第六・五話

 お祭りに行って以来、会っていなかった。

 もちろん、写真やメッセージのちょっとしたやり取りは毎日している。

 大抵たいていは彼女から送られてきたものに対して、私がツッコミやコメントを返す形で終わるのが常だった。

 今までと何ひとつ変わりのないやり取り。

 ――あるいは、私が変わらないで欲しいと思っているから、彼女の変化に気付けていないだけなのか。

 いや、そもそもが写真とデジタルの文字だけでどこまで読み取れるというのだろう。

 気になっているのなら、彼女と実際に顔を付き合わせて話してみるべきなのだろう。

 本当なら今すぐにでも彼女に会いたい。

 でも、私から会おうと伝えることは、この前の問いに対する答えをいていると思われかねない。


 会いたいけど、会おうと言えない。

 彼女から連絡が来るのを待たなければならない状況じょうきょうにもやもやする。


結論けつろんを急ぐつもりもないよ。だから蓮花なりに考えて答えが出たら、私に教えて欲しい」


 何を格好つけたことを言っているんだか。

 もう少しうまい言い回しが出来ていれば今の私はこんなに苦しまなかったというのに……。


 そんな悶々もんもんとした日々が続いていたある日、彼女から待望たいぼうの連絡が来たのだった。


「明日会いたいんだけど……ダメかな?」


 読んだ瞬間しゅんかん、目の視界が開けるような気がした。

 ダメなわけがない! どれだけこのメッセージを待ち望んでいたことか。


 やっぱりなし、とメッセージが送られてくる前に返信しよう! いや、それなら電話をしたほうが早い……あーでも電話だとちょっと緊張きんちょうしそう……変に声が上擦うわずったりしたらずかしいし、というか即答そくとうとか連絡待ってましたよオーラが出まくっていて、がっついているみたいな気が……とはいえ彼女の画面を開いていたからすでに送った段階で既読きどくには切り替わっているのはバレバレな訳で。

 目を閉じて、雑念ざつねんを取り払うべく深呼吸をする。

 そうして自分の胸に手を当てて、今の素直な気持ちをメッセージに乗せて送った。


「いいよ、私もちょうど会いたいなって思ってたんだ♪」


 送ってから、文面をまじまじと見つめる。

 ♪て、ちょっと浮かれ過ぎではないだろうか? 後悔こうかい羞恥しゅうちがじわじわとほおを加熱する。


 メッセージが返ってくるまでの間、私はなぜか正座待機せいざたいきをしていた。

 ――ほどなくして、着信音がひびいてつとめて冷静にそろりと手に取る。

 文字にしてたった六文字。

 その六文字に気持ちがほぐれて、ホッと息を吐き出した。


「ふふ、一緒だね」


 会いたいってことは、また何処どこか行きたい所があるのかな?

 この前は水族館だったし、動物園も面白いかな。海には入れないけど、二人並んで波打ち際を歩いてみるのも楽しそう。

 ワクワクしながらたずねる。


「えっと、どこか出かけたい所とかあるの?」 


 彼女とならどこに出かけたとしても楽しめる気がする。恋人同士というのは、そういうものなのかな? な、なーんて。

 バシバシと手近にあったクッションを乱暴らんぼうたたいていると着信がある。


 ゆるみそうになるほおを指で押さえつつ確認して――きゅっと胸がめつけられるような気がした。


「今回はいいや。それよりも少し会って話がしたいな」


 話と言えば、この前お祭りで私が伝えた一件のことだろう。

 あの時私が伝えた言葉と、彼女の表情を思い浮かべる。


 そんなことをした所で答えなんて導き出すことは出来ないのに……。


 さっきまでの会いたいという気持ちにかげりが生じる。

 会いたい……けど、会って大丈夫かな?

 彼女はどんな答えをくれるのだろう。

 否定? 肯定? もっと別の答え?

 私はちゃんと気持ちを伝えられていたかな?

 でも、例えそうであったとしても彼女は彼女、私は私。

 自分を変えることは出来ても、彼女を変えることは出来ない。

 それは少し悲しいことだけど、だからこそ私は彼女にかれたのだろう。




 たった四文字の返信をするのにこんなに時間がかかるなんて、今までの私は知らなかった。








          ◆◇


「わかった」と、送られてきた文字をじっと見つめる。


 私が送ったメッセージから返信されるまでに結構な時間が経過していた。

 たった四文字――でも、その言葉を送るまでに彼女の中にどれ程の葛藤かっとうがあったのか。

 

 これまでに沢山の言葉を交わし、れ合い、お互いの気持ちを確かめ合って来た。

 他の人とは違った親密しんみつな時間を体験してきたからだろうか。

 彼女と付き合い始めてまだ半年も経っていないけれど、もっとずっと長い間を一緒に過ごしてきた気がする。


 彼女は一番大切で信頼できる人。

 その気持ちにいつわりはない。

 でもだからこそ、もし、今後彼女を失うようなことがあったとしたら……私はその事実にえられるのだろうか。


 大切であれば大切であるほどに、それは私に大きな痛みとかなしみを生むのだろう。


 机の引き出しから一枚の写真を取り出す。

 そこには林間学校での私達がいた。

 無邪気にじゃれあう二人。

 この頃の私は、数年後に自分がこんな気持ちを抱えることになるなんて、知るよしもなかった……。








          ◆◇


 待ち合わせの場所は、蓮花を送っていった時によく立ち寄る公園だった。


 小さな丘を登った先にある東屋あずまやの中には誰もおらず、私はイスに腰掛こしかけるとカバンからイヤホンを取り出してシエルの歌をいた。

 一曲目が終わり、次の曲が始まる頃に彼女の姿が見えた。


 となりに座るとイヤホンを外そうとする私を手で制して、外してあるもう一方のイヤホンを自らの耳に入れる。

 まだ付き合い始める前、再会した頃によくこうして電車で二人、肩を寄せ合っていていた頃を思い出した。あの時感じていた初々ういういしい気持ちが失われていることに気付き、少しさびしく思い、同時に彼女と付き合えている喜びに手をそっとにぎる。


 二曲目をき終えるとイヤホンを私に返した彼女が話を始めた。


「……あの日からずっと考えてた……。二人の関係をカミングアウトすることで友達や家族に嫌な思いをさせたり、迷惑めいわくをかけたりするのかも知れない。もしかしたら友達と別れたり、家族に否定されたり、私だけでなく綾音までもが辛い思いをすることになるのかも。でも私も綾音と同じ気持ち。友達や家族に私達の関係を知ってもらいたい」


 不安や迷いがない筈がない。

 それでも私を見つめる彼女のひとみはどこまでもんでいて、静かな光を宿していた。


「うん。これから少しずつ周りの人に知ってもらおう」


 蓮花は小さくうなづくと、緊張きんちょうが解けたのか、私の肩に寄りかりながら笑いかけてきた。


「はあ~、なんかちょっと疲れたかも」

「あはは、だよねぇ」

「まだ始まってもないんだけどね」

「そうだね。でも、方向性ははっきりさせられて良かったよ。(それに……)」

「それに?」


 小さな声でつぶやいたつもりなのに、ばっちりかれていた。こういう時の蓮花はすごく耳が良いことを忘れていた。


「いや、何でもないよ」

「何でもなくはないよね? マンガとかでもこういう時は意外に重要なセリフとかが言われてたりするし」


 まさかのマンガあるあるの知識ちしきだった。愛想笑あいそうわらいをしながら手を振る。


「いや、ほんと、大したことじゃないから!」

「そんなにあせって否定されると余計に気になるんだけど。いいじゃん教えてよ。私達これから運命共同体だよ?」

「運命共同体って……」


 ちょっと大げさ過ぎないだろうか。

 とはいえ、こうなった彼女をごまかしきるのも大変なので、白状はくじょうすることにした。


「その、またこうやって、いつもみたいに二人で会えるなってさ。お祭りの日から全然会えてなかったから、ちょっとさびしいなって思ってて。でも私から会おうとは言えないし……」

「あ、綾音ぇ~っ!!」

「わあっ!」


 急に肩をぎゅうっと抱き寄せられる。

 しばらくぎゅうぎゅうされた後、かみの毛をよしよしとでられる。


「ごめんね。彼女なのに、さびしい思いをさせちゃって。私もさびしかったよ。今日は久しぶりに会えてうれしかったよ。時々、私にせてくれる綾音のそういうところとか可愛くてめちゃくちゃ大好きだよ」

「わ、分かった、分かったから一旦いったん落ち着こう!」


 ずかしくて、うれしくて、温かくて、気持ち良くて、でもやっぱりずかしくて、うれしくて……感情の波が何度も切り替わりながら押し寄せてきて落ち着かなかった。


 ――しばらくして、今後の予定を話し合うと今日はお開きにすることにした。


「それじゃあ、また明日」

「うん、バイバイ」


 名残惜なごりおしそうに手を振る彼女に振り返しながら、別れる。




 この決断がどんな結果を生むのかは分からない。ただ、それでも自分にとって、いや自分達にとって良かったと思える結末をむかえられるように、そう成り行かせられるようにと思いながら歩き出すのだった。











―――――――――続く―――――――――

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