第七話 『前編』
聞き覚えのある声に
何で二人がここに?
そう思い、でもすぐに理解する。
今日は二人が会う約束をしている日だっけ。
思いがけない
今、このタイミングで彼女と会っていることがバレるのはよろしくない。
幸い、待ち合わせの時間が少し過ぎたばかりでまだ彼女は現れていないが、それも時間の問題だ。
メッセージを送って待ち合わせ場所を変更しようか。でもすぐに気付いてくれるだろうか。そもそもなんと言ってこの場を
じわりと背中をイヤな汗が伝うのを感じる。
様々な言い
「ごめん、バスが遅れてて……って、
声がした方に向き直ると待ち合せをしていた彼女が私たちの前に立っていた。
「
「あれ? 蓮花ちゃんたちも呼んでたの?」
「それは……」
「
それだけ言うと蓮花がサッと去って行く。
蓮花は
とっさに追いかけようとして、一歩目で立ち止まる。立ち止まってしまうと、もう次の一歩を
今の彼女に何を伝えても言い
私のしようとしていた事は、彼女との約束を
こんな気持ちで彼女の前に立って、何を伝えるというのだろう。
「ごめん、また今度……」
「追いかけなよ」
「え?」
顔をあげると
初めて見せる、彼女の真剣な表情に、思わず
「うん、私も追いかけるべきだと思うな」
「
目が合うと対照的に
「……綾音ちゃん、私も昔、ある行動をするべきかで
「……本当に、そうでしょうか?
「もしかしたらそうなるかも知れない。けど、今このまま何もしないで
静かに語りかける
ただ、だからこそ私たちを本当に心配してくれているのだという気持ちが伝わる。
「私もそう思う」
「
「蓮花ちゃんや綾音ちゃんから話を聞かせて
「ご、ごっこ遊び……」
「ちょっ! つ、
さっきまで大人な表情をしていた
そんな
「ありがとうございます。行ってきます」
頭を下げて今度こそ一歩を
二歩、三歩と速度を上げる。
視線の先、小さくなっていく背中を見失わないように――今はただ、それだけを考えた。
◆◇
「しおちゃんはさ、友達とかいるの?」
ご両親が都内に飲みに出かける日につむちゃんが私のアパートにへ転がり込んでくるのは日課となりつつあった。
基本サバサバしている性格のつむちゃんの言葉には
「友達……んー」
「あ、おはようとか講義の課題終わったー? とか、
どうやら私にとっての友人枠はつむちゃん的には友人枠でないことが発覚する。
新たな発見と小さなショック。
うーん、一緒にご飯かぁ~、あ、お昼によく食事をするベンチで私のお弁当を狙ってくるハトのハト次郎(私命名)くんはどうだろう。
「ハト次郎くんかなぁ?」
「ハト次郎? 鳥料理のお店?」
つむちゃんがきょとんとして小首を
こんなとき、普段大人びて見えるつむちゃんは
そのギャップも彼女の
「とにかく、しおちゃんはもう少し交遊関係を広げたほうがいいんじゃないかな?」
「私はつむちゃんが居ればそれでいいんだけど」
「……だ、だからそういうのはいいって!」
つむちゃんが早口で
「ご、ごめん。怒った?」
「怒っては、ない……はあ、本当しおちゃんは天然たらしだよね」
てんねんたらしって何かな? まあいっか。
「とにかく! しおちゃんは私以外にも友達とか仲の良い人を作ったほうがいいって話。つむちゃんは私よりも先に社会に出るんだから、もう少し交遊関係を
「社会人――上司との付き合い残業、クライアントの
「いつの時代の話よ?」
「いやいや、歴史あるブラック企業に入社したらありえるかもよ? 常に最悪の事態を想定して
「どんなブラック企業よ? まずはそうならないようにちゃんとしたところに就職できるように行動をするべきだと思うけど。というか、仮にそんなところならサッサと辞めちゃえばいいのよ」
「ノーと言えない日本人!」
「強気に弱気な発言してるよこの人」
つむちゃんが
ああ、就職したくない、ストレス社会怖いよぉ。豆腐メンタルな私に優しい会社が見つかるかなぁ。
うへぇ~っとうなだれていたら、つむちゃんが頭をもふもふしてくれた。
はぁぁ、
友達かぁ。まあ、つむちゃんの言うことにも一理あるのかもなぁ。でも友達とかってどうやって作るんだっけ? 昔のことを思い出すとなんとなく自分と似通った人同士でいつの間にか集まって勝手に遊んでいた気がする。少なくとも「友達を作るぞ!」 と覚悟を決めて作るものでもないと思う。うーん。
「とりあえずは身近な所から見付けてみればいいんじゃない?」
「身近……ええと、蓮花ちゃんとか?」
「お、いいじゃん。蓮花ちゃん可愛いし」
可愛い。その言葉に
つむちゃんは私が居なくても生きていけるかも知れないけど、私はつむちゃんが居ない世界なんて想像するだけで、目の前が真っ暗になる。
「つ、つむちゃんは蓮花ちゃんのこと好き?」
「え? まあね。性格もちょっと天然が入ってていじり
つむちゃん大絶賛だった。自分から聞いておいて、
小さくため息を
しょんぼりする私に気付いたのか、つむちゃんがそっと私の頭を
「つむちゃん」
「もう、そんな顔しなくても、しおちゃんが私の一番だから大丈夫だよ」
「う、うん……というか、そんな顔って?」
「へ? んー、例えるなら犬がワンチュールをお預けされてしょぼくれた顔」
「そ、そんな顔してないしっ!」
「あはは。でも、そんなしおちゃんの反応、私は可愛くて好きだなぁ」
もう、そんなこと言われたらこれ以上否定出来ないじゃないか。なんだか私ばっかり彼女の手のひらで
むくれる私の
どうにか仕返しできないだろうか? そうだ!
「……かぷ……」
つんつんしていた指に
「……」
「……」
見つめ合ったまま、無言……。
いや、何か反応してよ。
思い、つむちゃんの顔を見ると表情はそのままに
その変化に気付き、自分が結構恥ずかしいことをしていることを
ど、どど、どうしよう、これ。
お互いに固まったまま、しばしの時が流れ……
つむちゃんが指を抜き取り、スマホを手に取る。
「だ、誰から?」
気まずさを
つむちゃんは私の方を見るといつも通りの意地悪な表情をしながら応える。
「デートのお誘いを受けたよ」
「そ、そう……で、デート?! だ、誰から?!」
「綾音ちゃん♪」
「ふ、ふぅん。そ、そう……」
うなだれる私に「あはは、冗談だよー」と軽く返される。「だ、だよねー」と返しながら、
「というか、二人ともそんなに仲良かったっけ?」
「この前、連絡先交換してからちょいちょい相談されたり、やり取りしてた」
「へ、へー……」
私の知らない間につむちゃんはあっさりと交友関係を広げていた。
小さなショックを受ける。こういう所が彼女にからかわれる原因のひとつになっているのだろう。
いつまでもこのままではいけないよね。よし!
「じ、じゃあ、今度蓮花ちゃんとで、でデートに行って来ようかな~」
なんとも
そんな私の決意もつむちゃんはメールのやり取りに夢中で、ようやく帰ってきた言葉は「どーぞどーぞ。いってらっしゃい」なんて
もーう!
つむちゃんのご両親が今日も都内に飲みに出かけてなければ、ドアから追い出してやるのに。
なんて、出来もしないことを思うのだった。
◆◇
「今度、会えないかな?」
たった一言、用件を伝えるだけの短い文面を何度も読んでは修正をしたり、元に戻してみたり、悩みに悩んで最終的に必要最低限の用件で送信をした。
送信してしまうと、何だかどっと疲れてしまい、座っていた布団にそのまま寝転がった。
送ってから、罪悪感に胸が痛んだ。
でも、これは仕方のないことなのだ。
だって、失敗するわけにはいかない。
二人の未来を明るいものにする、そのために最善と思える行動をしていかないと。
そう自分に言い聞かせ、ごめんねとこころの中で謝るのだった。
◆◇
利用客から返却された本を元の場所に戻していると
「あの、蓮花ちゃん」
「はい、何ですか?」
「えっと……」
そこで口をつぐみ、視線をキョロキョロと
「
「わあ?!」
なんかごめんなさい。
そこには綾音と時々行くドーナツ屋さんの新商品とコラボグッズの情報が表示されていた。
私の好きなミッフィーのグッズ!
「可愛いですね♪」
「だよね!
「分かります!」
お互いにうんうんと
「そ、それでさ……こ、今度良かったら、い、一緒に買いに行かない?」
「え?」
「あ、ああいや、む、無理にとは言わないけど、とま、どうせ買いに行くなら、好きな者同士で行った方が楽しいかなって……ダメ、かな」
「もちろん構いませんよ。その、
「うん! ありがとう!!」
「し、
「ご、ごめん。」
胸をなで下ろして、にこにこしている姿は小さな女の子のようで
「よくミッフィー好きだって分かりましたね?」
「ペンケース、財布に、エプロンのポケットに差したボールペン……それ、みんなミッフィーだよね」
どうやらバレバレだったようだ。
「でも、いいんですか?」
「何が?」
「だって、
「いや、
「ミッフィーに大人も子どもも関係ないです」
「ねー、そうだよね。女性誌とかでも
そうして再び、お互いにミッフィーの豆知識について語り合った後、
「……と、ところで。な、何で
「え? だっていつも一緒にいるじゃないですか。仲が良いんだなーって。休みとかもよく一緒にお出かけしてるって
そう、伝えると
「あは、そ、そうかな?」
「はい。たまに親友より親しいも感じがします」
「親友より?」
「ええ、まるで……」
「ほら! おしゃべりはそれくらいにしなよー」
と、バイト仲間の田村さんに注意をされる。
お互いの『すみません』が重なり、笑い合う。
「じゃあ、
そう告げて
◆◇
ぼんやりと天井を見上げていた。
布団に入ってもう三十分ぐらいは
蓮花から
私も同席しようかと
私が思うに、
いつもバイトで
友達の
とはいえ、
もし、うまくいかずに蓮花との関係がぎくしゃくしたとしても最悪、蓮花がバイトを
もちろんそうならないようにベストは
そういう意味も含めて学校の友達よりも先に二人に話をするほうが良い気がした。
……改めて、私たちが結構なリスクを負っていることを
負う必要がないリスクだと言う人もいるだろう。
でも、私たちで必要だと決めたのだ。
だから、それも
……うまくやれるだろうか?
いや、うまくやれなくてもいい。とにかく二人に私たちの関係を理解して
考え出すと希望よりも不安の度合いがどうしても増して行く。寝坊をして
そもそも、なるべくいつも通りに過ごしてと構えてしまっている時点で、
「……ダメだ、全然眠れそうにない」
ホットミルクでも飲もうと思いたち、リビングへと向かった。
*
レンジで牛乳を温めているとリビングのドアが静かに開き、母親が入って来た。
珍しくお酒を飲んでいたらしい。
母親はカクテルとか弱めのお酒しか飲まない。
お酒が体質的に合わないのだ。
そんな母親がお酒を飲んでいるということは、父親に付き合ってのものだろう。
普段父親をいいように
父親が仕事に関する
旅行先で陽気に話をしている時もあるが、普段家では言葉少なに静かに飲んでいる姿のほうが多い。
そんなとき二人の間には、言葉はないのに、目に見えない
私のそんなささやかな想いを無神経な言葉が両断するのだった。
「お、娘Aがいる」
なんだ娘Aって、綾音だからか? それとも村人A的な? どちらにしても少し失礼な気がした。
黙ってレンジに向き直る私に声をかけてくる。
「おーい、話してあげてるのに無視は良くないぞ」
水を注いだグラスを片手に文句を言われる。
別に話しかけて欲しいとは
無視を続けようか……でもしつこく話し掛けてきそうで面倒な気もした。基本、母親と向き合うと
最悪の二択だった。
何であんな大人しい父親が、こんな騒がしい母親を選んでしまったのか謎だった。
温め終わった牛乳をレンジから取り出す。
母親は私のマグカップの中身を
いちいち余計な一言が多い人だった。
「ココアにしたら?」
「……いい」
その間を読み取った母親が
視線が二の腕に向いていたような気がして視線で「なにっ!」と
これはこれでムカついた……ので、その勢いに任せて話を振ってみる。
どうせこれを飲んだ所ですぐに眠れるとも思えないし、ちょっとぐらい相手をしてあげよう。
「しかしお父さんも物好きだよね。よくこんな騒がしい人を選んだものだよ」
「それだけ私が美人で
とんでもない返しをされたので、
「でもまあ、そんなに聞きたいなら、少しだけ話してあげよう」
別にそれほど聞きたい訳でもなかったし、どちらかというと皮肉を込めて言っただけなのだが、いちいち訂正するのも面倒だったので黙っていた。
母親はグラスに注いだ水を一息に飲み干すと話し始めた。
「高校時代、私は初めて親しい人が出来て付き合うことになったんだ」
まあそこまで話したいなら聞いてあげなくもないですけどね。別に興味ないけどね。うん、全然。
「付き合いは高校一年から始まり、大学時代には
お父さんは母親と大学の頃に知り合ったと以前に言っていたし、違う人なのかな。
「このままずっと付き合って、
え? いや、その理由はおかしい。だって母親は私や琴美を産んでいて特に体に
だから子供が欲しいという理由で別れるのはおかしな話だった。
なら、相手方に問題が……と、そこである種の考えが浮かんだ。
もしこの考えが正しければおじいちゃん達が
でも、いや、まさか……。
「……あのさ」
「ん? なーに」
聞きたいことはたくさんあった。
その人って、女の人だったの?
付き合ってみて、幸せだった?
お父さんとその人、どちらとも結婚が出来たとしてどちらを選んでいたの?
お父さんと結婚して良かった?
でも、聞いてみたところで、それはもう終わってしまった話でしかなかった。
黙り込む私を見詰め、母親がふっと笑った。
「なーに神妙な顔してんのよ。言っておくけど、私は今の自分とか超好きだからな。それよりあんたこそ大丈夫なの?」
「え?」
「最近のあんた、何か暗い顔してるじゃん。あ、もしかしてケンカでもしたの?」
心配したかと思いきや、それを通り越して無神経な質問を平然と言ってのける。
「そんな訳ないじゃん。うまくいってるよ」
「そう? ならいいけどさ。もしケンカしたら意地を張ったりせず、あんたから謝りなさいよ。どーせケンカの理由なんてみーんなあんたが原因なんだろうしさ。ま、私ならとことんやり合うけどね」
相変わらず言いたい放題言っているだけだった。
さっきまで心配していた自分がバカらしく思えて、何だか体の力が抜けるのだった。
「なんて言うか、楽しそうですね」
「まーね、あんたたちにちょっかい出すのは私の楽しみのひとつだからね」
私の二度目の皮肉もまったく
その後、ホットミルクを飲んだからか、すぐに眠りに
―――――――――後編に続く―――――――――
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