Case 2 ~インドア男子⑦~

 さて、ここから第三フェーズだ。

 安城に得意分野でたっぷりと汗をかいてもらった後は、いよいよ本題に進まなければならない。

 

 ここまで流れのまま押し切って来たが、その勢いももはや風前の灯である。

 きっと、安城の中には『なんか流れでデートすることになったけど、冷静に考えたら何だこの女?』と言った感情が芽生え始めているだろう。

 それもそのはず。

 当初は運命的()に安城が豊橋さんを助け、その御礼として豊橋さんがデートに誘うという想定だった。

 だが、その計画は破綻し(米原のせいで)、もはや安城は『たまたま事件の現場に居合わせた野次馬その1』に成り下がってしまった。

 とある有名人の言葉を借りるなら、『豊橋さんが勝手に助かった』だけに過ぎない。

 まとめると、勝手に助かった豊橋さんが、たまたまその場に居合わせた安城に勝手に感謝して、勝手に連れ回している状態だ。

 

 こうして座って腹ごしらえの一つでもして冷静になれば、いよいよその疑問を抑えることが出来なくなるはず。

 何事にも疑い深い安城であれば尚更だ。

 これから先、少しのミスが命取りになるだろう。

 そのため、こちらとしても一手一手着実に丁寧に進めていく必要がある。


 とは言え、飽くまで相手のフィールドで戦うことに変わりない。

 理由は、逆に相手の油断を誘えるからだ。

 だからこそ、俺が選んだ決戦場は……。


「いやぁ! まさかキミがこの作品好きだなんて思わなかったなぁ! 俺も一回は行ってみたいと思ってたんだけどさ!」

「実はですね〜、ちょっと前にアタシの好きなファッションブランドで、コラボやってたんですよ。それでその時、思ったんです!この子、カワイイって!」


 豊橋さんはそう言いながら、鞄の中を漁る。

 そして、某人気作品の2大ヒロインのノベルティグッズを取り出し、喜々とした表情で掲げる。

 そんな彼女を見た安城は、嬉しそうに応える。


「おっ! やっぱキミもそっち派? 分かってるね〜。つーか、ぶっちゃけ一択だよね? アッチ選ぶやつとか人間性疑うわ」

「で、ですよね〜。あはは……」

 

 そう。俺が次のフィールドに選んだのは、某人気アニメ作品のコラボカフェだ!

 ココの温泉街が舞台であるこの作品は、各施設の至るところでコラボされている。

 この店もその一つだ。

 やはり大成功と言っていい。

 流れとしては自然だし、何より安城の機嫌が露骨に上がっていることが分かる。

 上機嫌のあまり、オタク特有の偏った思想が漏れ出し、豊橋さんは若干困惑気味だ。


「そう言えばさ! 新しい映画見た!? 正直よく分かんなかったよねー。あの監督マジで何考えてんだろ」

「あはは……、えっと……」


 安城よ。早まるな。

 豊橋さんが発した情報を、冷静に振り返ってみろ。

 まだ彼女は『この子、カワイイ〜』としか言っていない。

 まぁ気持ちは分からんでもないが、そういうトコだぞ!

 しかし、不味い。豊橋さんが押され気味だ。


「あ、それでさ! そのヒゲの監督って実は……」

「あっ!!! それ、カワイイですね! どうしたんですか?」


 豊橋さんはソワソワしながら、安城のリュックに雑に掛けられたのお守りを指差した。

 よし。かなり強引だが流れをこちらに引き込めた。

 豊橋さんのアドリブ力が磨かれてきた証拠だ。

 つーか、アレって……。


「あ、これ? コレさぁ、京都の有名な縁結びの神社のお守りなんだけど、知ってる?」


「知ってます! 高校の時、就学旅行で行ったことあります!」


「そこでさぁ。大学時代の先輩とそのが買って来てくれたんだよね。『二次元ばっか見てないで彼女作れって』。ホント余計なお世話だっつーの!」


 アイツ、まだ付けてたんだな……。

 もう2年以上も前だと言うのに。


「そのおかげか知らないけど、社会人になってようやく彼女が出来たんだ。でも実はその彼女とも、この前別れちゃってさ……。ホントご利益あるんだか、ないんだか分かんないよね!」


「そ、そうだったんですか……」


「それで不思議な話なんだけどさ。彼女が出来た時も、別れた時も何だか外す気になれなかったんだよね。思い出の品、とかそんな安っぽい感じじゃなくてさ。まだ何かしきれてないっていうか、まだホントの意味でっていうか、さ。上手く言葉に出来ないんだけど」


「分かります。何だかそういうの……」


「だよね。お守りのせいにするなって言われたら、ソレまでなんだけど」


 そう苦笑いしながら話す安城を見て、バツが悪くなる。

 恐らく、俺に対して要らん世話を焼いているのだろう。

 だが、安城には悪いが文字通り余計なお世話だし、を恋愛成就のお守りに求めるのは酷である。


「あ、あのさ……、今日会ったばかりのキミにこんなコト聞くのもなんだけどさ。人を騙すのって悪いことだと思う?」


「えぇぇぇぇっ!!?? あの……、ひょっとして私のこと」


「あぁ、ごめんごめん! 急だったよね! 悪いね。変なコト聞いちゃって」


「い、いえいえいえいえっ!! タダちょっと驚いたんでっ!! で、でも……、どうしてそんなことを?」


「たまにさ。思うんだよね。敢えて嘘を吐きたい人間なんて、一人も居ないって。そのがさ……」

 

 もうその辺でいいだろ……。

 頼むから豊橋さんに余計なこと吹き込まないでくれ。




「あれ? 翼紗? 何でアンタがココに居んの?」




瑞帆みずほっ!? お前、どうしてココに!?」


 不味い。最悪の展開だ。

 ここへ来て、安城の彼女とバッティングしてしまった。

 当の彼女は、そのダークグレーのロングヘアを不機嫌そうに弄りながら、二人を見下ろしている。


「コッチが聞いてんだけど。で、誰その女?」

「っ!? お前には関係ないだろ!!」


 確かに関係ないかもしれない。

 二人は既に別れている。

 だが、こうも別れてスグに他の女性といる場面を見てしまうと、元恋人として思うところはあるのだろう。


「ショートの娘が好きなんだ、ふ〜ん」

「な、なんだよ」

「べっつにぃー」


 そう言うと、彼女は豊橋さんを値踏みするかのように物色し、満足すると淡々と自己紹介を始める。


「はじめましてー。小田 瑞帆おだ みずほって言います。ちなみにコイツの彼女でーす。よろしくー」


 する気など更々ない様子で、豊橋さんに話しかける。

 端から怒りを隠す気などないのだろう。

 

「あの、豊橋 光璃です。よ、よろしくお願いします……」

「えっ? 豊橋?」

「…………」


 小田さんは何も応えない。

 彼女の圧に対して、豊橋さんはもはや為す術がなかった。

 完全に萎縮してしまい、仮名を名乗ることも忘れてしまっている。


「も、もういいだろっ! を巻き込むなよ!」


 そんな彼女を見かね、安城は豊橋さんをフォローする。


「彼女? 彼女って言った、今? ねぇ!」

「違う! そういうことじゃねぇ!」


 安城の言葉尻を捉え、ここぞとばかりに悪態をつく。

 彼女自身も冷静ではないようだ。


 しかし、参った。

 俺の撒いた種で、安城や豊橋さんが修羅場を迎えている。

 こうなってしまった以上、もはや計画の続行など不可能である。

 『case.2』も破綻のようだ。

 出来損ないは俺の方だよ、全く。


 種明かしの時間だ。

 そう思い、席を立とうとすると、突如豊橋さんが声を上げる。


「あ、あのっ! 小田さん!」


「あ? 何?」


 小田さんは不快感を隠すことなく、豊橋さんの呼びかけに応じる。


「お、小田さんは、安城さんのことを、そ、その……、嫌いになったんですか?」


 豊橋さんがそう言うと、小田さんは深い溜息を吐く。


「アンタさ……、赤の他人にそんなこと聞かれて、応えると思ってんの?」

「で、でも、安城さん。スゴく良い人じゃないですか? 確かにたまにちょっと時あるけど……」


 悪気なく、豊橋さんが応えると、小田さんはまた一段と深い溜息をつく。


「別に嫌いになったわけじゃないし……」

「瑞帆……」

「確かにちょっと束縛っぽいことされたけど……。でも、そんなん最初っから覚悟してたし。だってソイツ、恋愛経験ないし、女との付き合い方分かってないだけなんだなって思ってたから」

「そ、そう? なのか?」


 安城は自信なさげに問いかける。


「アンタにそんな男らしいリードとか期待してないし。アタシはただ……」


「あの! もし良かったら、聞かせてくれませんか? どうしても気になるんです……。安城さんの一体どこに落ち度があったのか。一見、他人に興味なさそうなのに、スゴく周り……、というか人の本質を見てる人だなって思ったんで」


「……そんなん知ってるし。つーか何でアンタにそんなこと言わなきゃいけないワケ?」


「理由とか目的って、必ずしも一つじゃないし、裏の意味がありますよね?」


 小田さんの問いに、豊橋さんは食い気味に応えた。


「は? アンタ何言ってんの?」


「今、私はと一緒に、ちょっと人には言えないようなことをしています。その方は『私の成長のため』とおっしゃいますが、もっと他の理由があると思うんです。いつかちゃんと聞いてみたいって思ってるんですが……。今はきっと、その時ではないんでしょう」


「で、何が言いたいん? アンタの話とか興味ないんだけど」


「私はのことを信じています。でも、いつか信じられなくなるかもしれません。もしその時、何かお互いに誤解があったらって想像すると、スゴく悲しい気分になるんです。だってそれは、その人の本意じゃないから」


「…………」


「で、ですから、安城さんと小田さんの間にも、何か誤解があるのかもしれません! それを聞いた上で、私も一緒に考えてみたい。もちろん、私が首を突っ込む権利はない。そのことは百も承知です」


 小田さんはまた深い息をつく。

 そして、渋々といった顔でその胸中を話し出した。


 そもそも二人の出会いは、安城が研修で小田さんのいる系列会社に出向したことがきっかけだった。

 同じプロジェクトを担当したということもあり、何かと接する機会が多く、次第に二人きりで食事へ行くようにもなる。

 当初は仕事の話題がメインだったが、次第に互いの趣味やプライベートの話題も増え、二人の距離は着実に縮まっていった。

 そして、プロジェクトは無事に成功し、その後二人は恋仲に。

 これが彼らの馴れ初めらしい。

 交際自体は非常に順調だった。

 というのも、比較的趣味も合ったようだし、何よりも互いに修羅場を潜り抜けたパートナーという意識があるのだろう。

 確かに、安城は女慣れしていないし、一種の束縛癖のようなものもある。

 だが少なくとも、安城の独りよがりということではなかったようだ。


 しかし、ターニングポイントは突如として訪れる。

 それは、安城の出向期間が短縮されたことだ。

 米原は予定よりも早く、本社へ戻ることになり、小田さんの会社で過ごす時間も残り僅かとなった。

 小田さん曰く、が別れを切り出した理由らしい。

 確かにそうなれば、合う頻度は落ちるかもしれない。

 だが直接的な理由としては、やはり弱い気がする。

 話の続きを聞いてみないことには……。


「そ、それが理由、ですか?」

 

 豊橋さんが当然の疑問をぶつける。


「…………」


 小田さんはなにも応えない。


「す、すまん、瑞穂。は会社の都合なんだよ」

「馬っ鹿じゃないの!? そんなこと分かってるっつーの! やっぱ何も分かってないじゃん!」

「じゃあ、何なんだよ……」

「……アンタ、嘘ついてんでしょ?」

「は?」

「アタシ知ってんだから。じゃなくて、なんでしょ?」


 安城の顔色が露骨に変わる。


「っ!? お前、それをどこで!?」

「そんなのプロジェクトリーダーに聞けば分かるっつーの! 何、それ!? カッコいいとでも思ってんの!? コッチはただただ除け者にされたとしか思えないしっ!」


「あの! す、すみません。それはどういうことでしょう?」


 話についていけない豊橋さんは堪らず、状況の説明を乞う。


 話は安城のが決まる前に遡る。

 成功に思えたプロジェクトだったが、後から重大なミスが発覚したらしい。

 それは会社経営の根幹に関わるシステムであり、クライアントの怒りは相当のものだったようだ。

 そして間もなく、継続契約の解除を言い渡されてしまう。


 当然、これは責任問題となる。

 そして質が悪いことに、どうやらそのミスというのが小田さんが担当したセクションだったようだ。

 だが、小田さんはそれまでの過労が祟り、入院を余儀なくされていたため、その場に居合わせなかった。

 そんな状況下で、小田さんのミスを全て被ったのが安城だった。

 小田さんのセクション全てを自分の担当と申告した。

 その後、間もなく出向先及び本社から処分が言い渡され、地方の関連会社への出向が決まってしまったらしい。

 退院後、事情を聞いた小田さんは安城へ連絡。

 そして安城は応えた。


が早まった、と』


 確かにこんな雑なやり方では、すぐにバレる。

 恐らく安城は後先考えず、一時の感情に流されてしまったのだろう。

 大切な彼女を守りたい一心で。 

 

「そうですか、そんなことが……」


「この先もこんなことあるかもって、考えたら耐えられなかった。アタシなんかに関わったばっかりにアンタがこんなことになるなんて……」


「そんなの……、俺の勝手だろ!!」


「開き直ってんじゃねぇしっ!! じゃあ何でなんて嘘ついたのさ!?」


「そ、それは……」


 恐らく安城も気付いていた。

 自分のエゴで相手を傷つける、ということに。

 だから、咄嗟に取り繕った。

 せめてもの、建前として。

 だが、そんなものが暗黙の了解として機能することはない。

 

「……ごめん。でも分かってるんだ。元凶はアタシだから、アンタにこんなこと言える立場じゃないって。勝手だってのも分かってる。アタシ、もうアンタに迷惑かけたくないの」


「瑞帆……」


「……嘘、ですよね?」


 突如、豊橋さんが口を開く。


「は?」

「小田さん。そもそも、どうして理由も言わずに別れを切り出したんですか?」

「そ、それは……」

「その方が安城さんの立場を守れるから、ですか? それなら、聞きますがどうして私と安城さんが一緒にいるところに割って入って来たんですか?」

「うっさい! そりゃ気になるっしょ……。一応、その、彼女だったんだし……」

「それに……」


 豊橋さんは、小田さんが手に提げている白いレジ袋を無言で指差す。

 その半透明の袋の奥には、某作品のフィギュアと思われるものが薄っすらと見える。


「あっ! ソレ俺が欲しいって言ってた……」


 安城が思わず言葉を漏らす。


「私、その作品のこと、あまり良く分かりませんが、限定商品かなんかですよね? しかも、安城さんが好きなキャラクターの。もう関わらないつもりなら、どうしてそれを持ってるんですか?」

「アタシも好きってだけだし……」

「そうかもしれません、ね。でも、本当にそれだけですか?」

「…………」


 安城を思い、安城のためと思い、自ら身を引いた。

 でも、結局断ち切れなかった、

 だから、こうして安城の面影を追っている。

 果たして、小田さんが吐いた嘘は、安城への忖度なのか、はたまた自分へ向けて放った欺瞞だったのか。


「安城さんも嘘を吐いた。そして、小田さんも嘘を吐いた。あのっ! こんなこと私が言えることでは全くないんですが、きっとお二人ともまだ恋人でいたいんですよね? だ、だったらもう、オアイコってことにしませんか!?」


 そう、必死に提案する彼女を見て、安城と小田さんはお互いの顔を見合わせる。

 そして、自然と笑みが溢れた。


「あーあ、しょうもなっ! マジ、めんどいしっ! やっぱこんな奴と付き合うんじゃなかったわ!」


 小田さんが大声で冗談混じりに話し出す。


「あ? 俺に対してそんなこと言っていいのか? これまで以上に粘着するぞ」

「そしたら普通に警察に連絡するし。次に会うのは温泉街じゃなくて、ブタ箱ね」

「面会には来てくれるのかよ……」


 彼らはもう壁を乗り越えたのかもしれない。

 二人のやりとりを見て、不思議と安堵の気持ちが湧いてくる。


「よ、良かったぁ」


 そんな二人を見た、豊橋さんは思わず安堵の声を漏らす。

 嘘も方便、などと都合の良い言説があるが、それが許されるのは余程のスキルを持ち合わせている人間だけかもしれない。

 すぐにバレる嘘など、それこそ誠意がない。

 

 安城の嘘は、所謂だ。

 だが、その優しさは刃でもある。

 嘘に気づくのも、気づかぬふりをするのも負担がかかるのだから。

 小田さんの場合、それに耐えられなかったのだろう。


 しかし……、そんな負担があると知りつつもを求める奇特な人間も一定数存在する。

 そこを間違い、信頼関係が瓦解してしまった例を俺は良く知っている。

 ……とは言え、それはホンの極稀な一例だ。

 彼らが既のところで立ち止まることが出来て良かったと、心の底から思う。


 俺は全てを見誤っていた。

 安城のことも、小田さんのことも、そして豊橋さんのことも。

 俺自身が未だ見て見ぬフリをしていることに、もし彼女が気付いているとしたら。

 もし、そうならば今後彼女とどう接していけばいいのか。

 いずれにしても、俺は彼らに全てを話さなければならない。

 この場で一番の嘘つきの俺が。

 俺は重い腰を上げ、三人の話すテーブルへ向かった。


「あー。ちょっといいか?」

「あれ? 羽島さん? 何でココにいるんですか?」

「まぁちょっとな……。ははは」


 俺が三人の前に姿を現すと、豊橋さんは気まずそうな表情を浮かべる。

 そんな顔するなっての。


 そして、彼らに一連の種明かしをした。


 二人は怒っていた。そりゃものスゴく。

 当然だろう。

 いくら稚拙で出来損ないであったとしても、ハメた事実に変わりはない。


 俺が土下座を試みると、二人はさらに困惑した顔で『もういいですから!』と、俺を諌め出した。

 改めて、土下座は誠意の象徴などではなく、許しを乞うための殺傷兵器のようなものだと実感する。

 しかし、アレだな。

 許してくれそうな雰囲気が生まれてから登場するなど、卑怯この上ない。

 そう思えば、この空気感を生み出した豊橋さんには感謝してもし切れない。


 そして、二人はヨリを戻した証とばかりに、の温泉デートへ出かけていった。

 二人の間のしこりを完全に解消するまでには、時間が掛かるしれない。

 だが、関係さえ続いていれば、お互い手の届く距離にいれば、いつからでもやり直せるのだろう。

 例え、何年かかったとしても。

 そんなことを思いながら、彼らが店から出ていく姿を見つめていた。


「これで良かった……、と思いますか?」


 彼らの背中を見つめながら、豊橋さんは問いかけてくる。


「良いも何もアンタが導いたんだろうが」


「そう、ですよね……。はは。ごめんなさい……」


「別に怒っちゃいねぇよ……。まぁ、その、アレだな。それなりにアドリブ利くようになったじゃねぇか。もう三流くらいにはなれたんじゃねぇの? デート商法プレイヤーとして」


「ですから、全然褒めてませんよね!? ソレに全然目的と関係ないし!」


「いや、褒めてるよ。アイツら嬉しそうにしてたじゃねぇか」


「確かにそうかもしれませんが……。でも、きっとこの先もは生まれますよね?」


 俺は何も言えなかった。

 互いを思いやるが故の嘘。

 そんなものがこれから先、生まれない保証などどこにもない。

 そうなれば、またいつか取り返しがつかなくなるかもしれない。

 結局何が正しいのだろうか。

 そんなことを考えていた俺の顔色を伺うように、豊橋さんは話題を逸してくる。


「あ、あの、そう言えば米原さんはどちらへ?」


 彼らの話に夢中になり、軽薄な男のことなどすっかり失念していた。

 俺は席を立ち、店内を見渡す。

 すると、元居た席に見慣れた面影を見かけた。

 いつもであれば、でしゃばって来る男がこうも大人しいと些か不気味ではある。


「おい、米原。出るぞ」


 席に戻り、米原に声を掛けると、ヤツのその姿に愕然とした。


 ね、寝てるっ!!

 ……仕方ない。朝、早かったもんな。

 顔を伏せ、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る米原の頭を、俺は静かに撫でた。

 そして2テーブル分の伝票だけをその場に残し、俺と豊橋さんは店を後にした。

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