘れたのか? 今回お前は饗される側なんだろ? だったら、豊橋さんのこと信じて、最後までしっかり騙されてやれよ」


 米原はもはやへの関与を隠そうともせず、俺に滔々と説いてくる。

 だが、米原の言う通りだ。

 どうしても豊橋さんのことになると、保護者ヅラをしてしまうところがある。


「……俺はどんだけ惨めなんだよ。ムチャクチャ言いやがって」

「ばーか。そもそもお前が始めたことだろうが」


 米原はそう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 確かにソレを言われてしまっては、反論の術がない。

 全ては自分が撒いた種だ。

 ここは大人しく、彼女のを全力で受け入れるしかない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る