第6話 夏 映画



8月 お盆休み。

将太は愛美を映画に誘った。

字幕スーパーなら愛美も楽しめると思った。映画館は涼しいし。

映画館は住んでいる町から車で1時間走った県庁所在地の街にある。

邦画が良かったが、字幕スーパーの邦画は上映していない。

スマホとアプリ、眼鏡型端末で音声を文字変換してくれる物も今はあるが、その映画館には無い。個人では高くて買えない。

良く判らない洋画。将太は途中でうたた寝。携帯をいじれない愛美はチョー退屈。

映画が終り「ごめん。」将太が手話で謝る。

愛美は微笑んで、首を横に振る。

将太、少しイラつく。良いと思った映画も愛美には良くなかった。それを選んだ上、寝てしまった自分にイラつく。

愛美は将太のイラつきを見て、”わたし、おもしろかったよ”手話で返す。将太、少し微笑んで頷く。


ファーストフードでハンバーガーセットを二人で食べた。

”えいがとかれんたるでみたりする?”

”見ません”

”あにめ こえのかたち みたことある”

”学校で見ました。”

”どうだった”

”面白くなかったです”

”そうか ”


将太は聞きたい事があった。レンタルで借りて観た”聲の形”の事。

アニメの最後の方で、主人公の女の子が、マンションの窓から飛び降りた理由が判らなかった。

愛美の少し不機嫌そうになったのを見て、止めた。

【なんか、悪い事聞いたみたい、、、。おれ、ダメじゃん。】


二人で繁華街を歩く。

お盆休み、3世代と思われる家族連れが多い。


愛美は家族で出かけた事がほとんど無い。

母親と二人で服や下着、文房具等、必要な物を買うだけ。買えばすぐ帰る。

食事もしたことが無い。ショッピングモールのフードコートも中学生の時、初めて同級生と行った。

同級生に不思議がられた。(自分が行きたくなかったから)とその場を繕った。

今でもショッピングモールは嫌いだ。

3月、将太に出会った時は卒業と就職の間の浮かれていた時。

【もっと、外に出ないと、、、】半分は自分への脅迫。

ショッピングモールはカップルが異常に多い。

目の前を歩くカップルは、手を繋ぎ楽しそうに”会話”をしている。

愛美は、そのカップルに後ろから蹴りを入れたくなる衝動を抑えながら歩く。

下りのエスカレーターの前にそんなカップルが居ようものなら、感情を押さえるのに苦労する。

もし、うしろから突飛ばせば、、、。私は有名人になる。親も有名人に。但し、ここにはもう住めない。


向こうの方から、長身の男が近づいてくる。満面の笑みだ。マスク越しでも判る位の。

かなりのイケメンと見た。ガタイもいい。逆三角形の上半身、長く伸びた脚。

愛美の前に立つ。

愛美がハっとして伏せていた目を上げると、男はいきなり抱き着いた。

【はぁ~!、誰だこいつ!。なんで抱き着く?!。】

将太の頭の中が混乱する。さっきまでの事で自己嫌悪だった感情が、怒りに変わった。

抱き着いた後、光速ほどの手話で会話を始めた。

何を会話しているか、サッパリ判らない。

しかも愛美は凄く嬉しそうにしている。眼が笑っている。相手の腕を叩いたり、触ったり。

【俺はまだ、あんな事されてない、、、】

ごちゃごちゃになった感情を押し殺すため、将太はマスクの中で唇を噛んだ。

だんだん、そんな自分が嫌になって来た。

【何を嫉妬してるんだ!】

【付き合ってもいない友達だろ!愛美は!】

【それより自分の性格を直せ!】

【独りよがりの面倒臭がり!】

頭の中で何とか感情を押さえつけようと、自分に言い聞かせ、俯いた。


下を向いていた将太に、男が話しかけてきた。

「こんにちは、荒川さん。二階堂と言います。」

「……あ~、こんにちは」低い声で返す。

「県立聾学校で、中学、高校の保健体育の教師をしています。新川君とは高校1年の時の担任でした。」

「……あ~、学校の、、、。」少し、トーンが上がる。

「新川君は学校時代に水泳をしてたんですが、その時の部活の顧問もしてました。」

【水泳と言えば、水着姿か、、、】将太、嫉妬心がぶり返す。

「健常者の県大会にも出れそうだったんですが、本人が嫌がって、、、ハ、ハ、ハ」

【何が、ハ、ハ、ハだっ!】

「荒川さん、新川の事、よろしく頼みます。」

「……あ、はい。」

「じゃ、これで。」二階堂という男、愛美に手話でいくつか伝えた後、さわやかに去って行った。

【何だよ、、、。勝負になんねーじゃねーか。俺じゃ、、、】

将太、怒り、嫉妬、諦め、手話が全然上達しない事への自己嫌悪、何かわからない感情が、”ない交ぜ”状態。

横から愛美が心配そうに覗き込む。何やら申し訳なさそうにも見える。

将太。手話で「大丈夫」……何が大丈夫なのか?さらに「帰ろう」。

愛美は下をむいたまま、頷く。将太が歩き出す。

足早に歩く将太について行く。置いて行かれそうになる。愛美、ジーパンから出ているシャツを掴む。

ハッとした様に将太が立ち止まった。

愛美の顔を見て「ゴメン」の手話。シャツを掴んだ愛美の手を取り自分の手と重ねる。

ゆっくりとした足取りで暫く二人で歩く。無言のままで。

【手話が先か、性格直すのが先か。……しかし、、、愛美、時々見せる怖い顔はなんでだ?】

【将太さん、手を繋いでくれた、、、。次は、、、。】


その夜、愛美はラインで

”今日はありがとうございます

 また来週、デ・ジャブで”

と送る。

返信は無い。時々ある。寝てしまったかも。


愛美の妄想、いや”夢”が始まる。

・手を繋ぐ。

・キスをする。

・もっと激しいキスになる。

・帰りたくないと伝える。

・車の中、将太の部屋、ホテル。

・一つになる


愛美の右手が下半身へ。

自慰行為は中学生の頃から始まった。携帯のシークレットモードでアダルト動画を見たりもする。

将太にしてあげられる事、すぐには出来ない事、いつかはしてみたい事。

最近、行為が増えてきた気もする。

【おやすみなさい】

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