Last Case ~未完成男子⑦~

「じゃあ、今日はお疲れ様でした。、今度はちゃんと報告して下さいね」


 彼女の法要は、拍子抜けするほど何事もなく終了した。

 ここまで来て、ようやく終わらせるための土壌に立つことが出来たと実感する。


「あぁ、分かってるよ。悪かったな。色々と」

「いえ。そんなの今更じゃないっすか」

「可愛くない奴……。じゃあまたな」


 俺の言葉に、安城は黙って会釈だけして去っていった。

 安城の背中が次第に小さくなり、やがてその姿は見えなくなる。


「羽島、くん?」

 

 するとその直後。

 背後から聞き覚えのある声が耳に入った。

 振り向くと、見知った黒髪の麗人が立っていた。

 約2年ぶりに見た彼女は以前よりも大人びており、その表情も柔らかい。

 黒の礼服で身を包んでいるせいか。

 それとも良い意味で社会に揉まれたからであろうか。


「……尾道か? 来てたのか」


「うん……。久しぶり」


「だな」


 という割には、言葉が少ない。

 言いたいことは山ほどあれど、それを押し殺しているのか、彼女はどこか落ち着かない様子だ。

 しかし、それは俺とて同じだ。

 俺は彼女に言わねばならぬことが山ほどある。


「あのさ……、尾道」


「うん」


「今日、アイツとのが終わった」


「そっか」


 尾道はそう呟くと、優しく微笑む。

 その表情はどこか楽しげだ。


「……最初から分かってた、みたいな顔だな」


「羽島くんの完封負け、でしょ?」


「やっぱりか……。じゃあコイツの存在も知ってたのかよ?」


 俺は先程の絵馬を紙袋から取り出し、尾道に見せつける。


「ううん、知らないよ。ただ、彼女のことだから、このままじゃ終わらないって思ってただけ」


「そうかいそうかい。みんなしてスゲェよ、全く……」


「と言っても、羽島くんがヘタレたおかげで、2年も勝負が延長になったのは想定外だったけどね」


「ぐっ……。ここぞとばかりに辛辣ですね、尾道さん」


 俺がそう言うと、彼女はクスクスと静かに笑う。

 こうして俺に悪態をつき、楽しそうにする尾道の姿を見るのは何だか新鮮だ。


「……まぁ、とにかくだな。お前には色々と面倒かけたな。捻くれ者二人の仲を取り持つのは大変だったろ?」


、だから」


「は?」


「覚えて、ないの?」


 尾道は恨めしそうな視線を向けながら、問いかけてくる。


「スマン……。何時の、どの約束だ?」


「ほら。合宿の時。ロビーでしたヤツ」


 尾道の言葉をもとに、俺は朧気な記憶を辿る。

 

『あー、尾道。部屋一緒だよな? そいつがまた怪我しないように見張っといてくれ。一応な』


 確かにそんなことを言った覚えもある。

 その場の流れと思いつきで依頼したことを、こうして8年越しに持ち出されるとはゆめゆめ思わなかった。

 

「そういや、そんなこともあったな……。まぁ随分趣旨も期間も変わっちまったけどな」

「ある意味、したのは羽島くんの方だったね」

「確かにな」


「後は……、羽島くん、だったから」


「……は?」


 尾道はそう言いながら、俯き顔を赤らめる。


「あのさ、羽島くん。って、私とじゃダメ、かな?」


「えっと。あの、それはどういう?」


「だからさ……。私、私ねっ!!」


 尾道は真っ直ぐと俺を見つめてくる。

 艶やかでありながら純粋無垢なその瞳に吸い込まれそうになり、思わずゴクリと息を呑む。

 こうして改めて見る尾道は、浜松や豊橋さんとはまた違ったタイプの美女だ。

 

「いや、俺は……」


 彼女のあまりの圧に、思わず視線を逸してしまう。






「はい、アウト」


 突如、彼女は能面のような表情になり、冷淡な視線を浴びせてくる。


「え?」


 訳も分からず、間抜けな声を上げてしまう。


「もうきっと、決まってるんでしょ? シナリオにないことしちゃダメだよ」

「いや、お前は何も言ってないし、俺も何も言ってないぞ……」

「でも、何となく察したでしょ? それに満更じゃないって顔してた。女子はそういうの分かるんだよ」

「そりゃ悪い気はしねぇよ……。贔屓目なしでお前はいい女だって思うしな。つーか、お前そんなキャラだったっけ?」


 頭を掻きながら逸した視線を戻すと、思わぬものが視界に入り思考が停止する。


「尾道、お前……」


 尾道の紅潮した頬には、薄っすらと涙が伝っていた。

 俺の呼びかけに、尾道は慌てふためき反応する。


「っ!? 別に深い意味はないよっ! ただ私の方がずっと付き合い長いのに……って思って、ちょっと悔しかったってだけ。別に『出し抜かれた』とか思ってないよ!」


 尾道は涙を拭いながら、弁明するようにまくし立てる。


「いや、思ってんじゃねぇか……。第一、何でお前の方が付き合い長いって分かんだよ」

「うるさいな。そんなの勘に決まってんじゃん。細かいこと気にしてたら、また大事なところで間違えちゃうよ」

「へいへい。ご忠告どうも」


 俺たちは自然と笑みが溢れた。

 本当に良い娘だと思う。

 願わくば、彼女には俺を遥かに超えると出会って欲しいものだ。


「じゃあね、羽島くん。幸せになってね」


「今日はやたら祝福されるな……。それはコッチのセリフだっつーの!」


 尾道は最後にクスリとはにかんだ笑みを残し、俺の前から去っていった。

 

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