彼女が欲しがった嘘⑧

 その後、合宿は恙無く終わり、大学生活初のGWも終わりを告げる。

 元々、周囲から『存在しているのか?』などと嫌味を言われるレベルでの不定期活動だったこともあり、その後しばらくは特筆すべきイベントはなかった。

 とは言え、俺たちの日常は確実に変化を遂げた。

 具体的には、俺たち一年生の仲が飛躍的に深まったことである。

 授業がない日は一緒に映画を観に行ったりもしたし、時には副会長なども交えて他県の観光地へ赴いたりと、紛いなりにもの大学生のような日常を過ごすようになった。

 そんな一端の大学生なら当たり前の日常を、どこか斜に構え、忌避していた俺にとって彼女との日常は新鮮だった。

 精神的に成長し、変化を楽しめるようになったと言えばそれまでだが、やはり彼女が変えた部分は大きいと思う。


 だが、そんな変化など氷山の一角であり、取るに足りない事柄だ。

 俺にとって最も変化を遂げたことと言えば……。



「はい! 羽島っち! あーん!」


 月日は流れ、あの合宿から2年が経過した。

 この通り俺と浜松は、何故かになっている。

 そして現在は、いつか約束した京都に二人で来ている。


 サークルの連中にも、『時間の問題』だの『羽島がヘタレ』だの散々好き勝手言われてきたが、無事に収まるところに収まったというところなのだろうか。

 これまでご祝儀とばかりに『どっちから先に告白したの?』と、うんざりするほど聞かれてきたが、実際のところ答えにくい。

 そもそも『どっちから』など、相手から告白させてマウントを取りたいなどといった特殊な場合を除き、当人たちにとっては些末な問題である。さりとて聞く側も、余程の仲人気質の物好きでもない限り、大して興味があるわけでもないだろうが……。

 親しいもの同士のある種の礼儀作法、予定調和と思えば、聞かれた側としても無闇やたらに勿体ぶる必要はないのかもしれない。


 とは言え、本当に答えようがないケースというのも一定数存在する。

 それは、具体的な告白の言葉が無く、当人たちや周囲の暗黙の了解で発展した場合だ。

 後々のことを考えれば、トラブルの原因以外の何物でもないので、余程のロマンチストでも無い限り言質をとるべきなのだが、世の中には適切なタイミングがある。

 俺の場合、そのタイミングを完全に見失ってしまった。

 そんな俺の懸念を他所に、彼女は悪戯な笑みを浮かべながら、とある京都の名店の抹茶アイスが乗ったスプーンを俺の口元に近づけてくる。

 

「ナニ? どしたの? アイス溶けちゃうよ!」


 いつまでもアイスに口を付けない俺を、あどけない顔で首を傾げ、心配してくる。

 そんな彼女を素直に可愛らしいと思えるのだから、俺も成長したものだ。


「……なぁ、一応確認しとくけど、俺たちって付き合ってんの?」


 旅先での高揚感か定かではないが、俺は勢い余って核心に迫ってしまった。


「ふっ。羽島っち。アタシたちは付き合うとか、付き合わないとかそんなちっぽけな関係じゃないよ。ソウルメイトだよ!」


 ニヒルな笑みを浮かべ、彼女ははぐらかす。

 何かの予防線なのか、度を超えたロマンチストなのかは分からない。

 

「ナニ? 羽島っち? ひょっとして不安なの?」


 不安と聞かれれば、不安かもしれない。

 口約束だとしても、独りよがりよりは幾分マシだ。


「まぁ、多少はな……」

「おっ、羽島っち随分素直になったねー。偉い偉い!」


 そう言って彼女は、俺の頭をクシャクシャと撫でてくる。


「でも風情を大切にしないのはいただけないなー」

「まぁそういう考え方も分かるけどな。現代社会だとそういうのはトラブルのもとになるんだよ」

「ちぇ。風情がないなー。じゃあ素直になった羽島っちのために、一つヒントをあげよう!」


 彼女は人差し指を突き出し、得意気な笑みを浮かべる。

 そしてコホンと咳払いを交え、話し出す。


「アタシは月が綺麗だと、死んでもよくなるでしょう」


「情緒不安定かよ……。分かりづら過ぎるわ……」

「えー!! でも、分かるでしょっ!?」

「まぁ分かるけどさ。他に何かなかったのかよ……」

「でも、アタシたちらしくない? こういう捻くれた感じっていうの?」


 確かに俺たちらしいと言えばらしい。

 これが俺たちなりのなのかもしれない。


「そうだな。それ以上の言葉をお前からは期待しないよ。2年も一緒にいりゃ流石に分かるわ」

「イチイチ言い方に棘があるなー。でもそうだね。もう2年も経つんだね」


 そう言うと、彼女は声のトーンを落とし、物憂げな表情を浮かべる。


「ねぇ、羽島っち。2年前さ、合宿のバスで話したこと覚えてる?」

「……自分で映画撮る、って話か?」

「おっ、ソレソレ! よく覚えてるねー。さすがアタシの見込んだ男だよ!」


 彼女はそう言って、またいつもの笑顔に戻る。

 俺にはそれが何故だか痛々しく見えてしまった。


「……でそれがどうしたんだよ」

「羽島っちがどう思ったかは分からないけど、アタシさ。結構本気だよ」

「そう、か」

「でさ、羽島っち。アタシ、やっぱり羽島っちに脚本作って欲しいんだよね。いいかな?」

「……まぁ一応そういう約束だしな」

「うん、ありがとう」


 彼女らしからぬ神妙な雰囲気に妙な胸騒ぎを覚えてしまう。

 そんな形容し難い不安を振り払うかのように、俺は具体的な話を進めた。


「……んで、それはいつ頃作んだよ?」

「卒業してからかな。これから就活とかも始まっちゃうし。だから今はインプットの時期だね」

「いや、卒業したら仕事が始まるだろ」

「そこを何とか上手く時間見つけてやるのが社会人でしょ? タイムマネジメントも監督の仕事だよ!」

「監督はお前だけどな……」

「どの道今のアタシたちじゃロクなもの作れないよ。どうせなら、一生の記念になるようなヤツ、作りたくない?」

「オーバーな奴だな……。まぁお前がソレでいいなら、いいよ」

「うん。よろしくね……」


 改めて言われなくとも、彼女が本気なら、きっとそうなると思っていた。

 彼女がこうして言葉にしてきた以上、断る理由はない。

 

「そうだ! 安城くんに御守り買って帰ろうよ! 恋愛成就のヤツ!」

「いいな、それ! 嫌がらせとしては最高だな!」

「でしょ? じゃあ行こう!」


 浜松の言う、優しさに溢れた世界とやらはその映画に詰まっているのだろうか。

 だとしたら、俺と彼女が出会った意味もそこにあるのだろう。

 などと柄にもないことを思いながら、軽い足取りで神社へ向けて歩き出す彼女の後を追った。

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