太宰治の失敗
小魚
第1話
「しくじっちまったな....」
口から渇いた笑いがこぼれる。
全身が焼けるような、
炎の中にいるような、
そんな痛みが身体を脳を支配する。
目の前で涙目で必死に何かを訴えようとする“相棒”の声も使い物にならなくなった聴覚は拾うことは無かった。
ぐしゃぐしゃになった泣き顔を見て、
あぁ、こいつもこんな顔をするのか
なんて呑気に考える。
事を遡ること1時間前。
中也はあからさまに不機嫌、といった様子でポートマフィア首領、森鴎外に指示を受けた場所まで足を進める。
「ちゅ~や~!おっそ~い」
そんな気色悪い声を上げながらヒラヒラと此方に手をふる。
中也が嫌がると分かっててやることだから無意識よりもたちが悪い。
「うっせぇな、....っくそ、何でこいつと....」
ぶつぶつと文句を垂れる中也。
はぁ、と溜め息をついた太宰は、私も嫌だよ、と溢す。
「互いの首領が決めたことだからしょうがないだろう?
とっとと終わらせよう」
「言われなくても分かってるっつうの!」
ポートマフィアと武装探偵社が互いに人員を出し合うなど滅多に無いことだ。
しかし、今回はポートマフィアまでは行かないが、それなりに大きな組織から挑発を受けたのだ。
それを黙って見逃せることは出来ず、今回の任務になったのだ。
当然のように戦闘になり、いつものように太宰が指示をだし、それに野次を飛ばしながらも動く中也。
しかし、一手、読み間違えてしまった。
中也が一人に苦戦している間、背後からの一斉射撃を受けたのだ。
いつものように重力操作で弾丸を止められれば良かったのだが、相手の異能は触れたものを無重力空間で動かす。
重力操作が効かなかったのだ。
気が付いた時には遅かった。
太宰の叫ぶ声と銃声。
どちらが速かったか、それを測るには秒単位になるだろう。
弾丸の雨を直に食らった中也はその場に倒れこんだ。
全身が熱い。
咳き込めば口からは赤色の液体が溢れる。
口内に留める事はとうとう出来なくなり、口の端からこぼれおちる。
「中也!」
切羽詰まった太宰の声が響いた。
涙をいっぱいいっぱいまで溜め込んでいる瞳は不安と恐怖に支配されていた。
「大丈夫だ、与謝野先生がそろそろ着く、
それまで頑張ってくれ、中也」
声が震えている。
目の前で泣き出しそうなのを必死に堪える幼い子供の様な太宰を落ち着かせるように頬に手を添える。
大丈夫。
そう言いたいが、口から溢れるのは赤色の液体ばかり。
言葉を発する事が出来ない。
遂には聴覚も視力も低下してきたようで、ほとんど何も見えなかった。
しかし、伝わってくる温もりは途切れることを知らなかった。
意識がどこかへと沈む。
顔は見えないが、多分、人様に見せられる顔では無いだろう。
最期の力を振り絞り、大丈夫だと、安心させられるように笑って見せた。
表情筋はまだ動いたようだ。
糸が切れた操り人形の様に情けなくだらりと垂れ下がった両腕。
かつての温もりを取り戻そうと、必死に太宰は中也の手を握る。
話しかけるが言葉を返すことはない。
最期、ふわりと笑った中也は今まで見せたことのない顔だった。
とても安らかな笑顔。
その笑顔は太宰を壊すには十分だった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
かつての親友が孤児を殺された時のように叫んだ。
耐えられなかった。
自分のせいで殺してしまった。
涙で目の前がぼやける
ピピピピ、と無機質な音が響く。
ぱちりと目を開ければ、今までの事が夢だったことに気がつくのにたっぷり五分はかかった。
夢の中でも殺してしまった相手に電話をかける。
なぜか、声を聞きたかった。
「....はい」
3コール目で応答の声が聞こえた。
「やぁ、中也」
「何のようだ糞鯖」
「おや、その話し方だと先程まで寝ていたね?」
「今日は休みなんだよ、悪いか」
「いいや、休息を取ることは大切だ。
ということで今日、一緒に一杯どうだい?」
「....分かった。」
しっかり生きていた。
安堵が胸を支配する。
この夢の事を中也に言ったら怒るだろうか?
そんなことを考えながら電話を切った。
太宰治の失敗 小魚 @osakanakukki
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