バケモノの夜

綿森 もぎ

プロローグ

腹が熱かった。

鮮血が冷たい土の上に広がっていく様子を見て、俺は初めて自分の腹が切られたことを知った。

不思議と痛みは無かった。ただ、切られた部分が燃えるように熱かった。

徐々に霞んでいく意識のなかで思う。

このまま、死んでしまうのだろうか、と。


コップを倒したときと同じようなスピードで、地面は赤く染まっていった。大量に血が抜けていく感覚が気持ち悪い。

だが、この感覚は初めてではなかった。

死にかける、という経験はこれで二度目だ。

二年前、交通事故にあった。八人もの死亡者数が出た大事故で、俺は重症を負いながらもなんとか生還出来た。

自分だけが、生き残った。


だからきっと、あの瞬間に、俺は一生分の奇跡を使い果たしたのだ。



「・・・・・・貴方が、どうして!!」



ちかちかと点滅する視界の隅に、自分と同じ高校の制服を着た女の子が叫んでいた。

良かった。無事だったのか。俺、一緒に逃げようとしたのにこのザマで、本当にごめん。

死にかけの状態では何一つ言葉に出来ず、口から代わりに出たのは声ではなく血液だった。

拳程の大きさの染みが、また新たに地面に生まれる。


意識が急速に遠ざかっていく。もう目は見えないが、耳はまだ聞こえる。

命の終わりを目の前にして、人間ではない生き物の鳴き声を聞いた。


それを最後に、俺、白神波都しらがみなみとの意識は途絶えた。

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