Case 2 ~インドア男子⑥~

「なぁ。後輩のヤツ、遅くね?」


 待ち合わせ場所の改札口の前で、緊張に打ち震える豊橋さんを見つめながら、米原は言う。

 スマホをイジりながらそう呑気に溢す表情たるや、いつものアホ面であり、まるで緊張感がない。

 確かに米原の言う通り、あれから1時間近く経つというのに、未だ安城の姿は見えない。

 何か他のトラブルに巻き込まれたか。

 それとも、警戒のあまり先に帰宅したのか。

 はたまた、『今美人局に遭いかけてるんだがwww』などと掲示板にスレッドを立ち上げ、ネット民から指示を仰ごうとしているのかは定かではない。

 だが、こうして約束の場所に姿を現さない以上、嫌でも想像が膨らむ。

 無論、スマホに着信の形跡はない。

 何もなければ良いが……。

 そして、そんな俺の心配は杞憂に終わることとなる。

 

「ご、ごめん。ウンコしてた!」


 だからそういうトコだぞ!

 案の定、豊橋さんは引き釣った笑みを浮かべ、ドン引きしている。

 思えば、彼女のこんな表情を見るのは初めてだ。


「……そ、そうですか! !」


 安城のあまりの第一声に、豊橋さんは一時言葉を失ったものの何とか正気を取り戻す。

 それにしても『良かった』とは、何が良かったのか。

 安城の大腸のコンディションに対してか。

 ある意味で想像の遥か上へ行く安城に辟易しつつも、俺たちは監視を続行する。


「……えっと、まずは何をどうしよっか?」

「えっとですね! アタシなりにイロイロ調べて来たんですよ! アタシに任せてもらってもいいですか!?」

「えっ! うん、それじゃお願い」


 安城が応えると、豊橋さんは震える手で彼の腕を引きながら、へ向かった。

 清々しいほどエスコートする気ゼロの安城に感心しつつ、計画は俺たちの都合の良い方向へ進んでいくことに、ある種の安堵感を覚える。

 本当にこの男は繊細なんだか、図太いんだか分かりゃしない。


 正直、不安しかないがこうして第二フェーズが始まってしまった以上、彼女たちを見守るしかない。

 その時、ふと隣の米原に目をやると、何やら難しい顔で唸っていた。


「あ? どした? 俺たちも行くぞ」


 俺が発破をかけると、米原はハッとした表情になる。


「あっ! 悪い悪い。なぁ。お前の後輩の名前って、アンジョウ、だったよな?」

「は? そうだけど……。それが何だよ?」

「だよな!? いやさ。何かどっかで聞いたコトあんだよな、その名前。ビミョーに見覚えもあるし」

「そうなのか? まぁアイツと似たようなタイプなんて沢山いんだろ」

「そっかな〜。まぁそうだな! 現にココに一人いるし」

「おいっ! それはどういう……、いや待て。ココで俺が憤慨することは安城に対して失礼なんじゃないか?」

「お前、ヘンなとこ律儀だよな……」


 米原の思わぬ言葉に一瞬心が揺れ動くが、例えヤツと面識があったとしても大筋の計画に変更はない。

 全てが終わった暁には、土下座あるのみだ。


 その後程なくして、豊橋さんは俺が指定した場所へ、安城を連れて行った。

 と言っても、相手は《あの》安城だ。

 必然的に一つに絞られる。

 無論、『出会って4秒で混浴露天風呂!』などと、チープなお色気展開を期待しているのだとしたら、それは大いに反省して欲しい。

 そんなのは安城が望むものではないし、何より俺が許さない。

 大味でありきたりだが、ほのかに甘く、それでいて童貞臭い。

 俺に似てロマンチスト()な安城なら、そんな展開をお望みなはずだ。


 それで肝心な目的地だが、『温泉旅行と言えば……』が最大のヒントだ。

 温泉街での食べ歩き、山々を見渡すロープウェイ、風呂上がりの牛乳と卓球。

 もちろん、それらも温泉旅行を構成する重要なファクターだが、今彼らに必要なことはそんなものじゃない。第一、温泉はまだ早いっつーの。

 では、何か。

 それは、安城の『あれ? この娘ひょっとしてイケるんじゃね?』といった男としての自信である。

 言うまでもなく、豊橋さんも安城の気持ちを盛り上げるために、あらゆる角度から褒め殺しを行うと思うが、安城は何事にも疑心暗鬼な男だ。

 何かが見えてこなければ、自分すら疑うタイプである。

 だから、安城には小さなを積んでもらう。

 別に大したことをしてもらうつもりはない。

 安城が得意な分野でイイところを見せれば、豊橋さんはここぞとばかりに褒めちぎるはずだ。

 未だ半信半疑の安城の警戒心を解き、満更でもない気分にさせるためには、このプロセスは必要不可欠だ。

 そして、安城がそのプロセスを踏む上で最も適した場所。

 すなわち……。


「す、すごーい(棒)。ま、またお店の新記録ですかっ!?」


 そう。昭和の香りが漂うなゲームセンターだ!

 四半世紀以上前に一斉を風靡した、でお馴染みの懐かしい筐体ゲームの数々が導入されており、まさに世のお父さん・お祖父ちゃんたちがちょっとだけヒーローになれる瞬間がココにはある。

 しかし、改めて安城の腕前には感心する。

 全く世代から外れているレトロゲームをアレだけ自由自在に操るのは並大抵のことではない。

 確かに復刻版のアプリなどはあるのかもしれないが、実際に筐体を使ってやるのとではまた違うはずだ。

 全く。俺に隠れて、一体どこで研鑽を積んだというのだろうか。


「クソッ! アイツあんなに楽しそうにして」


 ふと隣りを見ると、苦虫を噛み潰すかのような顔で二人を見守る米原の姿があった。

 忘れていたが、米原は豊橋さんにだったのだ。

 当の安城は満更でもない表情を浮かべ、豊橋さんの褒め殺し口撃に対応している。


「そ、そっかな。じゃあ、次はイン○ーダーでも」

「ま、待って下さい! ア、アタシ安城さんともっとゆっくりお話ししたいな、みたいな……」

……」


 このままいったら、終始安城のペースだ。

 もうお前のスゴさは十分に伝わったし、それなりにこのを楽しんだだろ。

 ここから俺たちも仕掛けさせてもらう。


「あっ! そうだ! ちょっと小腹が空きませんか? 実は良い店知ってるんですよ。安城さん。甘いもの、お好きですか?」


 何で知ってんだ!? そもそも、どうしてお前はココへ来た!?

 といったあまりにも無粋なツッコミはここでは控えるべきである。

 今この場で重要なのは、フェーズというものは刻一刻と移り変わる、という事実だ。

 というのも、安城の中に自信が生まれたことで、少なからず『この娘ともっと話してみたい』という気持ちが醸成されつつあるだろう。

 ましてや、安城は絶賛傷心中だ。

 深層心理では、女性目線での率直な言葉を求めているはずだ。


「甘いもの、か。うん。結構好きだよ」


 そして陰キャは何故か甘党が多い。

 完璧過ぎる……、この作戦。


「なぁ。もう帰ろうぜ〜。飽きた」


 かつて『豊橋さんの未来のために俺も手伝う!』と豪語した男が、今や見るも無残な姿に成り果てている。

 例え偽りの関係であっても、惚れた女がこうして他の男とよろしくやっている場面を見るのは堪えるのだろう。

 この複雑怪奇な男心に名前を付けるとすれば、『クズ中のクズ』である。


「お前が手伝うっつったからこうして連れてきたんだろうが……」

「だってさ〜。豊橋さんが他の男と仲良くしてるの見るの、実際辛いんだもん!」


 『だもん!』じゃねぇよっ!

 しかし、参った。

 米原が愚図り出した。

 こうなると、作戦に支障が出る危険性も……。


「うーん、でもアイツどっかで見たことあんだよなぁー」

「あ? まだ言ってんのか? それ」

「あぁ。ホントそれもなんだよなぁー」


 この後に及んでまだ言うとは。

 まぁ今さら米原と安城の面識があったところで、作戦に影響は……。




「あれ? 米原くんじゃない?」




 不意に向けられた呼びかけに、米原共々振り向く。


「おぉ! 三島じゃん! どしたよ? こんなところで」

「うん。と旅行中……、って感じかな」

「そっかそっか! いやー、それにしても久しぶりだな!」

「いやいや! 1週間前にも会ったでしょ!」


 米原の知り合い、か?

 色白で長身。アッシュ系ブラウンにカラーリングされたミディアムヘアは、その爽やかな雰囲気に拍車をかけている。

 俺が警戒心を込めた眼差しで目の前の見知らぬ男を値踏みしていると、うっかり目が合ってしまった。


「えっと……、そちらは?」

「あぁ? コイツ? コイツは!」

だ! 陰キャは名前じゃねぇ!」


 俺と米原の他愛のないやりとりを間近で見ながら、男は『陰キャは認めちゃうんだ』などと優しい笑みを浮かべながら呟いている。

 そんな彼の姿を見て、正体不明の敗北感のようなものに襲われる。

 俺は居心地の悪さを隠すため、予定調和の自己紹介へと移る。


「あ…、えっと、羽島望です。よろしく」


「えっ! 羽島くん? 今、羽島くんって言った!?」


「そうだけど……、どうした?」


「い、いやっ! ゴメンなんでもないんだ! 羽島くん、ね。よろしく!  三島 鷹臣みしま たかおみです」


 そうニコリと笑う彼の姿を見て確信した。

 彼は俺や安城とは住む世界が明らかに違う。

 もし、学生時代に出会っていたのなら、きっと狂おしいほど嫉妬の対象になっていただろう。

 この三島や米原がクラスの中心で騒いでいる姿を、容易に想像出来てしまう。

 何なら、そんな彼らの姿をクラスの端っこから苦虫を嚙み潰したような顔で見つめながら、教科書の隅にパラパラ漫画を描いている俺と安城の姿まで浮かんでくる。

 それだけ二物も三物も持った優男風のイケメンだということに間違いはなさそうだ。


「えっと……、俺の顔に何かついてるかな?」

「あっ……、悪い。何でもない」


 この時点で男として何か大切な部分で負けてしまった気がした。

 全く。何の因果で出会ってしまったのか。


「あっ! そうだ! 三島、アイツ誰だか知ってる?」

「誰に聞いてんだよ……」


 米原が無神経に豊橋さんと触れ合う安城を指差すと、三島はハッとした表情になる。


「あれ? アレこの前合コンに来てた安城くんじゃん!」

「あっ! 思い出した! そうだそうだ! 居たな、そう言えば」

「……ちなみにそれはいつの話だ?」

「えっと……、いつだっけ?」


 米原は間抜け面で、三島の方を見る。


「1週間前だよ」


 何でも三島に話によると、その日合コンに参加予定だったメンバーの一人が急遽仕事が入り、欠席してしまったらしい。

 幹事だった三島は知り合いの伝手を辿り、代わりのメンバーを探すことに。

 そこで白羽の矢が立ったのが傷心中の安城だった、ということのようだ。

 何と言うか……、改めて世界は狭いなと思う。

 そして、米原。

 マジでつい最近じゃねぇか。

 悪かったな! ウチの後輩の存在感が皆無で。

 まぁ安城も米原の名前を覚えていないようだったから、オアイコか。

 アイツの場合、鍋物の灰汁取りやオーダーの管理などに夢中で、メンバーの名前など気にしている余裕がなかったのだろう。

 コレは飲み会苦手系男子特有の立ち回りテクなので、アイツの気持ちはよく分かる。


「そっかそっか! 通りで見覚えあるはずだよな! はっはっはっ!」

「……ところでさ、横にいる娘って安城くんの彼女さん、とかかな?」

「いや! その件に関しては非常に複雑な事情があるというか、話すと長くなるというか……」


 俺がしどろもどろになりながら応えると、三島は数刻黙り込む。

 そして、意味深な笑みを浮かべる。


「そっか! まぁいいや。ごめんね。邪魔しちゃって」

「あー気にすんなって! ちょっとストーキング活動してただけだからよ!」

「お前マジで言い方気をつけろよな……。いや、まぁその通りだから何も言い逃れ出来ないんだけどよ……」


「そっか。じゃあまたね。羽島くんもまた」

「おぅ! じゃあな! また飲み行こうぜ!」

「お、おう……。じゃあまた」


 米原の言葉に何ら疑問を持たずに、三島はそのお得意の爽やかな笑みで去っていった。


「また随分と、イケメンのお友達がいるようで」


 俺が皮肉を込めて言うと、米原はいつものだらしのない笑みで応える。


「なんだ羽島? 嫉妬か?」

「ワケの分からんコト言うな。全く……。何つぅか住む世界の違いを見せつけられた感じだよ」

「何言ってんだっての! 同じ地球上の生物だろうがよ! まぁアイツも結構イロイロ問題抱えてて大変らしいぜ〜」

「へ? そうなのか?」

「あぁ。アイツとは大学時代からのダチなんだけどよ。ホラ? アイツ見た目あんな感じだろ? 兎に角オモテになるんですよ、コレが! いいよな〜。抱えるような問題があって!」


 米原は大声でそう言うと、一層だらしなくその場にしゃがみ込む。

 

「あんま大声出すなっての……。気づかれるだろうが」

「大丈夫だって! ここ一応ゲーセンだぜ?」


 なるほどな。

 確かに米原の言うことにも一理ある。

 我々非モテにとってみれば、三島が抱えている問題というのは一種の勲章かもしれない。

 まぁ俺に関して言えば、問題とかそれ以前の話だが。

 しかし、アレだな。

 あれだけ爽やかオーラを振りまいて置きながら、実はスキャンダラスな一面も持ち合わせているとはな。

 あまり豊橋さんを近づけると、危険かもしれない。


「あ、今お前豊橋さんを近づけたくないって思ったろ?」

「は、はぁ!? し、し、ししししょうもないこと言うなっ!!」

「図星かよ……。どこの頑固オヤジだっての。まぁ俺も気持ちは分かるけどさ。お義父さん、一生大切にするので娘さんをボクに下さいっ!!」

「アホか。お前にやるくらいなら、豊橋さんを窓の無い部屋に一生閉じ込めておくわ」

「お、おぅ……。お前はそろそろ自分自身を見つめ直した方がいいかもな……」


 またしてもワケの分からないことをほざく米原を尻目に、豊橋さんと安城は次の目的地へと向かっていった。

 

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